07
カチャカチャと食器を片付け始める。
片付け始めたのは俺でもミュールでもない。後からやってきた魔物のトレーネさんが、そこそこ片付いていた食器たちをトレイにまとめて、移動の準備を始めたのだ。どうやらもうすぐ夕食の時間らしい。
……魔物にさん付けは違和感しかないけれど、物腰や話し方がおっとりしていて優しく丁寧なので、なんとなく呼び捨てにしづらい。
余裕がある貴族って感じ? なかなか人間界でもいそうでいない人材だ。
自分の周りって、気付くとメンヘラかちょっと変わった人しかいないんだよね。
「他に食べ残しはある?」
「食べ残しはないけど、紅茶が残っているので飲んじゃいますね」
「冷めて美味しくないでしょ。残して構わないよ」
「冷えても美味しいです」
「そう? あ、ミュールは本を片付けてね」
「あーい!」
「この辞書はこっちですか? トレーネ、……さん」
「その棚の空いてるとこに仕舞ってください。あと、名前は呼び捨てでいいよ、俺も呼び捨てで呼ぶから」
ありがとうツヴァイ、と言われてちょっとキュンとした。魔物にときめいたわけじゃない、決して。自分の周りにいないタイプだから不覚にもときめいたのだと言い聞かす。
本をえっちらこっちら片付けていく二人に対し、トレーネの動きは俊敏で。食べ残しは一つの皿にまとめて、てきぱきと食器を一枚一枚丁寧に重ねていく。それぐらいでは割れたりしないだろうに、几帳面なさまはとても人間臭い。
……こんな魔物もいるんだなぁ。
本を片付け終えたので、トレーネを手伝い一緒に食器をまとめる。食べ残しはクッキーのカスぐらいだ。
パンケーキもクッキーもマドレーヌも美味しくて、二人でぺろりと食べ尽くしてしまった。まだあるなら、もっと食べたいぐらいだ。
この食器はきっと調理場の洗い場へ持って行くのだろう。魔物とミュールは仲良く食器を分け合って持とうとしている。
いろいろ食べさせてもらったし、ここはやはり人間として、一個人として手伝ったほうがいいだろう。同じように食器を持とうとすれば、トレーネに不思議そうな顔で見つめられる。
「もうすぐ夜だけど、ツヴァイは泊まるとこどうするの?」
「泊まるとこ?」
「魔王城の周りは野営不可だよ。人間街の宿屋をお勧めするけど、人間街は夜になると出入り禁止になるから間に合わないかも」
「人間街?」
「そ。人間界を追われた人間を保護してるんだよね。人間街は結晶石で覆われているから、瘴気も薄くて人間が生活するのに困らないんだ。大半は罪人だったり政治犯だったりするけど」
政治犯が魔界にいるのか。
確かに、よく考えれば納得できる。人間界を追放されたのなら、魔界へ行けば捕らえられたりせず静かに暮らせる。追手も来ないし、ちょっと瘴気があって暮らしにくいが、牢屋に囚われるぐらいなら魔界で暮らしたほうがマシかもしれない。
ただ、気になったところがある。
「政治犯は置いといて、罪人は人間界に引き渡したりしないの?」
「いろいろ都合があるから、よっぽどじゃない限り引き渡したり送還しないかな」
「……犯罪者、いるのか」
「無論、魔界でも犯罪を犯せば、捕まえて魔界の法で裁くことになる」
「魔界にも法があるんだ」
「最低限はありますよ。それに、引き渡しはしないけど、人間の大捕物を見逃したりはしてるかな」
「人間が来て、罪人を捕まえてくってこと?」
「ある程度の行き来はそれぞれ黙認してるんだ。人間から要請があれば規制したりするけど。引き渡しはその後の見返りが怖いのか、要請されないね」
トレーネはいろんな人間に接したことがあるようだ。
いやに人間慣れてしているし、言葉遣いも柔和で博識だ。やはり魔王城にいる魔物というか。
トレーネといい、さっきの魔物といい、ここにいる魔物が変わり過ぎているのだろう。ミュールも含め、ずっと振り回されている。
「勇者、泊まるとこないの?」
「ないみたいだねー」
「じゃあ、ミュールの部屋に泊まればいい!」
訂正、振り回され続けている、現在進行形で。
魔王城に住んでいると聞いていたので専用の部屋があるとは思っていたが、その部屋に泊まるとは?
ここは魔王城で、宿泊施設ではないのだけれど。
しかも魔界の最深部で周りは魔物だらけ、人間とっては魔界一危険な場所かもしれないのだが。
「え、……っと、魔王城だよ? 魔王に怒られちゃうよ!」
「はっ、はははっ!」
トレーネが大声で笑う。
今までの上品なイメージとは一変して、それこそ楽しそうに、ツヴァイとミュールが驚いて見つめ合うぐらいの大きな声で笑い出した。
そんなに大声で笑うほど、おもしろいことを言っただろうか?
「──…そんなに面白いこと、言った?」
「トレーネが笑いすぎなの!」
ふふふ、と必死で笑いを止めようとするが、なおも笑いは止まっていない。
笑っている口元を袖で隠しながら、トレーネが勇者を見据える。
「見縊ってもらっちゃ困るなぁ。そんなことで怒る、俺らの王様じゃねーから」
じゃ、俺らの王様に挨拶しに行こっか、と、持っていたトレイを書庫のテーブルに置き、ツヴァイとミュールを連れて廊下へと進む。
見縊ってなんかいないけど、なんか変な話になってきた。
これから魔王に会って、魔王城の宿泊許可を直接取ろうとしているらしい。
(待って待って、……え、まじ?)
魔王を倒すのが最終目的なのに、これからその目的であるラスボス魔王に閲覧とか正気? 自分が正気でいられないんですけど![](//img.mobilerz.net/img/j/8265.gif)
ぐるぐる思考するツヴァイをそのまま、トレーネはがちゃんとしっかり書庫の扉に錠を掛ける。
そこではたと気付く。トレーネもミュールも自分さえも手ぶらだ。
せっかく片付けた食器を置き忘れている。ミュールも気付いているのか、トレーネに何か言いたそうだけれど、なぜか黙ったままで。
少し不安そうに、ミュールは黙ったままツヴァイの腰付近にある服をぎゅっと掴んできた。一体、どうしたのだろうか。
「会いに戻る前に。──出て来いよ、侵入者」
書庫の扉を背に、ツヴァイとミュール、その二人を庇うようにトレーネが立つ。
トレーネの言葉を聞いてか、上から黒い影が下りてきた。
ひとつやふたつではない。十何体はあるだろうか、トレーネがいるので前方は見えないが、たぶん倍以上の人数が三人を取り囲んでいる。
──危機的状況、だというのに。
立ち塞がるトレーネは不敵な笑みを浮かべたまま、前だけを見据えていた。
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