03



 ──黒い髪に、黒い瞳。
 腰ほどの長さの黒髪は緩く結わかれ、漆黒の瞳は光を宿さず闇だけを映している。昏々とした闇だけを。
 それは、純粋な闇から生まれし魔物の証明でもある。もっと言うなら、魔力の強さに比例するように黒くなるという、真っ黒に染まった爪には恐怖しか感じないし、虚ろなほど暗い瞳は感情が読み取れないので未だに慣れない。
 少し厚手の、大きめな紅いストールをマントのように揺らしながら羽織る、小綺麗な格好をしたその魔物は、魔力の強さを感じるものの恐怖というか威圧感をなぜか全く感じなかった。
 ほんとうは逃げたくて堪らないのだけれど。一応、人間の子供がいる手前、逃げずに平静を装ってなんとか踏みとどまっている。
(……てか、魔物っぽくないというか)
 なぜか目の前の魔物からは人間くささを感じた。
 雰囲気や相貌はまごうことなく魔物なのに、おどろおどろしさがない。子供を抱き上げているのも、熱を分けるよう抱き締めている所作も、すべてに慈愛が満ちている。
 人間の子供を抱いているからだろうか?
 ──それとも、ふんわりと優しい雰囲気を纏っているからだろうか?

「たぶん、その両方かも……」
「勇者は両方とも食べたいのか?」
「え、っと、……両方は多いです、ね」

 子供と魔物に招かれて入った部屋は、魔物が言ったとおりに書庫のようで、ずらっと何十列にも本棚が並び、そこには分厚い蔵書が収められていた。
 司書や見張りのような魔物はいない。不用心な気もするが、魔王城に侵入して蔵書を盗むような不届き者は、魔物にはいないのかもしれない。魔王城の入り口にも門番のような魔物はいなかったし、ほんとこの魔王城の警備ってどうなっているんだろう。人間ながら、とても心配になる。
 書庫の入り口付近には大きな机と6脚ほどの椅子があり、その一つは子供用なのか大量のクッションで高さを嵩増しされていた。よくこの書庫に出入りしているのか、机の近くに背の低い小さな本棚があり、子供用の絵本のような可愛い絵柄の本が並んでいる。
 机の上にも何冊か絵本が広げられたままだった。どうやら子供は自分が来るまでこの部屋で絵本を読んでいたらしい。子供一人、この部屋で放置とか魔王城の警備ってどうなって(以下略)。

「……文字、読めないんじゃないの?」
「まだ勉強中なの! 全部は読めないけど、少しは読めるよ!」
「魔物も人間と同じ文字を使っているんだね」
「言葉が通じてるのに、文字が違うってことあるの?」
「……ないです」

 結構、いや、かなりこの子供は聡いかもしれない。
 自分が言った、「魔王を守る勇者」という言葉の意味も、魔物と一緒にいるという事実もすべて理解しているようだ。
 そして、文字を読む勉強をしていることから、見た目通りの子供だということが解る。
 魔王城にいる人間の子供、慈しむように寄り添う魔物。──その全てが想定外で、どう対応すればいいのか困ってしまう。魔王を倒しに来たのに、このままでは倒すどころかもてなされて終わりそうだ。
 自分が来るのはイレギュラーだったはずなのに、大きな机の上にはクッキーやマドレーヌなどの焼菓子と、ほかほか湯気の立つパンケーキが置かれていた。白いクリームと赤いベリーが飾られた美味しそうな焼きたてのパンケーキ。その隣には、これまた湯気の立つ湯が入ったポットとコップが用意されている。アフタヌーンティーでも楽しむところだったのだろうか。

「まぁ、両方食べたいなら追加でパンケーキを焼いてくるか」
「ミュールはクッキーとマドレーヌだけでいいよ。パンケーキは勇者にあげて?」
「湯の量が足りないし、厨房に行くからついでだ」
「……でも、」
「すぐ戻る」

 魔物は子供を椅子に座らせると、コップへミルクと茶を注ぐ。どうやら紅茶のようで、いい匂いが漂ってくる。
 コップは何個か予備があるようだが、紅茶が足りないらしい。
 俯いてしまった子供の頭を魔物はぽんぽん機嫌を窺うように撫でると、空になったポットを持ってどこかへ行こうとする。

「……ミュール、一緒にいたい…」

 小さな子供の呟きは、自分だけでなくきっと目の前の魔物にも届いたのだろう。魔物は少し困ったように眦を下げ、名残惜しそうに子供の頭を撫で続ける。

「あ、紅茶そんなに飲まないんで足りますよ」
「ミルクもないぞ」
「ミルク使わないし、大丈夫です」
「……気を使わせてすまないな」
「い、いえ」

 コップに注がれた七分目の紅茶。
 子供から差し出されたパンケーキに、クッキーとマドレーヌ。
 そして、さっきまで俯いていたのに嬉しそうに笑顔で魔物を見上げ、破顔する子供。魔物がどこにも行かないのが解ると、魔物の服の裾を引っ張って隣に座らせ、美味しそうなクッキーに手を伸ばした。

「いただきます!」
「茶は熱いから気をつけろ」
「はーい。勇者も座って? パンケーキ美味しいよ!」

 子供と魔物の対面に腰を下ろす。書庫で食事って、蔵書を汚したり匂いが移る可能性があるので普通はしない。
 そんなちょっとした罪悪感は、美味しそうな食べ物の誘惑には勝てなかった。魔界に来てから保存食ばかりでまともな食事をしていない。魔物が用意したと思うと中身がちょっと怖いけど、子供が美味しそうに食べているので大丈夫だろう。

「勇者、ありがと!」

 なぜかお礼を言われて、気まずさもありパンケーキを慌てて一口食べる。
 甘く白いクリームも、酸っぱいベリーも、ちょっと焦げ目の付いたパンケーキも、子供のために甘めに用意されていたのだろうか。
 人間界で食べていたパンケーキより甘く、胸がほわんと温かくなって、とても美味しかった。



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