確かな不確か



「死んだらどうなるんだろう」

 大人しく本を読んでいると思っていたら、突然の爆弾発言。
 凌は死んだふりをしようとして、あえなく断念する。爆弾を投下した張本人が、仰向けに横たわる凌の腹目がけて思いっきりダイブしてきたからだ。
 ぐえっと潰されたカエルのような醜い声を出すも、信乃はひるがない。

「ねえ、死んだらどうなるの?」

 ねえってば!と馬乗りになった信乃は凌の腹上で暴れながら、凌のシャツの襟元を引っ張る。
 ──苦しい。締められて死ぬ。
 え、臨死体験して教えろってこと?

「すみません。死んだことないのでわかんないです。…現在進行形で死にそうですが」
「えー。わかんないの?もう少しでわかる?」
「わかりません」
「わかってよ!」
「信乃さまの方が、長く生きているから知っているんじゃないですか?」
「……知らない」

 ぷーと頬を膨らまして拗ねても、可愛いだけで逆効果だ。
 腕には絵本を抱えている。読んでいたそれに死の描写があったのだろうか。幼児向けの絵本にしては珍しい、暗く残酷な話だ。
 というか、そんな絵本あったかな?最近の信乃さまのお気に入りは笠地蔵で、何度も読まされたのは覚えている。漢字は読めるのにひらがなが読めなかった信乃さまは、ひらがなで書かれた絵本を読んで勉強中で。いろんな絵本を買い与えてはいるが、そのどれもが童話や昔話だから死など連想しないはずなのに。

「ねえ、ヒビキは知らない?」

 矛先が自分に向けられるとは思っていなかった師匠は、凌の隣りで悠々食べていたドーナッツをくわえながら首を傾げた。行儀が悪すぎる。せめて口からドーナッツを離そう。それか早く俺を助けてくれ。
 そんな凌の心情を無視して、凌に乗ったまま信乃とヒビキは会話を続ける。

「死んだらどうなる、か?」
「どうなるか!」
「灰になる、…じゃダメ?」

 どうも納得がいかないらしい。信乃はむすっと顔を顰めると、凌の上から身を乗り出してヒビキが食べ掛けているドーナッツを奪い、一口で食べてしまった。

「だ、め!」
「ダメですか。じゃあ狐の旦那にでも聞きましょう」
「「お狐さま?」」

 凌と信乃、二人の声が重なる。
 何を言っているんだと二人でヒビキを見つめれば、信乃とは思えない、低い声が返答した。驚いた信乃が自分の口を手で塞ぐも、声は止まらない。

『ヒビキ、てめー俺に気付いていたのか?』
「なんとなく、気配を感じるなって。俺に会いたかったんですか?もしくはお喋りしたかったとか?」
『馬鹿じゃねーの』

 ヒビキの軽口を返す辛辣な言葉と悪態。それは凌と信乃もよく知る喋り方で、原理がどうなっているか当の本人である信乃もよくわからないが、確かにお狐さまのようだ。

「お狐、…さま?」
『いいか、こんな奴らに聞くぐらいならまず俺に聞けよ!』
「……うん」

 少し拗ね気味のお狐さまに戸惑いながらも、信乃は教えて?と小首を傾げた。

『あァ、死んだら抜け殻になる。もしくは空っぽ』
「からっぽ?」
『世界の一部になる、って考え方もあるけど』
「せかいの、一部」
『死ぬのが寂しいのか?まだまだお子ちゃま、だなァ』

 くくっと楽しそうに笑うお狐さま。機嫌はだいぶ直ったようだ。どうやら信乃が自分ではなく二人を頼ったのが面白くなかったらしい。八つ当たりもいいところだ。

『──寂しいなら、俺が一緒に死んでやるよ。一緒に生きてきた誼だ。一緒に死んでやる。満足か?』

 あまり聞かない、なだめるような優しい声。信乃と二人きりの時はいつもこんな喋り方をするのだろうか。疎外感を感じて、凌は腹部に置かれたままの信乃と手を強く握る。
 信乃は何か考えているのか、ぼーっと宙のある一点を見ていたかと思うと、凌の手を握り返して答えた。

「──…満足、しない」
「「『は?』」」
「僕が死んだら自由に生きればいい。もう、ずっと一緒だったから、寂しくなんかない」

 強がりだと、誰が見てもわかるのに。
 寂しがりやの信乃が寂しくない、なんて。嘘に決まっている。あの一瞬でこんな決意をしていたのか。信乃は自分に言い聞かせるように、言葉を続ける。

「僕が死んだら、自由に生きて」
『はははッ!……約束は出来ねぇな』
「うん。知ってる」

 お狐さまの言葉に、信乃は嬉しそうに微笑む。
 ──信乃が死んだら、次も。叶うならずっと一緒にいたい、…なんて。
 言っても信じないだろうし、望まないだろうから言わない。
 怒られそうだから後追いもしない。
 一緒に死ぬことは出来ないから、いつかその時が来るまで一緒に生き続けよう。
 そして、すぐに再び見つけてやるから。

『また、一緒に生きよう』
「…なにか言った?」
『──別に』

 それは確かだけども不確かで曖昧な約束。
 しかし信乃は納得したのか、握り締めていた凌の手を離し、満足気に凌から下りて凌とヒビキの間の狭いスペースに陣取り本の続きを読み始めた。
(狐の旦那はさすが、子守りが上手いなぁ)
(子守りっていうか信乃さまのなだめ役、でしょ?てか師匠、信乃さまが何の本を読んでるかわかります?)
(この位置じゃ見えない…)
(……猫、の本?)
 アイコンタクトで会話をしながら二人で本を覗き込む。今更ながら、信乃の読んでいたそれが絵本ではなくテレビで話題になった実録本で、時雨がテレビで見て号泣し、本を買って更に大号泣していたのは記憶に新しい。感動するから絶対に読むよう厳命されたのをすっかり忘れていた。



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