02
万事屋には誰もいなかった。
そういえば、神楽はお妙達と温泉旅行へ行くと言っていた。
今は好都合だ。
高杉を連れて帰って、誰かに迷惑を掛けることはないのだから。
玄関の鍵を閉めたのを確認し、銀時は背中に覆い被さる高杉を起こす。
「高杉…、大丈夫か?風呂入って温まろうぜ」
びしょ濡れの高杉を担いできたせいで、今は銀時も上から下までずぶ濡れだ。早く温めないと二人とも風邪をひくだろう。
銀時は真っ先に浴室へと向かい、高杉を下ろすと着ている服を脱がそうとする。
しかし、高杉は嫌がった。
理由なんて解らないが、暴れて手が付けられない。
銀時は腰紐を解いて自分の着流しを脱ぎ、高杉の着物と交換させる。
「せめてこっちにしろ。それは、血が付いてる」
銀時の着流しを着て大人しくなった高杉を、そのまま湯を溜めた浴槽に入れる。暴れることはなかったが、手を繋いでいないと不安になるらしく、離そうとすると嫌だと両手で必死に掴んで離さない。
(ほんと、子供だな)
浴槽に腰掛けて、銀時も足を一緒に入れる。
小さな風呂なので、これが精一杯だ。
「どこにも行かないから、お前はちゃんと湯に浸かれよ?」
そう言って頭を撫でると、不自然な猫耳がぴくっと動いた。
(一体どうしたんだか)
理由を聞こうにも、当の本人は話しにならない。
銀時にはどうしようもなかった。
高杉が元に戻るのを待つしかないのだ。
指先が温かくなり、高杉が十分温まったのを確認して、丁寧に髪を洗う。もちろん、 猫耳に泡が入らないように注意しながら。
服はやっぱり脱ぎたくないらしいので、諦めて指先と腕だけ洗う。
高杉は怪我などしていないが、返り血が点々と付いていたから。
洗い終わった高杉を浴室内に立たせて、タオルを取りに銀時は寝室へと走る。箪笥からタオルと服を持って急いで戻ろうとするが、遅かったらしい。
びちょびちょの着流しを引き摺りながら、高杉は銀時の後を追ってきたのだ。
「…高杉!歩くな!!」
怒られていることが解っていないらしい。
高杉は銀時を見つけると嬉しそうに抱きついてきた。
(今のこいつにも、ある意味で常識がないのなぁ)
仕方なく廊下で濡れた体を拭いて新しい服を着せ、髪を乱雑に乾かしてからタオルを被せる。
されるがままの高杉を浴室の外に待たせて、銀時は自分の体と髪を洗い、少し体を温めるだけで急いで出ようとする。
が、出ることは出来なかった。
浴室の扉が開かないのだ。
少し開いた戸から脱衣所を覗くと、戸を塞ぐように高杉が眠っていた。
その体を戸に預けて。
黒い猫耳をへにょんと垂れ下げて。
上を向きながら、小さく口を開けて。
「……こいつ、ほんとに高杉か?」
銀時は不安になってきた。
どこからどう見ても高杉なのだが、その行動は高杉らしからぬ行動ばかりだ。
松陽先生の元で出会った時とも全く違う。
違和感ばかりが増えてゆく。
高杉の子供時代は、銀時の知る限りこんなではなかった。
子供らしからぬ知識と考察。
大人顔負けの判断力と統率力。
──変な、独占欲。
いや。
変な独占欲はそのままだから、やはりコレは高杉なのだろう。
銀時は高杉を起こさないよう戸を半分だけ開けて、静かに着替えをすます。濡れたままの廊下を拭いて、濡れてしまった衣服とタオルを洗濯機に入れる。
その間も、高杉は一向に起きなかった。
銀時が隣りでバタバタ慌ただしく動いていても。
その額にデコピンをしても。
「…俺も、なにやってんだかなぁ」
落ち付いたところで、少し話がしたかったのだがこの様子では無理そうだ。
疲れているのだろうか。
そんな高杉を抱きかかえて、寝室へ運ぶと敷いたままの布団に寝かせる。
頭を膝の上に乗せて、濡れたままの包帯を解いて新しく巻き直す。
いつも不敵な嗤いと小憎たらしいことしか言わない口も、黙っていると端正で隙がない。男の自分が言うのもなんだが、艶があり美人だと思う。
「おやすみ、な」
そんな高杉の額にかかる黒髪をくしゃりと撫でて。
銀時は微笑み、高杉に掛け布団を掛けた。
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