10


 うっすら聞こえた銀時の声。
 半覚醒の頭にもはっきりと届いた、あのデレることのない銀時から発せられたとは到底信じられない台詞。
 引き寄せ、抱き締めたいのを我慢して高杉は寝ているフリを続けた。

“寂しくはない、かな”
“……悪くないってか、むしろ寝顔は可愛いんですけど”

 別に起きて驚かせても良かったのだが、銀時の声が普段とは比べ物にならないくらい甘く、ずっと聞いていたくて。
 白く節くれだった腕を伸ばし、自分の前髪を梳く仕草が不器用だが優しくて。
 その梳いて整えられた髪から薄目でこっそり見た銀時の、嬉しそうに微笑む表情がとても愛しくて、高杉は起きるタイミングを逃してしまった。
 聞かれたことを恥じ、照れる銀時を弄っても良かったのだが、ふと漏れた銀時の本音の方が高杉は気に掛かる。

「てめーの方が可愛いだろ」

 面と向かって言ったことはないが、それぐらい気付け。
 いつも嫌がるほど愛撫して、羞恥を煽って善がらせてやってるじゃねェか。未だ変なところが鈍くて困る。──そこも可愛いのは置いといて。
 銀時が抱き締めたように、高杉も銀時を抱き締める。
 二人の間に子猫を挟んでいるので、潰さないよう優しく。だが、離れないよう腕を腰に回す。
 ふわりと置いただけの手を彷徨わせ、傷付かないように抱いた腕の中の感触。
これには覚えがあった。
 誰にも言えずに随分と昔から抱いていた、……銀時への熱情。



   *



 陽が落ちる暗澹。
 暗くなり始めた東の空には丸い月が静かに上り、西日も衰えて夕陽の痕跡はもう僅かだ。暖かかった陽も遠のき、肌に触れる風は冷たさを纏う。身震いすら感じるそれは、訪れた夜の始まりを告げていた。
(……寝ちまったかァ)
 読みかけの本を読んでいたのにいつ眠ってしまったのだろう。
 確か、家で本を読んでいたらヅラに邪魔され、逃げるように松陽先生の居る私塾へと来たは良いが今度は銀時が「遊ぼう!」と読むのを邪魔してきたので仕方なく遊んでやって……、つまり全部銀時が原因だなと結論を出し、高杉は闇に未だ慣れない眼を擦った。
 ──ふわり。
 掛けられていた布が風に舞う。
 高杉は布が飛ばないよう慌てて握り、初めて気付いた。掛かっていたのは布だけではない。温かく、柔らかなモノに体を包まれていたのだ。
(なんだ、コレ…)
 温かいモノの一部にそっと触れる。
 それは布ではなく、正真正銘人の手だった。高杉の着物を掴んで離さない、子供特有のふにふにと柔らかな手。
 高杉は寝返りを打ち、背中に覆い被さっているモノを確認する。
 畳の上に直接寝ているせいか、畳の目が付いて赤くなってしまった片頬。
 半開きの口から落ちそうな涎。
 暗い室内でも目立つ銀髪。
(銀時も寝ちまったのかよ…。しかも布剥がしてるし)
 剥がされた布を掛け直そうと指を伸ばす。しかし高杉の指は廊下を歩く人の気配で止まってしまう。
 どんどんと近付く足音。掛け直すところを見られても別に不都合はないのだが、なぜか気まずくて高杉は寝たフリをして足音が遠ざかるのを待つが、足音は二人の居る部屋で止まり、しかも室内へと入って来た。

「二人ともなかなか起きないですね」

 部屋に入って来たのはこの家の主でもある松陽先生だ。
 様子を見に来たらしい松陽は、剥がれた布を二人へ丁寧に掛け直すと銀時の傍で腰を下ろした。
 指先で零れそうな涎を拭い、愛おしそうに頭を撫でる。
(まるで親子みてェだな)
 親子ではないと勿論知っている。が、銀時を見守り慈しむ松陽といい、何も言わず松陽の後をひょこひょこ付いて回わる銀時といい、高杉から見れば師弟というよりそれは仲の良い親子にしか見えない。口に出して言ったことはないが、それを聞いたらきっと先生は喜ぶだろう。銀時は照れて喚くだろうがそれも可愛いと思うのは内緒だ。
 最初は憐憫だったかもしれない。
 物珍しさかもしれないし、慈悲だったかもしれない。突飛な師の考えを高杉は未だ理解出来ないので、銀時への感情が何であったかは知らないが、これだけは解る。
(松陽先生は銀時のこと好きだよなァ……)
 そんな高杉の心情を読み取るように松陽は静かな室内に呟いた。

「──晋助。貴方には、まだ銀時を渡せませんよ」

 牽制するよう松陽にじとりと睨まれて、白々しくも高杉は眠ったフリを続ける。いつも優しい師の本性を垣間見て、動けなかったという方が正しいかもしれない。
 本当は、声を出して言いたかった。
 銀時を悲しませたりしない。
 絶対に幸せにするから。
 だから、いつか必ず銀時を貰い受ける、と。


 俺と先生の銀時への『好き』は違う。
 ──全然、違うんだ。
 先生の『好き』は、我が子のように愛おしいの『好き』で、高杉のそれとは性質が全く異なる。
 高杉の『好き』はもっと黒くどろどろした、籠絡して自分だけのものにしたいという執着と束縛が根本に潜む『好き』だ。出来るのなら銀時の足を斬るなりして何処へも行けないよう自分に縛り付けてしまえれば……、そんな狂気を孕んだモノだから尚更タチが悪い。

「松陽先生のあの言葉がなかったら、さっさと既成事実作って、てめーを俺のモノに出来たのになァ……」

 師が亡くなった後も、あの言葉が呪いのように高杉を苛んで銀時に全く手が出せなかった。最も、松陽を亡くし抜け殻のような銀時を手籠めにするのは簡単だが、それでは意味がない。──心も体も、高杉から離れられないほど依存させたかったから。
結局高杉が銀時に手を出したのは攘夷戦争中になる。桂や坂本、他の攘夷志士など銀時を狙っていた輩が多かったので高杉は苦労した。そんなこと本人には教えてなんかやらないが。

「子も出来て、これでてめーは俺のモノだ」

 銀時の頬をそっと高杉の指が撫でる。
 それに気付いたのか、のっそりと銀時の腕の中から抜け出して、べったり銀時の喉元に貼り付いて眠り直す子猫。──高杉に撫でられたいらしい。
 子猫ではなく銀時を撫でたいのだが仕方無い。高杉は指を伸ばし、銀時を起こさないようゆっくり子猫を撫でる。

「…んん……っ」
「銀時?」
「ん…?」

 半分だけ開いた赤い瞳が高杉と子猫を捉える。
 子猫へ指を伸ばす高杉を見て、銀時は何を勘違いしたのか、

「まだヤキモチ焼いてんの?」

 呟くと銀時はくしゃりと高杉に笑い掛けて抱き付く。
 潰されるのは御免とばかりに子猫は間一髪でジャンプして避けたが、銀時の突然の行動に高杉は避けることが出来ず、背中を布団に打つ形で押し倒された。

「ぎん…っ」
「…ん。好きだよ、大好きだから……拗ねる…な、…晋助……」

 紡がれる言葉は小声で、しかも途切れ途切れで聞き取りにくい。
 だが、高杉にははっきり聞こえた。
(──…銀時が俺を名前で呼んだ…?)
 照れるのか名前でなんか絶対に呼ばない銀時が、寝惚けているのかもしれないが愛おしげに高杉を呼ぶ。
 しかも「大好き」のおまけ付きで。
(俺は、これを求めていたのかもしれねェな)
 抱き返し、首に回した手で後ろから銀時の髪を梳く。銀時も心地良いのか、目を閉じてされるがまま撫でられている。
 と、視界の隅にあるモノが映った。

「ニャーァ!」
「邪魔しちゃダメネ、ユスラ。定春も黙って見ているヨロシ。ふむふむ。男を落とすには抱き付いて耳元で名前を呼ぶ……と」

 撫でている途中だったのでジタバタ暴れ不満げな子猫と、そんな子猫を捕まえてじーっと興味津々で高杉と銀時を見ているチャイナ娘と大きな白い犬。
 白い犬は、前足で両目を隠しながらこっそり覗いている。
 チャイナ娘に至ってはメモまで取っている始末。

「出歯亀とはいい根性じゃねェか」
「はぁぁあぁぁ!?」

 万事屋に朝早くから響く銀時の叫び声。
 高杉も気付いていなかったのだ。銀時が気付く訳がない。
 その後、顔だけでなく耳まで赤くした銀時は、高杉が布団を剥ぎ取るまで30分以上布団に籠城して出てこなかった。




[ 10/34 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]

[top]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -