09
銀時が寝返りを打つと、なぜか神楽が寝ていた。
いつも押し入れで眠っているのに、──なぜ一緒に寝ているのだろう?いくら考えても思い出すことが出来ず、銀時は諦めて神楽の剥がれた布団を手繰り寄せる。神楽も一応は女の子だから、お腹を冷やすのは良くない。
そっと布団を掛けて、跳ね上がった前髪の寝癖を手で整える。
「おやすみ、神楽」
まだ外は暗い。
銀時はふあぁ…と手を口に当てながら大きな欠伸をして寝直そうと再び布団に横になる。
──ごすっ。
枕に頭を載せると思ってもみなかった硬い感触と、聞いたことがないような重い音がした。もしかしてジャンプか何かを枕と間違えたのかもしれない。
銀時が起き上がって確認しようとすると、背後から伸びてきた腕に抱きすくめられて動けなくなってしまう。これはいよいよ、本格的に何かおかしい。
恐る恐る首を捻って、銀時が背後を確認すれば、
「…………え…?」
神楽が隣りで寝ているのは知っている。布団を掛け直してやったばかりだから。
銀時と神楽の頭上には定春が寝そべりくーくーと眠る。神楽と定春はいつもワンセットなので定春が一緒なのはおかしくないのだが。
おかしいのはココから。
銀時を挟んで神楽の反対側、銀時を抱きすくめていたのは高杉で。
その高杉の顔に覆い被さって、幸せそうに眠っている子猫。
(なんでこうなったんだっけ…?)
確か夜中に高杉が押し掛けてきて、あろうことか持ち込んだ布団を銀時の布団の横に敷き、銀時が嫌だと断固拒否したら夫婦は一緒に寝るモンだと高杉も一歩も譲らずに大騒ぎになった。そんな騒ぎのせいで起こしてしまった寝惚け神楽に「うるさいアル」と一喝された挙句に、
「…あ、そっか。みんなで一緒に寝ることになったんだっけ」
銀時の自室で布団を三枚無理やり並べ、高杉、銀時、神楽の三人、川の字で寝ることになったのだ。
定春は三人の頭上。
子猫は銀時と高杉の間……だったはずなのだが。
なぜか子猫は高杉の顔面に貼り付いて眠っている。
(息苦しいんじゃね?)
銀時は高杉の顔に貼り付く子猫を剥がし、眠っていたと思われる枕の傍へと置く。子猫を退かした後の高杉の顔には引っ掻き傷の一つもなく、やや乱れてしまった前髪からはいつもと変わらない端正な顔が覗き、安らかな寝息を立てていた。高杉の乱れてしまった髪を整えようと銀時が指を差し出して、ふと動きが止まる。
銀時の枕元──、銀時と高杉の枕の間に置いた子猫が、丸まったと思ったら何かを求めるように短い手足を伸ばしたのだ。
月明かりに反射して銀色に輝く毛並み。夜でも目立つユスラのすかすかと空を切る手足は、何かを求めるというよりは探している。──何かを。
「…ウメを、探してるのか?」
ちょんと柔らかい肉球に触れ、前足を握る。
反対の手で銀色の毛に包まれたユスラの体を撫でてやると、不自然な手足の動きが止まった。
元気でやんちゃだから失念していたが、ユスラは子猫。親恋しいに決まっているし、今までずっと一緒だったウメと離れて心細いのかもしれない。
高杉に抱きすくめられて銀時は身動き取れないので、そのままの体勢で子猫を抱き上げ膝に乗せる。
頭を撫で、喉をごろごろとくすぐって銀時は子猫を撫でるのを再開した。撫でるのを止めようとするとユスラの短い前足は銀時を追うように僅かに動き、催促をするのでいつまでたっても止めることが出来ない。
「それ、寂しいって言うんだぜ」
誰にでもなく銀時は呟き、窓から夜空を見上げる。
暗い夜空には月が輝いていた。
*
月がぼうっと輝く夜。
そんな夜は嫌いだ。
月光を浴びて血が騒ぐのか、風に揺れる木の葉に紛れて聞こえてくる獣の遠吠え。
寄り掛かった大木の根元から枝越しに空を見上げ、月の出ない新月も嫌いだが真っ暗な方が幾分マシだと銀時は思う。
青白い月明かりに照らされ、自分の影が色濃く感じる。
闇が深くなり。
ぽつんと、一人取り残され。
──自分が独りなのだと、嫌でも感じさせる。
だから、嫌いだった。
戦場で拾った唾の錆びた刀を握り、獣の遠吠えが聞こえれば条件反射で柄を握り身構える。それが、日常。
今は違う。
夜が。──優しい夜が、好きになった。
「厠ですか?」
ついこの前。
手を差し伸べてくれたのは『しょうようせんせい』。
何をするのも一緒で、傍に居てくれて。
食事だって、もちろん眠るのも一緒だけど、時々不安になる。
起きたらいないんじゃないか、って。
幸せな夢で、幻だったんじゃないかと不安になり、銀時は松陽の手をそっと掴む。
銀時のわずかな仕草に気付き、問い掛ける松陽の声はとても優しく、銀時は泣きたくなるのを堪える。
違う、と。
首を振りながらも、握った手を離したくなくて。
「嫌なのですか?」
違う。
嫌なわけない。ずっと傍にいたいぐらい好きで。
──大好きだ。
「寒いのですか?それとも暑いのですか?」
全てを否定するために銀時は勢いよく首を横に振る。そして、痛々しく生傷が残る小さな手で松陽の着物の裾を掴み、顔を埋めた。
「……銀時?」
「──」
松陽は銀時の頭を撫で、微かに震える背をさする。
「銀時。解りましたよ。寂しいんですね」
(……さびし、い?)
聞いたことがない言葉に戸惑いながら、銀時は顔を上げる。
そこにはいつもと変わらず優しく銀時に微笑み掛けてくれる松陽の顔があった。
「寂しいというのは、心の端がちょっと痛くなって、こんなふうに誰かと一緒に居たくなることですよ」
小さな銀時の指に手を重ねて。
温もりを分けてくれる。
きっと、銀時が望む限りずっと……。
(おれは、さびしかった…の?)
撫でる手の感触がとても心地よくて銀時は身を委ねる。
夢でも幻でも無い。
そんな遠い日の記憶を思い出すから、銀時は優しい夜が好きだ。
正直、絡み付く高杉の腕は熱くて重くて鬱陶しいが、──嫌いじゃない。
むしろ好きだし。
「寂しくはない、かな」
誰にでもなくまた一人呟くと、子猫を抱き締めて銀時は囲まれた高杉の腕の中にごそごそ身を沈めた。布団に横たわり寝返りを打つと、向かい合った目深には高杉の顔がある。
白い枕に沈む顔。
夜明けは遠く、暗い室内でははっきり解らないが、銀時とは違った理由で高杉の顔色は白い。幕吏から追われる身なので日中は身を潜め、夜型の生活をしているからだろう。
子猫が乗っていたので、少し乱れた赤みがかった黒髪。
髪から覗く切れ長の隻眼は眼を閉じているせいかいつもの険呑とした雰囲気はなく、
「……悪くないってか、むしろ寝顔は可愛いんですけど」
子猫を抱いているので、唯一自由な片手を高杉の髪に伸ばす。
隻眼に掛かった前髪を指先で優しく梳いて。
むず痒くなるような高杉のあどけない寝顔をたっぷり堪能すると、銀時は離れないように腕を腰に回して。
青白い頬にそっと口付け、銀時は再び目を瞑る。
抱き締め、抱き締め返した腕の中で、良い夢が見られるよう祈りながら。
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