07


 煙管を持っては盆に戻す高杉。
 吸う気はないらしく、煙管盆に火は入っていない。しかし癖なのか、無意識の内に煙管を持ってしまう。再び煙管を持ち、口元に当てて暫し考えてから頭(かぶり)を振り、高杉は煙管を盆に置いた。
 これが、食べ終えた食器を洗う銀時の後ろの居間で飽くことなく何度も繰り返された光景だ。
(高杉はなにやってんだ…?)
 煙管の上下運動をしているのではない。
 何かを払っている訳でも、ましてや猫がじゃれている訳でもない。
 いや、正確には白猫のユスラも黒猫のウメも興味津々で高杉が持つ煙管を見つめ、今にも飛びつきそうだ。高杉の膝の上で今は二匹とも大人しく撫でられてはいるが、ユスラはしっぽまで揺らして臨戦態勢だ。飛びかかるのも時間の問題だろう。
 銀時に理由は解らないが、どうやら高杉は吸いたいのを我慢しているようだ。
 食べ終えた食器を洗い、銀時は居間へと戻る。
 その頃には、煙管をじーっと見つめしっぽを揺らしていたユスラは小さな手を伸ばして煙管にじゃれつこうとしていた。あー、見てられない。

「吸いたいなら吸えばいいじゃん」
「あァ!?」

 随分と機嫌がナナメっている、高杉の恫喝のような低い声が返ってきた。これは相当に機嫌が悪い。
 そういえば、はたと銀時は気付く。いつもなら高杉は寝起きに一服しているのに今日はしていない。もっと言うと、煙管を吸っているのを今日は見ていなかった。
 道理で機嫌が悪い訳だと納得しながら、銀時は立ったまま、自分を睨みつける高杉を見下ろして考える。
 高杉は昨日まで普通に吸っていた。昨日と今日で何か違うことがあるだろうか──と、低く獰猛な声音ながらも優しく猫を撫で続ける高杉を見て気付く。

「もしかして、ユスラとウメを気遣ってるの?」

 高杉の視線は銀時を見つめたまま少しも揺るがない。
 だが、銀時の問いに黙っている高杉が答えだ。
 銀時は高杉のすぐ傍に腰を下ろすと、その手から再び持った煙管を奪う。両膝に子猫を二匹乗せた高杉は動けず、じとりと不審気に銀時を睨み続ける。
 銀時は気にせずに奪った煙管をくるくる回すと、吸い口を一撫でして口元に当てた。煙管には既に細く刻まれたタバコが詰めてあったので、火を付けそっと静かに吸い込めば懐かしい感覚に頭が眩む。
 吸ったことがない訳ではない。
 高杉の影響で嗜み程度には覚えたし、攘夷時代はちょこちょこ高杉から拝借して吸っていた。
 ハマっていたのか?と聞かれれば、それは全然違う。
 吸うと高杉と同じ匂いがするからという、ただそれだけの理由だから。

「──銀時」
「さすがパパだね?」
「……悪ィか」

 銀時は吸い始めたばかりの煙管を持つと、高杉の口元に当てて咥えさせる。すぐにでも文句を言いそうな高杉の膝から子猫を二匹とも引き取ると、少し離れて壁に凭れながら座る。
 高杉も禁煙を諦めたのか、そのまま煙管をくゆらせ満足げに微笑む。これで高杉の短い禁煙生活は終わりを告げた。

「いや?機嫌が悪くなるぐらいなら無理はすんなよ、っと」

 ゴソゴソと銀時は袖の中からあるモノを探し出すと、腕を伸ばして高杉の膝にちょこんと置く。

「飴?」
「次はそれでも舐めて我慢しろよ。俺は煙管吸ってる高杉も好きだから、別に構わないし」

 子猫がいる間ずっと高杉が禁煙するのは難しいだろう。煙管はたばこと違って煙が出ないので副流煙の心配はないだろうし、機嫌が悪くなって八つ当たりされるぐらいなら吸われた方がマシだ。
 銀時はひとしきり子猫を撫でると、脇に置いたままのエプロンを畳む。万事屋へと帰る準備を始めながら、そういえば、と銀時が口を開く。

「なんで宿じゃなくて隠れ家に俺を呼んだの?」

 いつもは宿かもしくは港に停泊する鬼兵隊の艦に呼ばれることが多い。
 理由としては、銀時の住まいである万事屋のあるかぶき町を巡回する真選組に見つかると厄介だからだ。
 だが、今までに鬼兵隊の隠れ家に呼ばれたことなど一度もなかった。
 そんな銀時の疑問を、高杉はたった一言で両断する。

「──…気まぐれだ」
「気まぐれ、……ねぇ?」

 何か理由があるのだろうが、これ以上聞いても高杉は教えてくれないだろう。
 丁寧に畳んだエプロンを袖口に仕舞い、銀時は子猫を抱いて立ち上がる。玄関へと向かう銀時の後ろを、なぜか今日は無言で高杉が付いて来た。

「銀時。行くのか?」

 高杉に呼び止められて、ブーツを履き終えた銀時が振り向く。
 どうやら高杉は何かをしたいようなのだが、生憎と銀時の両手は猫を抱いているので塞がっている。首を傾(かし)げれば、

「……ちッ」

 なぜか高杉に舌打ちされる。銀時も高杉同様に気は短い。いらっとして半歩下がり玄関を出ようとすれば、肩を掴まれ捉えられる。
 動こうとすればするほど、その手の力は強くなり身動きが取れない。

「た、高杉?」
「行ってきますのキスだろ」

 銀時は僅かながらある玄関の段差により身長差を感じさせない高杉に抱き締めされると、そのまま唇に触れるだけの軽いキスをされる。

「んん──ッ、馬鹿杉!子猫の前で恥ずかしいことするな!!」
「構わねェだろ」

 俺達は夫婦なんだから、と高杉は不敵に嗤う。
 その顔に見惚れてしまったせいか、銀時は再び近付いてきた唇から逃げられず、高杉の気が済むまで唇を貪られた。
 身じろいでも、腕の中の子猫が鳴いても許されずに。
 舌を絡め、吸われて、口元に溢れた唾液を舐め取られる。

「あん…っ」

 頬だけではなく耳まで真っ赤にした銀時に満足したのか、ゆっくりと高杉の唇が離れた。
 しかし、その唇は再び銀時へ近付くと、顔を掠めて耳元で囁く。

「じゃあな。俺は艦に戻るから、二匹の病院が終わったら連絡をしろ」

 頭をぽんぽんと叩くと、顔を真っ赤にしたまま銀時が逃げるように走って行く。
 やっぱり猫より何より銀時が可愛いと高杉は再認識すると、懐から携帯電話を出してあるところへと掛ける。

「俺だ。──実はなァ、」

 宿ではなく隠れ家に銀時を呼んだのは、ほんの些細な好奇心、──気まぐれだったが、これから行うのは気まぐれでも何でもない。
 用件だけ告げて電話を切ると、高杉は面白そうに嗤う。

「パパの本気を見せてやるぜ?」

 高杉は唇に残る唾液を舐め取ると、銀時が寄越した飴を口に放り込んですぐに噛み砕き、誰もいなくなった隠れ家を後にした。




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