08
涙が乾くまで、と言ったら怒られた。
だったら俺の気が済むまで抱いていたい、と妥協したら銀時に脇腹を小突かれたので、渋々だが離れようと高杉は銀時を抱いた腕の力を緩める。
しかし離れることは叶わなかった。
文句を言った誰かさんが着物を引っ張って離してくれないから。
──素直じゃない。
こればかりは今も昔も変わっていない。
天の邪鬼で寂しがりで変に強がってばかり。
そんな銀時が好きなんだと、高杉は諦めて再び抱き締める腕の力を強めた。
「た……、シンスケ。顔、洗ってくるわ」
「目元は擦ンなよ。余計に赤くなるぜ」
「わーってる」
ぶらぶら手を振って銀時が洗面所へ向かう。暇な高杉は外出する際に着る着物を拝借しようと銀時の部屋の箪笥に手を掛ける。
銀時の箪笥の中はよく解らない。
高杉が引き出しを漁り始めてまず出てきたのは、銀時が今現在着ている服装と同じ着物だった。しかもごっそり大量に。
黒い半袖の赤ラインが入ったシャツ。
同じく黒のズボン。
白地の裾に水色の渦模様が入った羽織り。
なぜ同じ物が複数あるのか高杉には解らない。そんなにこの着物が気に入っているのだろうか。
仕舞われている黒いシャツを一枚手に取ると、何を思ったか脱ぎ始める高杉。
(銀時はこの黒いシャツを着てたよな…?)
黒いシャツとズボンに着替え、その上に着流しを羽織り右肩だけ肌蹴させて銀時と同じいでだちになる。
銀時が似合うのだから、自分が着て似合わないはずがない。
変な持論を実践するため、高杉は銀時が来ているようにシャツを着て、同じ着物を羽織りだしたのだ。
仕上げとばかりに引き出しに畳まれた帯を取ろうとして、こつんと指先が硬いものに触れる。
ぶつかった何かを確かめるために着物を捲ると、幾重にも重なった着物の下、大切そうに仕舞われていたのは、
「──…刀」
鞘拵えの使い込まれた刀が隠されていた。
銀時は万斉に刀を借りていたので刀を所持してはいない。つまり、これは銀時の刀ではない誰か他の人物の刀である。
高杉はその人物を一人しか思いつかなかった。
「俺の、……か?」
刀を捨てたという嘘。
何かを隠していて、それを高杉には隠し通したい銀時。
「他にも隠しているっぽいけどなァ」
秘密も、……嘘も。
銀時の全部。すべて。
俺には通用しないってことを、銀時には嫌ってほど解らせてやる。
手に取った刀を見なかったフリして元通り着物の下に戻す。今は銀時のくだらない茶番に付き合ってやろう。
引き出しを更に探ると、隅の方にそれらとは別の、白地によく似た柄の着物が丁寧に畳まれていた。
あまり着ていないのだろう。手触りからして高価な、白地によく似た崩れ渦巻き柄の着物。違うのは裾の一部に金色の蝶と花びらが舞っているぐらいで、とても色鮮やかな高杉の好みの着物だ。
(似てるけど、違う…?)
高杉はこの着物が今着ている着物に似ていると感じたが、それは間違いかもしれないと気付く。
そう、銀時や高杉が着ている着物の方がこの着物に似ているのではないか?
ではこの着物はなんだろう。
「人の箪笥ん中を勝手に漁って何着替えてんの!?」
「…似合ってンだろ?」
「まるっと無視かい!」
タオル片手に戻って来た銀時は慌てて高杉に駆け寄ろうとする。
しかし、高杉が手にしている着物を見た途端、銀時の動きは強張り止まってしまった。
この着物に何かある。
確信して高杉は着物を見つめるが、特に変わったところはない。あるとすれば、銀時が着るにしては高価な着物だということぐらいだ。
銀時は服に頓着しない。
幼い銀時が着ていた物だって、松陽先生のお下がりか古くなった着物を仕立て直した物だ。拾われたという遠慮があるのか、着れればなんでも着ていた。
それは今も変わりないだろう。
怪訝そうに見つめる高杉の視線に気付き、銀時は悩んだ末にぼそぼそと言葉を口にした。
とても小さな、町の喧騒に掻き消されてしまいそうな声。
「それは──…ダメ」
その言葉は、──哀願。
触れないでほしい。
聞かずに、見なかったことにしてほしい。
高杉は銀時の反応で解った。
本気で銀時は困っている、と。
「……解った」
「あ、えっと、……借り物?ちょっと違うけど、そんな感じ」
俯いたまま銀時は答える。
とって付けたような、言い訳のような言葉を。
嘘はついていないが、全てが真実には思えなかった。
高杉は何か言いたそうだが、ふーんと頷きながら着物を元に戻し、引き出し荒らしを再開する。
引き出しから拝借した銀時の服を着たまま。
「俺の服を脱げよ!」
「なンで?」
「お揃いじゃねーか!」
「あァ?お揃いが嫌なのか?」
いそいそと肌蹴させていた右肩を仕舞い、今度は左肩を露出する。
完璧なお揃いでなはくなったが、着ている物はいまだ二人とも同じだ。
「これでイイか?」
「あーもー、…しゃーねぇな」
銀時は高杉が漁っていたのとは違う引き出しから紺地の着物を取り出すと高杉に手渡す。
派手、とまではいかないが銀時にしては珍しく少し華やかな着物で、高杉が銀時から渡されたのは紺地に淡い薄紅色の桜が散った鮮やかな着物。
「……これ。こっちの方が、シンスケに似合うんじゃね?」
銀時とお揃いもそれはそれで良かったのだが、こっちの方が似合うと言われては着るしかない。
高杉は結んだ帯を緩め、羽織りやシャツを脱ぎ始める。
「着替えるなら言えよ!」
「今更恥ずかしがることか?俺がてめーを抱く時に見飽きてンだろ?」
「──っ!?……んな訳ねーよ」
「あァ?」
「見る余裕なんてないし……」
銀時が照れながらそっぽを向く。
背後からでも照れていることが解るほど、耳や頬が赤くなっている。
もう少し銀時を弄って遊びたかったが、これ以上続けたら逆切れされかねない。惜しみながら高杉は服を脱ぎ、銀時が選んだ着物を着てみた。
「…悪くは無ェな」
少し地味な気はするが、銀時の引き出しを漁ってみて気に入りそうな着物はあの白い着物以外になかった。
銀時が似合うと言ったし、今日はこれで良いだろう。
先程もだが、特に着物を着ると高杉もよく知っている匂いがする。
嗅いだことのある、銀時独特の少し甘く、──懐かしい匂い。
高杉はなぜか嬉しくなって、目の前に背中を向けて立つ銀時に抱きついてその首元に顔を擦り寄せた。
ごちゃごちゃ銀時が何か喚いているが気にしない。
──やはり銀時なのだと。
高杉の記憶の中よりも背が高く、大人になってしまっている。話のかわし方も上手いし、高杉の扱いもどこか他人行儀でよそよそしくて拗ねたりしたが。
これは、今も昔も銀時なのだと思うと嬉しい。
見知らぬ街並み。
知らない人と通り過ぎた未来。
何も繋がっていない世界の中で、高杉にとって唯一、銀時だけが自分と世界を繋ぎとめている存在だった。
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