06


 朝目覚めると、銀時の姿がなかった。
 原因はそれだけではないが、高杉の目覚めは最悪で開いた隻眼を閉じて眉を顰める。
 起きて銀時がいないのと、起こしたのが銀時ではないのが高杉をここまで不機嫌にしている理由だ。
 しかも高杉を起こした元凶の片割れは、銀時の代わりに高杉の腕を占領して未だに居座っている。それも気にくわない。
 高杉は低血圧だが、銀時もかなりの低血圧だ。いや、寝汚いというべきか。意識が浮上しても布団から這い出るまでの時間がかなり掛かる。
 しかし、高杉はその時間が好きだった。
 反応が鈍いながらも、キスをすると足りないとばかりに求められて、啄ばむようなキスを何度も交わす。
 そんな朝のひと時が好きなのに、今朝はすでに銀時がいない。
 再び目を開けて、高杉は横になったまま半開きの目で元凶を睨む。だが、元凶はそれぞれびくともしない。起きたばかりで凶悪なその眼差しは、通常なら人を簡単に殺せるぐらいに危険で威力のある代物なのに。
 高杉の攻撃が効かない、──ふてぶてしい元凶。
 それは、銀時の代わりに高杉の腕を占領し、ちうちうと寝惚けて指に吸いつく白猫と、縁側の仕切り戸を強請るようにカリカリ引っ掻く黒猫。

「──ちッ」

 根負けして高杉が起き上がる。しかし、腕に絡み付く白猫のユスラは起きやしない。それどころか余計にしがみ付いてくる。
 諦めて高杉はユスラを腕に抱いて立ち上がり、ウメが強請るので縁側へ続く仕切り戸を少し開けてやると、黒猫は縁側を下りて庭へと向かう。
 ウメは飼い猫だったのかもしれない。
 トイレの躾が出来ているし、むやみやたらと鳴かないよう教育されているようだ。
 高杉はウメを見送り布団の上に座る。腕の中で眠り続けるユスラを撫でながらもうひと眠りしようか考えていると、廊下側の仕切り戸が開く。

「あれ、高杉起きてたの?」

 高杉が振り返ると、右手にお玉を持った銀時が部屋に入ってきた。
 いつも着ている着流しの上に、薄紅色のレースが可愛らしいエプロンを付け、三角巾を頭に被っている新妻仕様の銀時。
 朝起きていなかったのは気にくわない。
 が、これはこれで可愛くて、わざわざ起こしに来てくれたのも嬉しいので良しとする。

「おはよう、高杉」
「……あァ」
「朝飯できてるから食べようぜ」

 高杉のすぐ隣りに銀時がやってきたので、引き寄せ抱き締めてから口付けをする。
 腕の中のユスラが邪魔だが気にしない。
 いなくてお預けをくらった分だけ長く執拗に舌を絡めて。
 朝起きて出来なかった分の飢えを補うように。
 ユスラが起きてジタバタ暴れるのも気にせず、ウメが入りづらそうにこっそり部屋に戻ってくるまで堪能した。



 それぞれ一匹ずつ猫を抱いて台所の隣りの居間へ移動する。
 ユスラは高杉に押さえつけられたのが気にくわないのか、高杉が抱えようとすると怒るので銀時がユスラを、高杉がウメを抱きかかえた。
 居間に入ると、真ん中にある座卓の上には朝食が用意されていた。焼き魚と漬物と卵焼きが用意されている。卵焼きは砂糖大量投入の激甘銀時仕様に違いない。
 それと、机の隅には小皿が二枚と牛乳が置かれている。これは子猫用だろう。

「朝からてめーが盛るから味噌汁が温くなったぞ」
「起きていないのが悪い」
「俺のせい!?ぜってー違うから!」

 高杉は座卓の前に座り小皿に牛乳を注いで子猫二匹の朝食を用意する。一方の銀時は、味噌汁を温め直すため子猫を高杉の膝へ降ろして台所へと向かう。
 牛乳を注ぎ終えて名前を呼ぶと、ウメは理解しているのか素直にやって来て飲み始めた。
 ユスラは不服らしく、高杉の肩に飛び乗りニャーニャー鳴き出す。昨日のいちご牛乳が気に入っているらしく、抗議のつもりか鳴き続ける。

「ユスラ、こっちが飲みたいのか?」

 銀時が自分用に用意したいちご牛乳が並々入ったコップを目前に出して左右に動かすと、面白いほどユスラの首も揺れる。
 仕舞いには手をバタつかせてジャンプし始めた。

「いちご牛乳ばっか飲んでると、天パになるからダメだ」
「俺の天パはいちご牛乳のせいじゃねぇ!」

 温め直した味噌汁と白米を山盛りによそった茶碗を、銀時は勢いよく高杉の前に置いた。その衝撃でいちご牛乳が零れるほどに。
 畳に零れた僅かないちご牛乳を、ユスラは必死に飲もうとする。

「オイ。いい加減にしろよ、ユスラ」

 高杉が一喝すると、ユスラのしっぽがしょぼんとへこたれた。
 あまりの落ち込み具合に、高杉は仕方なくユスラの頭をポンポン叩き、銀時が投げて寄こした布巾で畳を拭く。

「ユスラはいちご牛乳が好きなのな。けど、これは俺のだから!」

 銀時は高杉の向かい側に座ると、いちご牛乳を飲み始めた。
 良い飲みっぷりでコップ一杯を一気に飲み終わると、次はお茶を湯呑みに注ぐ。

「よし。いただきます、っと」
「ほら、ユスラ。銀時が全部飲んじまったし諦めろ」
「高杉も食べる前にちゃんと言えよ」
「…新婚みたいだ」
「違うし。いただきます、だろ。…馬鹿なこと言ってないで醤油取って」
「──ン」

 高杉はユスラが諦めて牛乳を入れた小皿に向かうのを確認して、醤油差しを銀時に渡した。
 銀時が不満そうなので、いただきますと呟きながら。

「銀時。エプロン取らねェのか?」
「あ。忘れてた。──……あれー?解けない…」

 後ろに手を回して必死にリボンを解こうと足掻いているのだが、固く結んでしまったらしくなかなか解けない。
 そんな銀時を見ていられなくて、高杉は手を伸ばしてリボンを解いてやる。

「ほらよ」
「……ありがと」
「ン」

 頬を赤く染めた銀時に礼を言われて。
 やっぱり新婚の若妻みたいだと改めて思いながら、高杉は焼き魚を食べ進める。
 次は銀時にどんなエプロンを着せようか考えながら。




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