07


 河上万斉と来島また子。二人がいなくなって静かになった万事屋の客間。
 そのソファに高杉は座り、自分を落ち付かせるため冷めた緑茶を啜っていると、隣りに並んで座る銀時が万斉に渡された黒い携帯電話を弄りながら呟いた。

「ストラップでも付けるか」
「…すとらっぷ?」
「そう。携帯に付けるキーホルダー的な。…高杉のにも付けるか?」

 銀時は弄っていた黒い携帯電話を机に置く。この携帯電話にはストラップは何も付いていない。ただ、裏に『しんすけ愛!』というシールが貼ってある。
 未来の俺と万斉は、一体どんな関係だったのだろう。
 万斉は上司と部下と言ってはいたが、それだけの関係でこんなふざけたシールを身近な小物に貼るだろうか?貼ることを許すだろうか?
 俺なら絶対に許さない。
 気持ち悪くて、相手を殴ったついでに携帯電話も粉々に砕いてやるぐらいに。

「……砕きてェ」
「何を砕くんだ?ほら、俺の携帯も付けてるぜ?」

 銀時から携帯電話を手渡される。きっとこれは銀時の携帯電話だろう。銀色の携帯電話には、先が仄かに青いくすんだ白磁色の紐が付いていた。
 高杉は手元の赤い携帯電話を見つめる。その携帯電話にはキーホルダーなどは何も付いておらず、装飾もされていない。
 ただ、大切に使ってはいるようだ。
 落とした跡と思われる傷が一か所あるだけで、他は一切傷がない。
 携帯を弄る高杉の前に、銀時はどこからか箱を持って来て机の上に置く。その箱の中には、所狭しとたくさんのキーホルダーが入っていた。
 種類分けはされていないようで、動物やキャラクターもの、鈴、食べ物など様々な種類がある。その中でも一番多かったのは、食べ物は食べ物でも甘味類だろう。
 団子や鯛焼きなどの和菓子や、ケーキにクッキー、巨大なパフェなどの洋菓子。同じ物が二つ三つあって甘味類だけでも相当数ある。
(甘いモンが好きなのは変わってねェな)
 銀時は重複しないように甘味類を選び、万斉から渡された黒い携帯電話に大量に付けていく。全てを付け終えた頃には、携帯電話よりストラップの方が大きくなっていた。
 ジャラジャラうるさいし、何より重い。
 しかし、気になっていたシールはストラップのお陰で不快を感じなくなっている。
 銀時も不快に思っていたのだろうか?

「よし、完成!」
「…電話しにくくねェか?」
「いいんだよ。万斉のだし、……ムカつくし」
「銀時は万斉のことが嫌いなのか?」
「違げーよ」

 銀時はらしくなく、高杉から目を逸らす。
 この反応を、高杉はよく知っている。
 怒っているのではない。銀時が何かに嫉妬して拗ねている時の反応だ。

「俺が嫌ってるんじゃない。俺が、嫌われてるの」

 苦しそうに、そっぽを向きながら銀時は気持ちを吐き出した。
 これが銀時の本音だろう。
 銀時はその珍しい容姿のせいで、好奇や嫌悪の目で見られることが多かった。故に他人の視線に敏感に気付きやすい。
 無視することも出来るのに。
 銀時は傷付き一人で苦しんで、悲しみを隠そうとする。

「──…俺がいる」
「…高杉」
「晋助、だ。さっさと覚えろ馬鹿」
「ば……っ!?」

 何か言おうとする銀時を黙らすために、高杉は銀時を抱き締める。
 ソファに凭れたまま、銀時の頭を引き寄せて。
 顔を見ないように。
 誰にも見せないように、その顔を高杉の胸に埋めさせて。
 両腕で強く抱え込んで離さない。

「てめーには俺がいる。俺は絶対にてめーを嫌いにならない。だから、泣くな」

 銀時も今気付いたようだ。
 自分が涙を流し、泣いていることに。
 泣いていることに気が付くと、銀時は余計に涙が止まらなくなった。
 涙をぼろぼろ零しながら、銀時は泣き喚く。

「……また、俺は…なくすのか……なっ」

 たくさん失くした。
 屍の中から拾って愛情を与え育ててくれた恩師の松陽先生を失くして。
 同時に帰る場所も拠り所も失くした。
 攘夷戦争中は友や仲間を失くした。
 ──記憶を失くした高杉。
 それは現在の銀時にとって、未だ失いたくないものなのだ。

「俺は、……銀時。実感が無ェ。
 先生が死んだって聞かされても、俺が攘夷志士でテロリストって言われても、記憶が無ェから全部ピンと来ねェ」

 ──だが。
 腕の中の温もりが。
 触れると跳ね返る銀髪が。
 しがみ付いてくる指が。
 胸元を湿らす涙が、全て現実だと教えてくれる。

「けど、これだけは解る。俺はてめーに泣かれると困る」
「…なに…それ……」
「泣き顔は好きだ。もっとグチャグチャにしたくなる。けど、泣いてるてめーより笑ってる方が大好きだ。
 原因は俺だ。解ってるけど、泣くな」

 ──笑え、とは言わない。
 困ったように、戸惑いながらなんて、無理に笑わなくて良いから。
 泣かないでほしい。

「こんなの、てめーが泣くようなことじゃねェ」

 昔、一度だけ同じようなことがあった。
 泣いている理由なんか知らない。
 銀時も言おうとしなかったし、高杉も聞こうとしなかった。
 ただ、見ていられなくて。
 泣き続けて嗚咽を漏らし、咳き込みながらも泣き止まず、どうしようもない銀時に言ったことがある。
 男はパーマが失敗した時以外泣くな、と。
 高杉は銀時を泣き止ますために言ったのだが、聞いていた銀時は泣き腫らしたくしゃくしゃの顔で。
 ──俺は天パだから泣けねぇじゃん、ばか。
 文句を言いながら、銀時はやっと笑ってくれた。
 銀時が泣くと、あやすのはいつも高杉で。
 銀時も高杉の傍でだけ、素直に泣いた。
 逆に、何があっても銀時は松陽先生の前では絶対に泣かない。心配させたくないのか、高杉がいない時は必死に堪え物陰に隠れて泣く。
 それを見つけるのも、なぜか高杉で。
 泣き止んで、ぎこちなくだが笑えるようになるまでずっと傍にいた。
 傍に、いることしか出来ないから。
 泣いている銀時を見ると、胸が苦しくて動けなくなり、ひどい時には何も言えなくなってしまうから。
 それは今の高杉も同じで。
 先程、言い渋っていた銀時から聞かされた現実よりもツラくて。
 高杉が一番対応に困る、嫌いなモノ。

「銀時。俺はてめーが大好きだ。だから……泣くな」

 泣き止ます方法は知っている。
 記憶の中の幼い銀時と、きっと一緒だ。
 高杉は泣き顔を誰にも見せないよう銀時の頭を胸の中に抱え込む。
 柔らかい銀色の前髪を掻き分けて。
 優しく、頭を撫でる。
 銀時の嗚咽が止まるまで。
 ──その、きれいな涙が見えなくなるまで。

「……高杉」
「晋助だって。いい加減にしろ」

 腕の中から、泣いたせいで曇った銀時の声が聞こえる。少し落ち付いたようだ。

「……晋助。ストラップ、気に入ったのないんだろ?買いにいこうぜ」
「あァ?てめー、勝手に出歩いて良いのかよ」
「言わなきゃバレねぇし」

 泣き止んで目元の赤い銀時が笑う。
 高杉も嬉しくて笑い返す。
 ──楽天的なところも。
 甘いモノが大好きなのも、泣くと止まらないところも。
 泣き止むと高杉に笑い掛けてくれるところも。
 全部、昔と変わっていない。
 高杉はもう一度銀時を抱いて、涙の跡が乾くまで抱き締め続けた。




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