06


 机に置かれた血塗れの着物と煙管。
 それと、赤い携帯する電話。
 未来の俺が持っていた物だと銀時が教えてくれた。
 けど、本当にこれだけなのだろうか?
 何かが足りない。
 そんな、……気がする。

「……データが消えてるっス」
「雨でだいぶ濡れちゃったみたい。通話できただけ奇跡でしょ?」
「そうっスね」
「この携帯の色って…」
「晋助様が気に入ってるっス」
「けど、扱いづらくない?ボタンも押しづらいしさ」
「使いにくいけど、お揃いに憧れるっス。こっそり晋助様と同じ携帯にしちゃおうかな…」

 来島は携帯電話を操作しながら銀時と話している。全く関係ない写メの画素や最新機種の話で盛り上がって本題の話は進んでいない。
 一方の高杉はというと、不本意ながら万斉の相手をしている。
 高杉にとって万斉は今日初めて会った人間だ。話などしたくないし、する気もないのだが、万斉は話があるらしく、しつこく話し掛けられるので仕方なく相手をしていた。

「晋助」
「あァ?」
「ぬしに新しい携帯電話を渡しておくでござる。何かあったら連絡を…」
「面倒くせェ。銀時に渡しておけ」
「…白夜叉は、敵でもなければ味方でもござらん。用心しておいた方が良いでござる」
「銀時は俺を裏切らねェ」
「……」
「なぜか解るか?」

 万斉を見据えて。
 高杉は隻眼を細め、唇を淫靡に歪めて独特な表情で嗤う。
 記憶を失っているというのに、人を馬鹿にしたような仕草はいつもの高杉そのもので、万斉は目が離せない。
 いや。正確に言うと離せないのではない。
 捕らわれて、この男の前では正気を保つことが出来ないのだ。
 ──支配される。
 狂気が全てを飲み込んで。

「──俺が、裏切らねェからだ。
 もし俺が銀時を裏切ることがあったら、俺は俺を殺す。
 銀時が俺を裏切るなら、裏切る前に俺が銀時を殺してやらァ」
「…矛盾しているでござる」
「俺はそれで良いンだよ」

(これが十歳の晋助……)
 十歳の高杉に万斉は会ったことがない。
 銀時は面識があり、先程の接し方では性格も行動も熟知している様子だった。が、子供の高杉の方が一枚も二枚もうわ手で、銀時は手の上で遊ばれている感がある。
 子供特有の、無邪気すぎる傲慢な我が儘。
 鋭い考察力と判断力。
 銀時を躊躇なく押し倒そうとする行動力。
 どれも全て現在の高杉へと繋がってはいるのだが、どこか違う気がする。
 万斉が唯一はっきりと解るのは、現在の高杉にある銀時への歪んだ執着は、この頃からあったということだけだ。

「…面白いでござる」
「何が?てか、てめーらの名前は?」
「拙者は河上万斉。あちらは来島また子」
「ふーん。俺とはどんな関係なンだ?」
「晋助は拙者らの上司でござる」
「上司?」
「そう。ぬしは過激派テロリスト鬼兵隊の総督でござる」
「……俺が!?」
「攘夷戦争では攘夷志士として鬼兵隊を率い幕府や天人と戦い、敗れた今もいろいろ画策しているでござる」
「…………」

 銀時は高杉に現在の説明を何もしていないらしい。
 頭が痛くなった万斉は、来島と話している銀時を睨む。
 当の本人の銀時はというと、来島と地図を見て昨夜のことを詳しく話している。一気に疲れた万斉と、覚えてはいないが興味津々の高杉も話しに加わる。

「晋助様はこの遊廓で会合してたっス」
「護衛は?」
「生憎、昨日は晋助様一人っス。なんでも終わったら寄るところがあるって…」
「俺に会いに行くつもりだったのかな?」

 会合の行われた遊廓と銀時が高杉を発見した場所は随分離れている。方向的に鬼兵隊の艦が停泊している港とは正反対。どこかへ向かっている最中に何者かに襲われたと思われる。
 しかも、偶然とはいえ銀時が高杉を発見した。
 高杉は万事屋へ向かっていたと考えて間違いないだろう。

「白夜叉。晋助は刀を持っていなかったでござるか?」
「あぁ。持ってた」
「その刀は……」
「高杉背負うのに邪魔だったから、その辺に捨てた」
「白夜叉」
「後で探すよ。事件現場の近くだと思うし」
「事件現場近くを通ったが、真選組が検問をしていて近寄れなかったでござる」
「あらら」

 悪びれた様子で銀時はおどけてみせた。
 この反応だと、刀を探す気はなかったようだ。
 万斉と来島にしても、刀が真選組に押収されても左程問題はない。高杉が事件に関わっているのは事実だし、悪名が増える分には一向に構わない。
 ただ、何か手掛かりが欲しいのだ。
 高杉がこのような姿になり、記憶を失った原因の手掛かりが。

「──河上」
「万斉で良いでござる」
「…万斉。煙管と着物、持って帰れ」
「良いのでござるか?」
「今の俺には必要ねェし、手掛かりがあるとは思えねェが、調べるだけ調べろ」
「了解した。後で医者を寄越すでござる」
「必要無ェと思うけどなァ」
「怪我なはくても、一応診てもらった方が良いでござろう」

 万斉は持て余していた携帯を銀時に渡し、何かあったら必ず連絡するよう念を押して来島と万事屋を後にした。


 ──未来の俺。

「銀時。てめー、何を隠してる?」
「……なんのこと?」
「とぼけんな!てめーの嘘ぐらい、子供の俺でも解るンだよ!」

 銀時は刀を捨てていない。
 曖昧な言葉で濁して万斉を上手くかわしたが、高杉は騙せなかった。
 高杉だから騙せなかったというべきか。
 しかも、ここからは勘になってしまうが、銀時はそれ以外にも何か隠している。隠しているのは解るが、今の高杉では予想すら立てられない。
 銀時は万斉と来島に嘘をついてまで騙そうとした。言うつもりは毛頭ないし、簡単に教えてはくれないだろう。
 高杉は諦めるのも癪なので、突いてみることにした。

「…刀、捨ててないンだろ?どうして嘘までついて隠すンだ」
「知りたい?」
「ハッ。知られたくないクセに」
「バレた?さすがシンスケ」

 眇める隻眼。
 逸らされない赤い瞳。
 銀時は知っている。
 高杉が一番嫌いなことは、他人に命令されること。
 自分の意にそぐわないこと。
 銀時が、高杉に隠しごとをすること。
 隠し通せる自信があったのに、やはり高杉は高杉だと自覚させられてしまう。

 ──現在の俺。

「はぐらかしたいなら、てめーが俺の口を塞げ」
「……なんでそうなるかなぁ」

 銀時は頭を掻きながらゆっくりと高杉に近付く。
 不貞腐れて、嫌そうな銀時の顔を見てやろうと高杉が銀時を引き寄せ顎を掴む。

「…銀時……?」

 名前を呼んで、高杉は動けなくなる。
 銀時が予想とは反した表情をしていたからだ。
 自分が知っている、十歳の銀時とはあまりにも違いすぎる大人の表情で。
 魅惑的に誘いながら、銀時は楽しそうに微笑んでいた。
 驚く高杉の顎に銀時は手を添え、もう片方の手で肩を抱き捕らえると、その薄紅色の柔らかい唇を高杉に重ねる。
 ちゅ、と艶めかしい音と共に息ができなくなって。
 心の準備をする暇もなく、唇が塞がれる。
 わずかに生じた隙間を抉じ開けて、舌を捻じ込み歯列を舐める。
 その奥に潜んでいた高杉の舌を見付けると、音を立てて吸いつく。嫌がって逃げようとする高杉の舌を追って、絡めて貪る。
 煙管の味が薄まった咥内を蹂躙して、銀時は唇を離した。
 飲み込めなかった唾液が銀の糸のように垂れていて、愛しくて銀時はもう一度舌を高杉の唇に這わせて唾液を拭う。
 銀時は腕の中で震える高杉をここまでして漸く解放した。
 いつも不敵な笑みで微動だにしない端正な高杉のその顔は、長いキスのせいで珍しく真っ赤に染まっている。

「これで、文句ない?」
「……ッ!?」
「まだまだ子供だねぇ」

 舌を出して。
 自分の唇についた唾液をぺろりと舐める余裕綽綽の銀時が悔しくて。
 高杉は銀時の肩を鷲掴んで固定すると、ぶつかるように舌を噛んでお返しの口付けをした。

「──痛ッ、舌切ったぞ!!」
「フン。舌を噛んだンだ。切れて当然だろ?」
「こ…っ、馬鹿杉!」

 睨みつける銀時の目は同じだった。
 今も昔も変わらず。
 真っ直ぐな赤い瞳で。
 俺だけを、映す。
 俺だけの真実。

 ──過去の、俺。

「なァ。どうして俺は、攘夷に参加して、今もテロリストやってンだ?」
「……」
「松陽先生はどうした?てめーは…」
「高杉」

 銀時が高杉の言葉を遮る。
 そして一瞬、怒ったように眦をあげて。
 困ったように口淀んで。
 銀時は、悲しそうに……笑った。

「…言わせる、……のか」
「銀…と…き?」
「俺に、言わせるのか。
 高杉……?」

 また、だ。
 俺はこんな銀時を知らない。
 こんな、……悲しそうに微笑む、壊れそうな銀時を俺は知らない。
 俺が知らない十余年。
 その間に、一体何があったというのだろうか。
 銀時は言った。
 俺達はそんな関係じゃない、と。
 名を呼ぶのを躊躇って。
 無理やり呼ばせたら他人のように片言で呼んで。
 そのクセ、強請ると恋人のような濃厚なキスをしてきて。
 抱きつくと嫌がるのに、不安になると優しく頭を撫でてくれて。
 銀時は突き放すような行動をしながら、それでも、高杉を傷付けないよう、いじらしく必死な銀時。
 万斉は言っていた。
 銀時は敵でもなければ味方でもない、と。
 では一体、俺達は何なんだ……?

「…松陽先生は殺された。
 だから俺は、攘夷に参加した。これで満足か?」

 松陽先生ガ、殺サレタ。
 ダカラ
 銀時ハ、攘夷ニ参加シタ…
 俺ハ……?
 オレハ、今、何ヲシテイル?

 俺が銀時を傷付けて、こんな顔をさせているのか?
 だとしたら、……未来の俺。
 俺は、てめーを許せねェ。




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