05
「晋助、でござるか?」
河上万斉の語尾には疑問形がついている。
来島また子の口は、開いたまま塞がらない。
二人が銀時に呼ばれて万事屋を訪れ、呼び鈴を押し暫し待っていると、控えめな微笑みで出迎えてくれたのは高杉だったからだ。
「…あァ。高杉晋助だ」
「無事で良かったでござる」
「──てめェは誰だ?」
万斉が顔見知りだと知ると、今までの愛想笑いを捨て、高杉はいぶかしげに二人を睨む。
不遜な隻眼。
横柄な態度。
いつも着ているような派手な服ではないが、どこからどう見ても上司である高杉のそれなのに。……絶対に違う。
あえて言うなら、その表情と万斉への接し方は生意気な子供。
それも、気位が高く扱いにくい部類の。
「……白夜叉はいるでござるか?」
「しろやしゃ?」
「坂田、…銀時」
「銀時ならいるぜ?朝飯食ってるけど」
高杉は顎をしゃくり、万斉と来島を中へ入るように促す。
白夜叉が朝食を食べているから、高杉が玄関まで客人を迎えに来たのか?
あの鬼兵隊総督の高杉晋助が?
動揺を隠せない万斉であったが、なんとか持ち直して高杉の後を無言で付いて行く。 しかし、すぐ玄関へ戻ることになる。
来島が固まって動けなくなっていた。
(──致し方ないでござる)
来島は高杉の狂信者。今の高杉を見て、固まってしまうのは無理もない。
無理やり来島の腕を引き歩き出すと、先を行ったはずの高杉が心配そうに二人を待っていた。
普段ならこれも、ありえない奇行である。
「銀時ィ。てめーに客だ」
「はれ?」
「…食ってから喋ろ」
万事屋の主である坂田銀時は、客間のソファで朝食を食べ終わり、デザートのプリンを食べていた。
高杉はというと、銀時のすぐ隣りに当たり前のように座り、万斉と来島は向かいの空いているソファへ並んで座る。
「思ったより早かったなぁ。今、茶でも出すわ」
「いや。気遣いは無用でござ……」
「銀時!俺にも茶ァ」
銀時の隣りで、空気を全く読まない男が茶を強請る。
無邪気、とでもいうのだろうか。
高杉には悪意もなにもないのだが、その態度はいつも以上に傲慢に感じる。
子供っぽいというか、子供そのもの。
こんな高杉を、万斉も来島も見たことがない。
唖然とする二人に顔を顰めながら、銀時は頭を掻いて立ち上がると、高杉の足を軽く蹴って手際良く机の上の食器を片付け始めた。
「痛ってェな、銀時!」
「空気読め。…洗面所の入り口に置いてある派手な着物と煙管持って来い」
「なンで俺が」
「茶、飲むんだろ?」
食器を持った銀時を高杉は睨む。
そんな高杉を無視して銀時が台所へ引っ込むと、高杉はしぶしぶ立ち上がり洗面所へ向かう。
一方の銀時はというと、台所から人数分の湯のみと急須を持ってくると昨日の経緯を話し始めた。
「昨日、雨の中あいつを拾った」
「晋助は昨晩、会合に出席していたはずでござる」
「よく解んない。拾った時から猫耳生えてたし、返り血も結構浴びてたよ?」
「返り血……。何があったでござるか?」
「さぁ?記憶喪失みたいなんだよね。昨日は喋れない子供だったし。…今日は十歳ぐらいかな?」
「──昨日なんて、覚えてねェ」
洗面所から戻ってきた高杉は答えながら、持ってきた血塗れの着物と煙管を机に置くと、やはり銀時の横の定位置に座る。
淹れてもらった茶を、嬉しそうに啜りながら。
「銀時。なんで俺は眼帯してンだ?」
「思いだせば解るよ」
「なんで猫耳としっぽが生えてンだ?」
「それも、思いだせばきっと解るよ」
銀時の返答はそっけない。
当然と言えば当然だ。
高杉なら知っていることを、事細かに説明するのが面倒だし、なぜこのようになってしまったかの経緯と原因は銀時も知らない。
「大人になった俺って、美形じゃねェか?」
「自分で言っちゃおしまいだね」
「…てめーより背ェ、低いな」
「……そうだね」
「てめーは俺好みに成長したな」
「……そうなの?」
「あァ。押し倒してイイか?」
「ちょっ、高杉さん!?」
銀時がソファに押し倒されながら抗うと、高杉は不機嫌そうに唸る。
「高杉って言うな」
「はぁ!?」
「いつも通り、晋助って言え」
「どこの暴君!?もう俺達はそんな関係じゃないんだって!」
「どんな関係でも、てめーは俺のモンだ」
考えが甘かったと銀時は後悔する。
相手は高杉。
昨日より成長した十歳前後の高杉。
記憶を失っているとはいえ、高杉は高杉なのだ。
初めて高杉に出逢った時のことを思い出して、記憶を失くす以前の高杉と比べるが、銀時には相違が見つからなかった。
子供らしからぬ知識と考察。
大人顔負けの判断力と統率力。
──変な、独占欲。
記憶を失くす以前の高杉の方が狡賢くなっているが、根本は変わらない。
あえて挙げるとしたら、今の子供に退行している高杉の方が、素直で、我が儘で、強引すぎるぐらいだ。
状況は昨日と比べて記憶が戻り好転すると思いきや、確実に悪化している。
(最悪じゃね?俺、泣いていいかな…)
銀時は自分の浅はかな思考に眩暈がして、寝不足と伴い倒れそうになる。
「晋助。帰るでござる」
「嫌だ」
「…晋助」
「現状は解った。俺は会合の帰りに何者かに襲われて、こんな体にされたンだろ?しかも記憶がない。原因も解らなければ、対処の仕様が無ェ」
「そうでござる」
「だったら、どこにいても別にイイだろ?」
高杉の隣りで聞こえないフリをしている銀時の顎を掴み、高杉らしからぬ子供特有の小悪魔的な表情で悪戯に耳を噛む。
「──ッ、高杉!!」
「知らないヤツと一緒にいるぐらいなら、銀時と一緒にいたい」
銀時の顎を掴んでいた手をゆっくり下ろし、今度は首元に回すと両手で抱きついて離れない。
静観していた万斉は高杉の説得を諦めた。
中身は十歳前後の高杉とはいえ基本的なものは何も変わっていない。
これ以上話しても無駄だと悟る。
「白夜叉。すまぬが晋助と共に艦まで来るでござる」
「俺も万事屋の依頼があるしなぁ…」
「依頼料なら出すでござる」
懐から現金を取り出して、万斉はぽんと机の上に放る。
その札束に靡いたのか、銀時はあっさり了承した。
「あー、明日まで待って?神楽達が旅行から戻って事情を説明したいし」
「──了解した。明日の夕刻、迎えに来るでござる」
「長引くかな?」
「依頼料は上乗せするでござるよ」
「違くて。子供で積極的な高杉ってむず痒い」
高杉の腕から逃げ出そうと銀時はもがくが、高杉は逃がすつもりはないらしい。
しかも、一度注意をしたのに名ではなく高杉と名字で二度も呼ばれ、高杉の不機嫌ゲージはピークに達した。
「銀時」
「……」
「早く言い直せ。今なら許してやらァ」
「…………シンスケ」
「よし」
高杉は銀時の頭を撫でると、今まで以上に強く抱き締めた。
抱き締められた銀時は、頬だけでなく耳まで真っ赤にして高杉の腕から出ようともがいている。
「──万斉先輩」
「…どうしたでござる?」
「らぶらぶというか、白夜叉が哀れっス」
「拙者にもそう見えるでござる」
「私も、護衛で残るっス。なんか心配っス!」
来島が残ると言うと、高杉が嫌がった。
そっけない高杉の態度に来島は泣きそうになるが、理由を聞いて満面の笑顔になる。
「俺は、女に護られたくねェ」
中身は子供でも、やはり高杉は高杉だと来島は確信した。
しかし護衛がいなくて危険なのは変わりない。来島は護身用にと拳銃を机に置く。
「──銃!?」
「そうっス。弾丸もいるっスか?」
「──…刀が、いい」
「銃の方が楽っスよ?」
来島の銃を銀時は押し戻した。
声もなく。
理由も言わず。
目を閉じて首を振り、ただ頑なに拒む。
そして、諦めたのか。
心を決めたのか。
瞼を開け、赤い瞳でどこか遠くを見つめて。
先程とは一変した、暗く、重い声で、銀時は呻いた。
──命の、重みを感じる。
高杉は銀時を抱き締める腕の力を一層強めた。
その声は、高杉にもはっきりと聞こえたからだ。
こんな顔を銀時にさせたかった訳ではない。
…慰めるように。
今にも泣き出しそうな銀時を支えるように、高杉が銀時に抱きつくと、銀時はあやすように高杉の頭を撫でた。
高杉の消えた記憶。
その十年程の間に、一体何があったというのだろうか。
高杉が考えを巡らせても、答えは出なかった。
「では、拙者の刀を使うでござる」
万斉が差し出した刀を、銀時はゆっくりと掴む。
鞘に納められたままの刀。
昔の感覚が蘇える。
手に取るのは、護れずに拒んだ過去を護るため。
庇うのは、己の罪を知らない高杉のため。
銀時は今一度、刀を握る。
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