02
びっしょりと濡れた着流しを脱ぐ。
その辺に放ると、高杉の突き刺さる視線が痛かったが、ここは万事屋じゃない。銀時は気にせずに乾いたタオルを手に取り、部屋に置かれている箪笥から着替えになりそうな服を見繕ってタオルと一緒に小脇に抱える。
子猫は拭いてどうにかなったが、銀時は拭いてもどうにもならない。
風呂に入る準備をしていると、子猫達が寄ってきた。
銀時が居なくなる気配が解るのだろう。足元に纏わり付いて、離れようとしない。
「…どうしようかなぁ、ユスラとウメ」
「銀時、飼って良いと言ったのは俺だ。責任は取る」
「へ?」
「今日は人払いをしてあるが、ここは普通の家を買い取って鬼兵隊隊士の待機場所や隠れ家として利用している。ここで飼えば良い」
今日、珍しく高杉に呼び出されたのはいつもの宿屋ではなかった。
万事屋と港の中間地点辺りにある、住宅密集地内の一軒家。平屋の木造住宅で、家と言うよりは屋敷に近い。門構えもしっかりしていたし、部屋も相当数ある。
(ここを隠れ家って、金持ちは豪勢だねぇ)
買えばそこそこ良い値段はするはずだ。
ちょっと古いが、室内や庭はちゃんと手入れがされているし、縁側から見た限り庭は広く、植木や灯籠の他に小さいながら池がある。
きっとどこぞやの武士が手放した武家屋敷なのだろう。
古風で粋があり、いかにも高杉が好みそうだ。
そんな家に住めるのなら、この子猫達も幸せかもしれない。
「……いい。俺が飼うよ」
「あァ?」
「明日にでも病院に連れてって、一応診てもらうし」
けど、今の高杉はテロリスト。
そんな高杉に子猫を託すことは出来ないし、託す気もない。
高杉がどう言ったって、銀時が飼うつもりだった。
ただ、銀時側にも問題はある。
万事屋には既に定春がいるのだ。
定春は結構、ああ見えて小動物に優しい。銀時にはよく噛みついて優しくないが、以前定春が恋をしたのは小型犬。子猫二匹は可愛いので、勝算はユスラとウメにあるだろう。
しかし、根本的な問題がある。
犬と猫。
成犬と子猫。
一緒に飼えば、相性や縄張りの問題も出てくるだろう。
また、万事屋には定春より厄介なやつがいる。そう、馬鹿力の神楽だ。神楽は今まで飼っていた動物を寝相で潰したり、興奮して握り殺している。
ユスラとウメは見た限り生後1か月も経っていないような子猫だ。
せめてもう少し大きくなるまで、万事屋で飼うのは危険かもしれない。
後は、──金。
銀時は懐からサイフを出して中身を確認する。
家畜は金が掛かる。定春を飼っているからよく解るが、何かにつけて出費が嵩む。
まずは病院の診察代。その他にトイレ用品やエサ代、ワクチンや予防接種などいろいろとペットを飼うには金が掛かるのだ。
「…うわっ、見事にサイフん中がすっからかんだわ」
「いいぜ?金なら出してやらァ」
「マジで!?」
「その変わり……」
「やめろ。なんか怖い。それ以上言うな、聞きたくねぇ」
銀時は両手で耳を必死に塞ぐ。
その楽しげな高杉の顔も見たくなくて、眉に皺を寄せて目を瞑る。
聞こえないように。
見えないように。
意識を閉ざそうとする。
しかし、それは無駄な抵抗だった。
銀時の瞼の裏には、そんな銀時を見て氷のように冷たく嘲笑う高杉が焼き付いて離れない。
雨で冷えた指先で銀時の首筋をなぞり。
妖艶に佇む修羅。
そっと薄目で高杉の様子を窺えば、目前に高杉の顔があり驚きのあまり銀時は目を見開いてのけ反る。
「──もう一度、パパって言え」
「はぁ!?ちょ、高すっ、おまっ……!!?」
「おい、銀時。てめー馬鹿なんだから日本語くらいちゃんと喋ろ」
「だぁっ!!そんなのはどうでもいいんだよッ!
──…正気か?」
「お父さんでも良いぜ?」
「違うって」
「旦那様でも、ご主人様でも構わねェ」
「それも違うって。会話してくんねーかなぁ、マジで」
「抱いて欲しいって言わせるのも良いなァ」
「死ね」
「やっぱり抱いてって言え。後のは善がってるてめーに言わせてやらァ」
高杉の唇が銀時の頬に落ちる。
その唇は悪戯に。
雨で体温を奪われた頬から、舌を這わせて唇へと移動する。
「はぁ!?こいつらの前でヤるのか?」
「むしろ見られて興奮するンじゃねェか?」
「エロ杉!スケベ!変態!!」
「フン」
高杉は何を言われても痛くないようだ。
しかも、間合いはそのまま。
離れる気も、銀時を逃がす気もない。
(逃げられねぇ……!)
それならいっそ諦めて。
高杉に無理やり言わされて後悔する前に、自分から言ってしまった方が良いのではないか?
銀時の頭の中で、いろいろな思考が交錯する。
「……わーったよ。全部言ってやらぁ!後悔すんなよ!」
「後悔すンのはてめーじゃねェか?」
売り言葉に買い言葉。
確かに高杉の言うとおりになりそうだ。
しかし、後悔しても遅い。
銀時はもう後戻り出来ないのだから。
意を決して、銀時は高杉が望む言葉を口にする。
「だっ、……だっ…」
「だ?」
「ちょ、黙れ!こういうのには心の準備がいるんだよ」
「早く言え。俺は待てねえェ」
「だーーー!!」
口ごもる銀時の頭を撫でる高杉。
銀時の頬は雨に濡れて冷たかったはずなのに、今では耳まで真っ赤に染まり、目は泣きそうなほど潤んでいた。
完璧に遊ばれている。
「だっ、」
「……ン?」
「だ…ッ、
抱き締めて……!!」
((…………))
押し黙る二人。
最初に気付いたのは高杉だが、銀時の反応を待っているようだ。
嗤いを堪えて、口の中で噛み殺しているのが解る。
そんな高杉を見て、銀時はやっと自分の間違いに気付く。気が動転しているのか、普段より現状理解が遅い。
「──あれ。間違えた……みたい…?」
「クククッ。てめーは面白いなァ、銀時ィ?」
「今のなし!今の間違った!!」
「聞こえねェな」
楽しそうに嗤いながら、高杉は要望通り銀時を抱き締める。
そして、耳元で囁く。
その口角を上げて、愉快に。楽しそうに。
「…ンで、続きは?」
「──ッ!!?」
「パパって言ってくれンだろ?」
「無理!やっぱ言えねぇ!!風呂行ってくるわ!」
羞恥で爆発した銀時は、無理やり高杉の腕を払って逃げだすと、床に放り投げた着流しを持って風呂場へ向かおうとする。
そんな銀時を見て、ひとしきり笑った高杉は足元で鳴く子猫を抱え上げる。
「照れ屋で強情なママで困るなァ、ウメ?」
まるで我が子を可愛がるように。
子猫に頬ずりをする高杉に、銀時は持っていた濡れた着流しを投げつける。
しかし、子猫に当たらないよう加減したせいか高杉に難なく避けられてしまう。
それだけでも腹が立つのに、高杉は銀時を煽るよう、子猫の小さな手を持っておいでおいでと手招きをする。
「死ね高杉!!」
襖を蹴破りそうな勢いで銀時が出て行く。
その襖を隔てて廊下からは、ドタドタと五月蠅い足音が家中に響いている。風呂場に入って、ドアを閉める音が部屋に居ても鮮明に聞こえるぐらい。
銀時の行動は粗暴だが、今日はいつになく荒れている。
それが自分の所為だと思うと、楽しくて嗤いが止まらない。
「…タオル落としてやがらァ、あの馬鹿」
早く風呂から出て来いよ。
今日は猫が居るから仕方ない。
自重してやる。
「その変わり、てめーでたっぷり遊んでやらァ」
子猫二匹を抱えて、高杉は楽しそうに眦を細めて嗤う。
高杉の手には、銀時が忘れていったタオルがしっかりと握られていた。
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