ロミオとロミオ



 俺はなにも持っていない。
 普通の、平々凡々な一般市民だから。
 ガラスの靴も、七人の小人も、きれいな歌声も持っていないけど。
 見つけたんだから、ちゃんと責任取れよ。
 俺を惚れさせてしまったんだから、縛り付けて、ドロドロに溶かしてくれよ。──…王子サマ。


 夜のバイトは長い。
 高校と大学が近くにあるので、学生の多い夕方の時間帯は何かと忙しい。しかも今はおでんの割引セールを行っており、全品七十円で買えてしまうから大盛況だ。
 深夜は客足が落ちるとは言えセール中。おでんの具がなくならないように補填し、今日のバイトは一段落したので終わりだ。
 そんな時に、彼はやって来た。

「大根とがんも、つくね串とたまごと白滝をそれぞれ二つ。──…あと、これ」

 意味がわからなかった。
 これってどれ?
 それ? どれ? これ?
 混乱する銀時をよそに、彼はずっと指をさしている。いつまで指をさしているのだろうか。
 そう、客の彼がこれと指さしているのは、おでんの具ではなく俺自身のようで。彷徨わせていた視線を彼に合わせるとにたりと笑われた。
 ──笑顔は、思っていたより可愛いかった。
 年相応というか、きっと学生だとは思うけど。普段は大人ぶって背伸びしているのが、あどけなく無邪気に笑うもんだから。
(なんか、──…いいかも)
 なんだろう、絆され始めてしまっているのかもしれない。
 初対面で、今日初めて会ったというのに。
 
「何時までバイト?」
「え、…十時まで、だけど」
「あと五分くらいかァ。じゃあ、うどんも追加で」

 うどんと言われて、あっと思わず声が出た。
 混乱して記憶がすっ飛んでいたのかもしれない。今日が初対面じゃない、何度か会っている。
 確か、缶コーヒーと弁当をいつも買って行く常連さんで。おでんが始まってからは弁当ではなくうどんを買うことが増えた。うちのコンビニのうどんは、おでんの汁にうどんを入れるから。それが結構気に入っているらしい。
(うどんの人じゃん!)
 いつもより小綺麗で。デートか何かの帰りだろうか。普段訪れる時とは違う黒いジャケットは高そうで、ちょっと気合いが入っているように見えた。
 少しよれたシャツ、ジーンズに羽織っているのはやや長めの厚手のカーディガン。それがいつもの彼だったので気付かなかった。
 年までは解らない。ただ、タバコを買おうとしたときに年齢確認できるものを持っていないと言っていたので、もしかすると高校生の可能性もある。

「一人の夜道は危ないし、寂しいだろ」
「はあ、」
「……で、返事は?」

 少し不安そうな、小さな声。
 しゅんと、へこたれているのが解ってしまうぐらいに。

「別にいいよ。ロールキャベツとはんぺんも追加してくれるなら、ね」

 年下にたかるのは、おかしいだろうか。
 けどダメだ。見ていたら放っておけない。
 付いて行ってあげなきゃって、思えてしまう。
 彼が何を考えているか解らないが、いつも立ち寄っている常連さんだ。俺を悪いようにしないだろう。
 ──その思惑は、悲しいことに外れてしまった。
 お持ち帰りされた俺は、おでんとうどんごと美味しくいただかれてしまったのだから。
 そして、知ってしまった。
 高杉という同じ大学の、二つ年上の彼は銀時をずっと狙っていたこと。
 銀時のバイトの時間帯に合わせてコンビニに通っていたこと。
 年下と思わせて油断させるために、タバコを買うときわざと年齢確認するものがないと言ったこと、など。
 聞けば聞くほど、俺は高杉の罠に掛かっていたようだ。
 これは嵌まるしかないじゃないか。
 一週間ほど高杉に監禁されて、半強制的に高杉と銀時が一緒に暮らし出すのに時間はあまりかからなかった。 


   *


 一緒に暮らし始めて半年、大喧嘩をした。
 帰ってくるのが遅すぎるだの、バイトの残業が多すぎるだの、簡単に言えば擦れ違いゆえのものだ。
 仕方ないじゃないか。
 大学のレポートが重なって終電近くまで研究室に籠もっていたり、バイト先の他のバイトが突然来なくなったと店長の長谷川さんに泣き付かれて、バイトに入れる日は残業に残業を重ねて帰りが日を跨ぐことが増えたり。
 ──…仕方、ないじゃないか。
 どっかのボンボンの高杉と違い、貧乏学生の俺は奨学生とはいえ学費と生活費を稼がなければいけないのでバイトを辞めることは出来ない。勉学も手を抜くことは出来ない。
 だから、……だから。
 俺だって、高杉に会えない擦れ違いばかりの生活は寂しくて嫌だった。
 だからって、高杉はなんも悪くなくて、俺だけがさも悪いみたいに言われてしまえば、その喧嘩を買うしかない。
 売り言葉に買い言葉。
 高杉と言い合ったすえに、少ない荷物をまとめ、行く宛のない俺はバイトに来ていた。
 今日も人員が少ないというので、頭を冷やそうとバイトに助っ人で来たはいいが絶不調で。
 凡ミスばかりの俺を、店長の長谷川さんは不審な目で見ている。
 そりゃそうだ。
 ミスばかりだし、なぜか大荷物を持っているし、今の俺は不審極まりない。
 もうすぐバイトが終わる。
 今日は残業せずに帰っていいと言われているが、どこへ行こう。──行く場所も、帰る場所も、今の俺にはないというのに。

「いらっしゃいませー」

 どんなに絶不調でも、条件反射に出てしまう挨拶。
 誰が入店してきたかなんて見てなかった。
 荒い呼吸を繰り返す人影は、ここ半年で見慣れたものになってしまったもので。
 一直線に、銀時へと向かってくる。

「たかすぎ」
「──…帰るぞ、銀時」

 今まで探していたのかな、探してくれてたのかな、なんて聞けないけど。
 その荒い呼吸が、答えだと思っていいよね?
(寒いの嫌いなくせに、馬鹿じゃねーの)
 差し出された、高杉の右手。
 あの時は指でさされていたけど、今ではこんなにも距離は縮まって。
 たった半年なのに。
 こんなにも、愛しく感じるなんて、さ。
 
「ロールキャベツとはんぺん、餅巾着とアンマン買ってくれたらいいよ」
「はは、安っすいなァ」

 二個でも三個でも何個でもいい、と高杉が笑う。
 やっぱりその笑顔は、俺がお持ち帰りされた時と全然変わってなくて。見惚れるほど格好良くて、今でも目が離せなくなる。
 元から帰る気だったし。
 どこにも、行く場所がないの知ってるくせに。
 タチが悪すぎるよ、高杉。


 俺は何でも持っていた。
 金持ちの、いいとこの坊ちゃんだから。
 カボチャの馬車も、毒のリンゴも、大きな船団だって用意できてしまうだろう。
 けど、心にぽかんと隙間があって。
 何をやっても、どんな物でもその隙間を埋めることはできなくて、このまま穴が開いたまま虚しく生きていく、そう思っていた。
 そんな隙間を埋めることができたのは、てめーだった。
 一瞬で俺が惚れてしまった、責任を取らせてやる。
 俺がいないと生きられないぐらい嵌めて、縛り付けて、ドロドロに溶かしてやるよ。──…王子サマなのに俺だけのお姫サマ。



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