鈴蘭白狐 (上)


 当たり前だが、花は詳しくない。
 知っているのは一般常識程度の花で、見かけたとしても花だと思うくらい。花の名前を気にすることもなかったし、日持ちするのか、故人の、──銀時が好きだったか嫌いだったかなんて、今となっては解るはずもないが、銀時は好きそうだろうかと最近は気にするようになった。しかし、その程度だ。
 悲しいことに、蛟から妖狐になっても特に変わったことはない。
 以前同様、毎日の日課になっているのは湖の清掃と墓参りだ。
 最近では松陽先生の家に顔を出して、子狐の銀時と戯れる、という項目が日課に加わりそうになっている。早く加えてしまいたいのだが、銀時の警戒が強く、日参するまでに至っていない。
(銀時も、俺の墓参りをしにくればいいのになァ) 
 銀時の墓の隣に並ぶ、自分の墓もついでだから一緒に掃除している。
 ついでと言っては変な話だ。
 湖に棲まう妖連中がときたまお参りに来ているが、今も昔も銀時が高杉の墓参りに来たことは一度もない。先に銀時が死んでしまったとはいえ、残された高杉のことも少しは考えてほしい。
 ──銀時は先に死んで、どこにいたのだろう。
 そう、銀時が先に死んだのに、後から死んだ高杉の方が生まれ変わるのが早かったのは変な話だ。
 今の銀時になる前、違う生を全うしていたのか。それとも、ずっと高杉を見守っていたので遅くなってしまったのだろうか。

「ま、どうでもいいかァ」

 銀時と巡り会えた、それだけで十分だ。
 さて、今日は何の花を供えようか。
 湖の岸辺にスズランが咲いていたので摘んでいこう。白く、甘い匂いのする小さな花は子狐の銀時もきっと好きだろう。多めに摘んで、銀時に会いに行けばいい。確かスズランの根には毒が含まれているから、銀時には注意しておこう。
 日参していると、供える花に悩む。いっそのこと種を蒔いて、墓の周りを華やかにしてしまおうか。側にツバキが植えてあるが、まあ大丈夫だろう。
 これからの季節だと、やはりヒマワリがいいか。銀時はヒマワリの種を食べるのが好きだったから、一挙両得になるし。アサガオもいいが、銀時は早起きが苦手だからアサガオは止めておこう。
 
「銀時はスズランでもヒマワリでもなく、大福のひとつでも買えば大喜びだろうがなァ」

 久しぶりに街へ出て、花の種を見るついでに手土産として大福も買って行こうか。
 松陽先生には甘やかしていると小言を言われるが、松陽先生の甘やかしも半端じゃないし、待ち焦がれていたのだ。甘やかして何が悪い。
(──…しかし、会合をサボっていいと言われるとは思わなかったなァ)
 正確には言われていないが、止められなかったので容認されたも同然だ。
 以前も湖のヌシだった高杉にとって、顔見知りばかりなのになぜか新参者として扱われ、そのうえ苦言しか言われない会合は退屈でしかなく。松陽先生が銀時を連れて来ないなら、出席する理由はなくなってしまう。

「以前と違って、最近の会合は皆勤ですね。晋助」
「顔出すと小言で、顔を出さないと出さないで万斉に小言を言いまくるので」
「好かれていますね」
「いや、嫌われてますって。銀時に会えるから仕方なく来てますけど」
「年寄りたちの歪んだ愛情表現みたいなものですよ」
「そんな歪んだ愛情いりません。今日は銀時いないみたいですね。一人で留守番ですか」

 松陽に問いかけると、無言で何かを渡される。
 手を開いて、握らされたそれを確認すれば、銀色の鍵だった。
 何の鍵かなんて聞くまでもない。松陽が持っていて、高杉に渡す鍵は限られている。しかも話題は奇しくも銀時の話題だったのだ。この鍵は狐一族の長、松陽先生の屋敷の鍵で間違いないだろう。
 無言で鍵を再び握りしめ、踵を返す。そんな高杉に対して松陽は何も言わなかった。逆に手を振られ、銀時を託される始末で。
 お互い、銀時が愛おしいのだ。
 松陽のそれは親が子を見守る的な親愛で、高杉の恋愛感情を含むそれとは違うのだが、本質は同じだと思っている。
 悟られないように隠した──…狂愛。


   *


 大福を買いに人里へ出れば、会いたくないやつに会ってしまった。
 長い黒髪の、今は同じ狐一族の口うるさいおかんみたいな奴だ。いや、男だからおかんという表現は間違っているのだが、それぐらい口うるさくて煩わしいので訂正するつもりはない。
 今では立派なおかんキャラになった桂が、今日は珍しく一人で、白いバケモノの供を連れずに佇んでいた。──まるで高杉を待っていたかのように。

「最近、何をしているのだ」

 編み笠を深く被り直し、他人のフリをする。くるっと反転するも、先回りしたそいつに阻止されてしまう。

「──…チッ」
「舌打ちとは感心せぬな。以前は幼なじみだったが、今のお前は若輩者なのだぞ」
「うるせェ。地獄耳も大概にしろよ、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ!」

 優男風の見た目ながら、黒髪長髪のその男は高杉より長く生きているのでとても強い妖力を持っている。
 今は同じ妖狐で同族だが、昔はやんちゃな銀時のお目付役兼、小言の多すぎる幼なじみだった。──認めたくはないが。
 高杉と銀時に根本的に甘い松陽先生とは違い、小言の多すぎる桂は、蛟だろうと同族の妖狐だろうと今も昔も容赦がない。いや、年を経るにつれ小言が増えているのは気のせいではなく、年々確実に小言の量は増えている。
 会わないのが一番なのだが、銀時への手土産に喜ばれるのは桂が立ちふさがっている、ここの和菓子屋の大福なのだから仕方ない。

「最近? いつも通り銀時の墓参りをしてから、湖の清掃活動をしているじゃねェか。俺がヌシになって、湖の水質も改善されてきただろ」
「松陽先生の家に入り浸っているそうじゃないか」
「──桂。お前、」
「俺は地獄耳だからな。それで高杉、銀時の生まれ変わりになんで会わせてくれぬのだ?」

 知っているなら聞くんじゃねェ、そう言いたいが、桂には何を言ってもムダだと経験で知っている。しかも、一度言ったことは達成するまで変えることはない。
 苦虫を噛み潰し、言っておかなければいけない要点だけを簡潔にまとめる。
 なんでこんな面倒なヤツと幼なじみなんてやっていたんだろう。銀時がいなければ今も昔も会いたくなかった。
(ほんと、桂は地獄耳で性格悪いなァ)
 高杉、銀時、桂は今現在、仲良く妖狐の同族同士になったのだ。銀時の話を桂が知らないわけがないのに。

「──…銀時には以前の記憶がない。それでも構わないか」
「無論。話には聞いているからな。人見知りで、比べられたり好奇の目が嫌だと」
「なら、黙って付いて来い。銀時が嫌がったらすぐ帰るってンなら、引き合わせてやる」

 大福を買おうと暖簾へ手を伸ばせば、桂から和菓子屋の紙袋を渡される。その中には、銀時の大好きな大福が五個入っていた。銀時に二個と松陽、高杉、桂にそれぞれ一個ずつだろう。もうすでに準備万端じゃないか。
 だから幼なじみは嫌なんだ。
 高杉は桂から紙袋を受け取ると、銀時のいるであろう松陽の屋敷を目指す。予定外のお供となった桂を嫌々、仕方なく連れ立って。



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