雛菊白狐


 春はいろんな花が咲いている。
 サクラにユキヤナギ、ジンチョウゲやハクモクレンも咲いていたが、どれも花束にするには不向きだった。
 花束というのだから、枝があるものや葉は避けるべきだろう。となると、摘める花は限られてくる。
 庭で調達するのを諦め、銀時はだだっ広い野原に来ていた。セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの春の七草を摘んでいったら高杉は怒るかな? ハルジオンは微妙?
 考えれば考えるほど、わからなくなる。早く戻らなければいけないのに、戻れる気がしない。

「そもそも、花嫁が花を摘んでくるんだっけ」

 はあ、と深いため息を吐いてしゃがみ込む。
 今日は強行される銀時と高杉の結婚式だ。銀時は快い返事をしていないのに、いつのまにか結婚は決定事項となり、日取りが決定していた。
 ヅラや松陽もグルらしく、抗議しても笑って交わされてしまった。銀時に逃げ場はない。
 マリッジブルーも真っ青な憂鬱の中、自棄になった銀時は結婚式で自分が持つ花束の花を摘みに来ている。
 これから、どんな顔で高杉に会えばいいのだろう。夫婦ってなに? 俺が花嫁ってなに、何の冗談? 悪い夢なら早く覚めてほしい。
 正直、高杉は幼なじみで悪友だから、今までだって連れ合って馬鹿なことをしてきた。これからもそんな関係が続くと思っていたのに、男同士で夫婦になってしまうらしい。悪友と夫婦の違いってなんだろう。体の関係があるぐらい? けど俺の処女は実を言うと高杉に奪われている。え、その償いなの? 嫌がらせなの?

「わかんない。わかんないって、──…高杉のばか」

 目の前に咲いている、白く小さなヒナギクを荒々しく摘む。ヒナギクに罪はないけれど、穏やかな気持ちでなんか摘めない。もうヒナギクでいいだろう。花がやや小ぶりだが構うもんか。文句は言わせないし聞かない。
 ついでに差し色としてタンポポも摘んでやる。ヒナギクとタンポポの花束にしよう。白い花の花束を、と高杉が言っていたらしいが知るか。銀髪に白い着物、白い綿帽子に白い花の花束では、真っ白けっけになってしまうじゃないか。
 嫌なら自分で摘んでこい、なんならてめーが花束を持って嫁に行けばいい。

「なんで俺と結婚なんか…」

 もう何度も自問自答しているが明確な答えは出ない。結婚式や新居の準備で忙しく、高杉と話はおろかここ数週間、会ってさえいないのだから。
(ちゃんと結婚したい理由を聞こう。理由によっては結婚、即離婚で出戻ればいいよな。うん) 
 花を摘んでいると、ぱらりと雨が降ってきた。結婚式に雨なんて高杉は何を考えているんだ。足元が汚れるし、着物に泥が跳ねるだろうが。

「てか、俺、花を摘んでるんですけどー!」

 ひったくるように茎の長いタンポポを引っこ抜くと、花束が雨に濡れないように急いで家へ戻る。
 茎の長いタンポポは二本。
 不要にならないことを祈るのみだ。 





 狐面を外し、綿帽子を被る。
 髪は結っていない。そんな長さもないし、高杉は文金高島田に憧れもないだろうから問題ないだろう。梳いて整え、すぐにくるくると巻き付く髪を綿帽子で隠す。
 銀時が今着ているのは、高杉がどこからか調達してきた白無垢だ。似合わないから嫌だと言ったのに、結婚式には白無垢だと押し切られてしまった。高杉は変なところに理想がある。
 結婚式に意味なんてないじゃないか。
 結婚しても、何も変わらないじゃないか。
 そう思っているのは、自分だけなのだろうか。
 タンポポの茎を裂いて、くるくると器用に輪をつくる。大きさはあってないようなものなので適当だ。
 部屋の隅に置かれている大きな籠に腰掛け、綿帽子が置かれていた机の上、真新しい狐面の横にタンポポを並べる。高杉が作ってくれた、この真新しい狐面が契りの証なら、置いていくわけにはいかない。
 狐面の縁をなぞり、ため息を一つ。
 もう何度目かわからないため息は、障子の開く音に吸い込まれた。

「用意は出来てるか、銀時」
「たかすぎ」
「…髪は結ってねェのか」
「結えるほど長くないし。一応、梳いたしこのままでいいじゃん」
「伸ばせ」
「えー」
「てめーの髪が長いとこ、見てェ」
「伸ばしてもいいけど、高杉も着替えろよ」
「着替える?」
「俺が白無垢で和装なのに、なんで高杉は洋装のタキシードなんだよ!」

 白無垢を着て全身が真っ白の銀時同様、なぜか高杉も白いタキシードを着て真っ白だった。人間かぶれの高杉は何を考えているのか、幼なじみの銀時でさえわからない。
(だからか、だから部屋の隅に不自然な大きすぎる籠が置いてあるのか…!)
 座っていた籠のフタを開けると、中には白とは対照的な、黒の紋付き袴が入っていた。その奥に、純白のドレスとベールみたいなのが見えた気がするが、気のせいだと見なかったフリをして籠のフタを閉める。
 高杉へ袴を渡そうとすれば、真後ろでタキシードを脱いでいた。心臓に悪い。結婚式はコスプレでも遊びでもないのに、なんだと思っているんだ。

「俺はタキシードより袴の方がいいか?」
「──…まぁ、タキシードより好きかも」
「てめーはドレスも似合うと思うが。今から洋装に変更するか」
「断固拒否します」
「そうだな、やっぱり白無垢は憧れだよなァ」
「俺が白無垢を着たがってるみたいな言い方だけど、全然着たくないからね!」

 綿帽子を外し、仕方なく髪を伸ばす。変化の要領で狐耳を出さぬよう髪だけを伸ばせば、思ったよりも天パじゃなかった。前髪と毛先がくるくる丸まっているだけで、他はまっすぐになっている。

「え、髪を伸ばせば天パじゃなくなるのかな?なら髪を伸ばすのもありだな。てか、どれぐらいの長さなの?」
「文金高島田ができるくらい」
「いや、そんなの結ったことないし」

 戸惑う銀時をよそに、腰ぐらいまで伸ばした銀髪に口付けをした高杉は、用意していたらしい櫛やら鼈甲の髪飾りや花かんざしを机に並べる。
(え、高杉が結うのかよ)
 てか、なんで結えるのだろうか。結う機会なんてないだろうから、今日のために他の女で練習したのだとしたら、なんか嫌だな。

「…高杉。髪を結う練習したの?」
「あァ、松陽先生に頼んで練習した」
「松陽に?」

 そういえば、いつもは長髪をただ下ろしているだけなのに、最近変な髪型をしていた。結婚式の練習だと言っていたが、髪を結う練習台になっていたのか。
 ヅラはヅラでサムシングブルーがなんたら言っていたが、意味が解らず普通に無視してしまった。みんな花嫁で当の本人である銀時に気付かれないように水面下でいろいろ画策しすぎだ。

「言われたとおり、白い花の花束つくっておいたぞ」
「ヒナギクとタンポポ、か。てめーらしいな」
「俺らしいってなんだよ」
「いや、花ってよりは野草だなァ、と」
「…花じゃない、か」
「なんで落ち込むンだよ」

 ご機嫌伺いのために頬へと伸ばされた、高杉の左手を掴む。たしか左手だったよな、と狐面の横に置かれたタンポポの花輪を高杉の薬指へと通す。
 大きめに作っておいたので、微調整して締め付ければ、タンポポの指輪の完成だ。

「──…指輪」
「まぁ、うん、そう。人間は指輪を交わすんだろ?だから作ってみた」
「よく出来てンな」
「…なぁ、どうして結婚すんの?」
「てめーがフラフラしてるから」
「はぁ!? フラフラなんかしてねーし!」

 文金高島田は無事に結えたらしい。ふわりと綿帽子を被せられ、高杉によって銀時の左手の薬指にもタンポポの指輪が嵌められる。花嫁の装いはこれで完璧だ。
 髪を伸ばせと言われたので髪を伸ばしたが、男性から女性へ変化することも出来る。だが、高杉は望まなかった。今の、そのままの銀時を花嫁へと望んでいるようだ。
 髪だけじゃなく、左手の薬指にも恭しく口付けし、高杉は銀時を見つめる。

「俺を独り占めできるぜ?」
「ばかじゃねーの。俺を独り占めしたいのはお前だろ、高杉」

 見つめられて、顔が熱い。火照って赤くなっている自覚がある。高杉に見られたくなんかない。
 綿帽子を引き下げるも、簡単に戻されてしまう。

「ばか。だから、見んなって」
「見ない方がいいのか」
「……」

 返事が出来なかった。
 俺と同じく、高杉の顔も赤くなっているような気がして。
 高杉も照れているのだろうか。──俺と同じく、嬉しいのだろうか。
 銀時の前に跪いたまま、高杉は言葉を続ける。

「健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、これを愛し、これを慰め、これを助け、守ることをここに誓う」
「…高杉。死が二人を分かつまでって一文、なかったっけ?」
「死が二人を分かつとしても、この命が尽きても、俺はてめーを探し出してまた愛する」
「誓いってか、呪いじゃねーか」

 くはは、と銀時が声を出して笑う。そういえば、最近は結婚式が憂鬱で、声を出して笑うことなんてなかった。
 手を引かれて立ち上がると、雨が降っていたはずの空は青空で、久しぶりに見る虹がとても映えている。

「見ろ銀時。二重の虹だ」
「あー、さっき雨を降らせてたのは虹のためか」
「狐の嫁入りにしようと思っているが、降らせない方がいいか?」
「いいんじゃね? 狐の嫁入りなんだし」

 約束通り、二つも虹を見せてくれたし。
 結婚しても何も変わらず、意味がないと思っていたが、それは思い違いだったようで。
 かなり、変わるんじゃないだろうか。

「しょうがないから、結婚してやるよ」

 狐面を綿帽子の上にポンと乗せると、ゆっくり歩き出す。
 タンポポの指輪をした左手を高杉に引かれ、右手はヒナギクの花束を持って。
 白で統一された、真っ白な花嫁衣装にお揃いの黄色いタンポポの指輪と狐面はとても目立つ。だからといって、外す気は更々ないが。
 和装もいいが、高杉の洋装のタキシードも似合っていた。お色直しは花嫁じゃなく高杉がすればいいのに。いや、白のタキシードよりも黒いタキシードでビシッと決めてほしいので、後日こっそり仮装してもらおう。
 そんな決意をしながら、銀時は高杉の頬へ誓いの口付けを返した。



雛菊の花言葉 : 「通じ合う心」 「寛大な愛」 「明るい未来」


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