醜悪な感情を押さえ込む


 最初はただの好奇心だった。

「喘ぎ声がうるさい?」
「あ、いや、拙者も口が過ぎた。忘れるでござる」
「親父が呼ばれたり、階上の引っ越しもそれが原因ですかぃ?」

 このマンションは高杉組の組長、高杉晋助の所有している物件で。マンションの最上階は本人だけが居住しており、その下の二階は防犯と仕事上の利点のため高杉組の幹部や部下が住んでいる。
 沖田の父親も幹部だが、子供がいるので最上階から少し離れており、マンションの住人ですらおいそれと簡単には最上階へ入れないようになっていた。
(ま、非常階段から上っちまえば、なんとか行けなくはないけど)
 組長に女ができたらしい。
 しかも溺愛しているらしく、毎日毎夜、セックス三昧で嬌声が階下まで響いて眠れないとか。
 そういえば最近、知らない顔の新入りが上の階に住み着きだしたし、万斉は部屋を引っ越した。関係ないわけないだろう。
 ──会ってみたい。
 あの堅物でどんな美人にも靡かず、浮いた話を全く聞かない硬派な組長を籠絡してしまった女を。そして組長を色に溺れさせているのだとしたら。
 自分が排除しなければ、と。
 見目麗しく、優男で可愛い盛りの中学生の自分なら、きっと相手の女も誘えば一発やってしまうだろうし。何かあったとしても事故で済むだろう。
 高杉の側近の幹部である河上万斉も困っているようだし、少し痛い目に合わせればその女も大人しくなるに違いない。

 最上階へはエレベーターでは行けない。
 専用のカードキーが必要なので、普通に乗っただけでは幹部の部屋がある階にすら辿り着けないのだ。
 だから非常階段を誰にも見つからないよう、こっそり、ひたすら上り続けていくしかない。
 マンションの住人は高杉組長の知り合いしかいないので、非常階段は鍵で施錠されておらず。中学生の沖田は小さい頃から忍び込んで遊んでいた。
 さすがに最上階はバレると父親に怒られるので、一度も侵入したことはないが。

「こんにちはー。誰かいますかー」

 有言即実行。
 入ってきた言い訳の汚れたタオルを用意して。
 高杉がマンションから出て行ったことも確認してから、最上階の部屋のインターフォンを押した。
 真っ昼間なら、女も起きてるはずだから出てくるだろう。

「どうしたの?」

 ──違った。
 玄関から出てきたのは、天使だった。
 白く、いや、白より白く輝いて。
 白髪ではなく銀髪というのだろう。色素のない頭髪は光が反射し、きらきら輝いている。同じ銀色の長い睫毛の間から自分を見つめる瞳は赤く、爛々と太陽を宿したように眩しい。
 言葉を発する唇は桃色で、口紅など塗っていないはずなのに艶やかで啄んでみたいほど甘そうだ。
(──…てか、え、……おとこ?)
 少し大きめの、高い襟の服を着ていてわかりにくいが、胸がない。身長も自分より高いし、どう見たって女ではない。
 他にも誰か住んでいるのか。──いや、万斉ですら組長の部屋に入ったことはないと言っていた。自分の個人的な空間に誰かが入るのを酷く嫌うのだとか。
 そんな高杉が全く関係ない第三者の男を住まわせているとは考えにくい。よって、この男が高杉の溺愛している女、もとい男に違いない。
 違いない、のだが。

「? どうしたの? 総一郎くん」
「──…あ、」
「ん?」

 優しく微笑む天使に、一分ほど見とれていただろう。
 その間も不審な顔や、嫌そうな顔をすることなく、銀時はずっと沖田の言動を待っている。
「せんた、く、もの、が」
「洗濯物?」
「そ、そう。洗濯物がベランダに落ちてたから、」
「この持ってるタオル?」

 沖田が持っていたタオルを、銀時が受け取る。落としたことを捏造するために、タオルは沖田が土や泥を付着させたのでかなり汚れていた。

「あ、汚れるから、」
「んー、俺んとこのじゃないけど、汚いから洗濯しとくよ」
「ち、違うなら捨てるし」
「ははっ。わざわざ持ってきてくれたものだから、洗って使うし。ありがとう」

 白くて温かい手が、沖田の亜麻色の髪をごしごし撫でる。反対の手は、汚いタオルを持ったせいで汚れてしまったというのに。
 優しく笑って、天使は扉を閉めてしまう。
 見惚れていた沖田は一歩も動けず、ただずっと銀時が扉を閉めていなくなるまで立ち尽くしていた。

「…あ、総一郎じゃないって言い忘れた」

 てか総一郎って誰だよ、と沖田は天使のいなくなった玄関前で一人呟いた。
 落ちる。あれは高杉じゃなくても落ちてしまうだろう。
 たとえ男で、女じゃなかったとしても。
 喘ぎ声を聞いていた万斉が羨ましい。あの天使が喘いで求めるとか、変な気分になって違う意味で眠れないに決まっている。だから万斉も逃げ出したのか。俺だったら混ぜてもらって3Pしたい、まだ童貞卒業していないけど、あの人なら童貞を捧げてもいい。
 これが中学生の沖田総悟の、衝撃すぎる銀時との出会いだった。

 それから、何度も逢瀬を重ねた。
 会えば会うほど嵌まっていく。のめり込んで、麻薬のように離れられなくなっていく。
 銀時は玄関から外には出られない。高い襟の服で会った当初は気付かなかったが、襟の下に首輪を嵌められており、首輪から繋がる鎖で行動を制限されていたのだ。
 かといって家の中には入れない。高杉が沖田の存在を察知すると困るので、玄関に居座っていろんな話をした。
 銀時は高杉組長の幼なじみで、実は吉田組の正当後継者なのだとか。
 高杉の逸話や、沖田の学校での話などいろいろ話した。

「まじですかぃ?」
「まじまじ。高杉、よくわかんないけどヤクルト大好きなんだよ。身長伸ばしたいなら牛乳飲めっての」
「身長かー」
「俺より低いの、気にしてるみたい。ぶふっ」

 俺の隣で、くだらない話で笑って。
 手を伸ばせば届くのに。
 触れられない、触れてはいけない。
 ──…もどかしい、距離。
 ねぇ、知ってる?
 あんたは俺の頭の中で、何度も犯されているんだよ。
 手も足も縛って、白い体を無理やり開いて、嫌がるあんたの下の口も上の口も俺の精液で満たして。その腹が膨れるまで注ぎ続けてやりたい。
 組み敷いたあんたは妖艶に俺を誘って、挿入した陰茎をずっと締め付けて離さないだろう。嵌めたまま、ずっとセックスしているのも悪くない。

「そっちに、行ってもいいですかい?」
「──…だめ、だ」

 高杉にバレちゃうし、と銀時は悲しそうに笑う。

「俺が、ここから出して、逃がしてあげまさぁ」
「────…くん」
「組長は俺がここに来てること知らないから、すぐに犯人はわからないし。遠く、どこか遠くへ二人逃げれば…!」
「そういちろうくん」

 銀時は沖田をまっすぐ見つめて。
 赤い瞳を逸らさずに、沖田だけを見つめて言葉を続ける。

「俺は、ここにいるよ」

 手を、伸ばせば届く距離なのに。
 触れられない、触れることが出来ない。
 それは銀時と沖田の間にある見えない心の距離で、だがしかし確実にある拒絶。

「組長より、大切にします」
「…うん」
「そんな首輪を付けたりしないで、可愛がって、愛してあげまさぁ」

 銀時は微笑むだけで、頷いてはくれなかった。
 ただいつも通り、優しく頭を撫でてくれて。ごめんね、と泣きそうな声で小さく呟いていた。
 ──…ごめんね。俺は、ここにいたい。
 天使が、静かに泣いていた。



 侵入していることがバレていないと思っていたが、高杉はやはり一枚も二枚も上手だったようで。
 沖田の侵入は露見していたようだ。痕跡は何も残していなかったはずなので、さすがと言うべきか。
 まず、銀時の首輪に付いてる鎖の長さが短くなった。元々、首輪の鎖は一般的なSMプレイで使われるような柔な物ではなく、拷問用の頑丈なものだ。長さの調節ができるような代物ではないので、鎖を短い物に交換して行動範囲を以前より狭められてしまった。
 そのため、余裕で辿り付いていた玄関まで近寄れなくなり、手前のトイレまでが限界で。沖田が銀時に近寄るためには玄関を越して廊下へ、家の中へと入らなければならない。
 次に、銀時の拘束が増えた。
 首輪だけだった銀時の拘束が、足枷も増えて雁字搦めに。脱出は困難どころか不可能になった。
 それだけではない。
 足枷が増えたことにより、銀時の着る服が洋服から和服になった。足枷のせいで、下にズボンを履けなくなったせいだ。
 下着は渋々紐パンなる卑猥な物を履いてるそうだが、夜は高杉が更に興奮して破いたり、玩具を挿入されて放置されたりして面倒なので、わざと履いてないとか。
 
「旦那ぁ」
「もう、困らせないから。我が儘言わないから」
「顔だけでも、みたい」

 ──嘘、だ。
 会って終わるはずがない。
 会ったら触りたくなる、困らせたくなる、苛めたくなる。
 その欲求を全て堪えて我慢して、沖田は今日も銀時に会う。
 銀時の体は、目立った傷がない。
 高杉は加虐趣味があると思ったのだが、大事に、優しく抱いているようだ。白く、しっとり吸い付くような肌には酷く残るような傷跡はない。
 あるのは一段と増えたキスマークだ。
 以前までは目立たなかったのに、沖田の侵入を知ってから強く、濃いキスマークを残すようになった。
 手や首筋だけじゃない。鎖骨や胸板や足、それこそ全身くまなくキスマークがあり目のやり場に困る。
 目のやり場といえば、着物の合わせから時折見える、赤く肥大した乳首も艶めかしくて眼福、もとい手が出そうになるのを抑えるので大変だ。 
 ぽっちり膨らんでしまった乳首は常に敏感で勃起しており、着物の上からでも位置がわかる。
 あれを潰したら、どんな嬌声で鳴くのだろう。

「そういえば、総一郎君はなんの用だったの?」
「総悟でさぁ」
「総一郎君でいいじゃん」
「旦那に呼んでもらえるなら、名前なんてどうでもいいんですけど。あー、賢者タイム入っちまってすみません。そう、修学旅行に行くんで、金魚を預かってもらえないかと思って」
「金魚?」
「これでさぁ」

 赤い、銀時の瞳の色に似た金魚。
 似ているだけで、銀時の瞳の赤には敵わない。その赤は男を魅了して離さない、魔性の色だと思っている。
 金魚鉢にぶら下がる、エアーポンプ。その中に盗聴器を仕込んでみた。
 電波式の盗聴器を仕掛けたのはちょっとした悪戯だ。
 リアルタイムで室内のことを聞けるので、銀時が一人で何をしているのかとか、あと不本意だが銀時と高杉の濡れ場も一度聞いてみたい。

「おみやげ買ってきますから。生八つ橋でいいですかぃ?」
「阿闍梨餅がいいなー」

 東京では阿闍梨餅売っていないんで、生八つ橋でお願いします。
 甘味でこんなに喜ぶなら、いっぱい買って俺の株を上げよう。
 いつか、高杉から奪い取るその日まで。



[ 35/129 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]

[top]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -