甘えたらダメですか?


 出掛けようとした背後から、神楽の声が聞こえた。
 遊びに来ていた桂との何気ない会話で、悪気はないと解っていながらも、その言葉は銀時の心に棘を纏って響く。

「銀ちゃんは冷たいアル」

 ドキン、と何かが痛む。
 どうしてそんな話になったのか見当はつかない。あれか、食費がキツキツだから酢昆布を買ってほしいと言われたのをスルーしたからか、それとも卵をMではなくSサイズに落としたことか、それとも……。
 思い当たることはたくさんある。銀時は襖一枚隔てた壁の向こうの廊下で聞き耳をたてて聞いていた。

「リーダー。銀時は冷たくなどないぞ。ただ、」
「ただ…?何アルか、早く教えるネ!」

 神楽が酢昆布を食べながら桂を急かす。この酢昆布はそよ姫からの差し入れで、銀時が買い与えたものでは決してない。
 ちなみに桂は持参した銀時への手土産だったはずのんまい棒を食べている。何しに来たんだこいつは。食い散らかして帰る気か。
 襖に寄りかかり、蹲っていた銀時が立ち上がる。怒鳴りこもうと襖の取っ手に触れたのだが。

「銀時は恐れているのかもしれん」
「……怖いアルか?」
「ああ。傍にあった温もりが、守れずに潰えて、跡形もなく失うことを未だに恐れているのかもしれんな」

 桂の言葉を聞いてしまった銀時は、踏み込むタイミングを完璧に逸した。いつもボケてちゃらんぽらんなクセに、こんな時だけ真剣に話すなんて卑怯だ。
 客間へ戻ることもできなくなり、音を立てないよう玄関へ向かった銀時はブーツを履いて万事屋を後にした。



「わかりまさぁ。旦那って、どこか淡泊ですよね」

 とある公園のベンチ。
 相談した相手が間違っていたと、銀時が気付いたのは話し終えてからだった。
 ベンチに座り、買ってもらったアイスを食べる銀時の隣りには、亜麻色の髪に黒い制服を着た真選組一番隊隊長の沖田が座っている。
 そんな沖田も、残暑が厳しいのかアイスを美味しそうに食べていた。

「…なんで?」
「なんとなく?…あー、気を悪くさせたらすみませんが、旦那はきっと、俺が殺されたとしても泣いたり敵討ちをしたりしそうにない、っていうか」
「……」
「飄々としていて掴めないんですよねィ」
「───沖田くん」

 名前を呼ばれ、沖田は隣りの銀時を見る。
 沖田を呼んだ銀時の顔には一切の感情を感じられない。赤い瞳だけが色とは正反対に冷たく、悲しい色をしていた。
 ただ名前を呼ばれただけなのに、居竦み動けない。
 怖い、笑顔だった。

「俺だって泣くし、怒るし、縛られたいって思うよ」

 会いたい、なんて言ってやんないし、求めたりしない。
 けど、時々、ごくたまにだけど、会いたくてたまらなくなる時が──…、ある。
(ヅラのせいだ、うん)
 ごちそうさまと言って立ち上がると、銀時はふらりと去っていく。どこにいるかは解らないが、相手もそろそろ飢えているころだと思う。
 ──触れたくて。痕を残したくてたまらない飢餓感が銀時を襲っていた。


   *


 尾行されていたのは気付いていた。
 一定の距離を置いて付かず離れずに追って来る足音。その足音は特徴的で、わざと音を出さないよう、静かに歩いている。この歩き方は素人ではない。ここが江戸の市中であることから尾行は真選組の監察方だろうか、わざわざご苦労なことだ。
 高杉は正体を暴いてやろうと、人通りの少ない裏道に入る。
 しかし、尾いてきていたはずの足音が突然消えた。誘い出されているとわかって逃げたのだとしたら、賢明な相手だ。

「…フン」

 つまらない、せっかく骨のある相手と斬りあえると思ったのに。
 踵を返して高杉は表通りに戻ろうと歩を進める。しかし、踏み出した高杉の背後に、突然人影が現れた。気配を消していたので気付かなかったが、自分を尾行していたヤツだろう。
 咄嗟に脇差しへと伸ばし、斬りかかろうとした手は相手に手首を掴まれて制された。
 無理やり振りほどいて高杉が抜け出そうとするも、相手は受け流して平然と高杉を拘束している。手強い。こんなヤツがいるとは、真選組もやるじゃないか。
(──……あァ?)
 すっ、となぜか高杉の腕から力が抜ける。
 剣呑だった殺気もどこかへ消え、臨戦態勢を解いた高杉は、逆に背後の相手へと凭れかかるほどの寛ぎ具合で。だらりと脱力しきったそれは、相手を挑発しているようにしか見えない。
 いや、挑発というよりも、馬鹿にしきっている。
 その反応に苛立ったのか、相手の頭が高杉の首元に近づく。何をするつもりだと高杉が思った瞬間、不意を突かれて、がりっとうなじに噛みつかれる。
 高杉の右目がわずかに細まる。
 しかし声は出さない。涼しげな顔のまま、ゆっくり伸ばした手で相手の頭を掴み引き剥がそうとするも、なかなか相手は離れない。満足していないようだ。吸血でもするかの如く齧りつき、やっと離れたのは噛み痕が赤黒く鬱血してからだ。

「相変わらず馬鹿なんじゃね?得物を手放すなんて」
「お互い様だろ」

 銀時、と高杉が名前を呼ぶ。
 視界の隅に、頭を上げた銀時の銀髪が映った。こんなに強いヤツがそんじゃそこらにいるはずがない。高杉を尾行して、なお且つ拘束できてしまうようなヤツが。

「俺は馬鹿じゃねーし。…で、どうして俺だってわかったの?」
「匂い」

 あ、こいつ変態だ。──知ってたけど。
 再び噛みつこうと銀時が高杉の首元を物色し、狙いを鎖骨に定めて犬歯を覗かせた口を、顎ごと捕えられる。

「ハッ。得物なんざなくても、俺はてめーを殺せるぜ?」

 言うが早い。高杉は銀時の顎を掴んで引き寄せ、首筋に舌を這わせると、その傷も痣もない白い喉元に噛みつき返した。

「──っ」

 縛られたい場所は、その腕の中で。
 感じたいのは指先に触れる、微かな温もりでいいのに。
(…そうだな。殺される、な)
 この痛みが心地よいと思えてしまうようじゃ、もう終わりだ。
 喉仏を噛まれ、呼吸が苦しくなる。立ち眩む銀時をよそに、高杉は黒いアンダーシャツの開いた隙間から胸元へと指を侵入させた。
 縦横無尽に胸をまさぐり、赤く色付いた頂きを摘ままれる。
 髪に吐息が触れ、くすぐったい。
 爪を立て、必死にしがみ付く背中は叩いても一向にびくともしない。銀時は身じろぐことさえ許されず、されるがままに高杉の愛撫は続く。
 ──こんなに、近いのに。
 壊さないように、二人の関係を必死に保っていた距離は近付いて、今ではこんなにも近く、体温を感じ合えるほどだ。
 しかし、昔とは違い、心は遠く離れてしまって。あんなに近かった距離が今ではとてもとても遠くて。
 戻れないと知り、傷付くと解っているのにもかかわらず離れられない。近付いてしまう自分を呪いながら、銀時は高杉の首元にうずまると、赤く血が滲む自分が付けた歯形の跡に再び齧りついた。


(2012.9.17〜2014.8.21)

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