01


 まるで月のようだと言われた。
 暗い闇夜に浮かぶ月は、なにものにも染まらずに。白く、気高く光り輝き、自分の意思に反して常夜を照らし続けている、と。
 ──胸糞が悪くなる。
(月よりも、俺の方が綺麗に決まってるじゃん)
 言われるのは初めてじゃない。
 それは何度も言われたことのある、聞き慣れた言葉で。
 忘れかけていたが、自分はある人の月で在りたいと戦い、生きていた。
 もう、全てが遠い過去になってしまったけれど。
 今でも瞼を閉じれば思い出せる。
 あの喧騒と、駆け抜けた血生臭い戦場の情景を。
 言葉自体に一切罪はない。しかし、言った相手の人をおちょくるような小憎たらしい言い方に声や態度、その他諸々をありありと思い出すから敬遠していたのに。男は至上の褒め言葉だとでも思っているのか何度も言ってくる。

「今宵の月…、いや、月よりも美しい」

 ちりんと簪を掠め、客は花魁の白い頬に触れようと手を伸ばす。
 花魁は避けるように小首を傾げ、徳利をそっと持つ。

「主さまは言葉が上手でありんす」

 嬉しそうに微笑み、男にしなだれながら酒を注ぐ。とくとくと流れる酒は、盃に月と花魁を映した。
 結わえられた髪。その髪は一縷の隙もないほどきっちり編まれており、高級遊女の太夫の位に恥じぬ、すべて金で統一された簪で飾られている。身に纏う藍地に金刺繍の着物にも乱れはなく、居すまいはただ座っているだけなのに凛として美しい。
 それは酒に映った姿だけで見惚れてしまうほどに。

「いやいや、謙遜を。月に住むというかぐや姫も裸足で逃げ出すだろう」
「──…かぐや、ひめ」

 妖艶に微笑んでいた花魁の表情が一変する。口元に指を当てながら、悲しそうに瞳を伏せたのを男は見逃さなかった。

「おや。かぐや姫と比べたのを怒っているのか?それとも、花魁はその名のとおりかぐや姫そのものなのかな。……迦具夜(かぐや)」

 迦具夜と呼ばれ、花魁──、銀時はわずかに首を振る。それは否定でもあり肯定でもあった。

(だったら早く迎えに来いよ、ばーか)

「何か言ったか、迦具夜」
「いえ?ただ──…」

 勝手に出て行った銀時を、高杉が許すはずがない。
 最悪の場合、殺されるかもしれない。
 だが銀時には隠れてこそこそ生きていく、という考えはなかった。

「…ただ、わっちには迎えが来ないのが悲しいでありんす」

 どうしても重ねて比べてしまう。
 簪に触れる、この指が。
 うなじに寄せる唇が、愛を囁く声が。
 ──あまりにも違いすぎて、吐き気がする。
 あいつは、……高杉はこんなに優しく触れようとしない。銀時の体に自分の所有物だという痕を残さんがために強引に抱く。
 もしかしたら、嫌がる銀時の反応を楽しんでいたのかもしれない。
(痛いのは嫌い、なのになぁ…)
 どうしてだろう。
 最後に一目でいい。会いたいから。
 逃げるのも、隠れるのも諦めて。
 高杉に殺されるのを、ずっと待っている自分がいる。


諦めましたよ どう諦めた 諦められぬと諦めた



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