01


 ぺたり、と小さな手がガラスケースに張り付く。
(……なんだ、これは?)
 高杉が頭をひねるのも無理はない。ガラスケースから身を乗り出して覗きこんだそこには、白いもふもふがあったのだから。
 それが子供で、しかも男だと認識するまで時間がかかった。
 なぜ認識できなかったのかといえば、想定外だったから、という他ない。
 ここは高杉が営む洋菓子店。個人の店なので他に従業員はおらず、高杉自らケーキや焼き菓子の製造を行い販売している。儲ける気はなく、趣味で始めた店だ。
 古くてこじんまりとした店だが、開店するにあたって改装したので外見とは裏腹に店内は明るく綺麗だ。一階は店舗、二階部分は狭いながら居住スペースとして使用している。
 商店街や駅前などの人がにぎわう繁華街ではなく住宅街にひっそりあるため、訪れる人はまばらだ。ただ、近くに病院や高校があるので全く売れないということはない。リピーターもそこそこいる。もっとも、それは顔が整ってイケメンの部類に入る高杉見たさの客かもしれないが。
 従業員は高杉一人なので、作ったケーキが売れたら店じまいという日和見の営業をしている。
 ──そんな高杉の店の、忙しい夕方の時間に訪れた、客がいなくなったひと時の静寂。
 いまだ子供はガラスケースに張り付いている。膝を折り、ケーキと同じ高さに額をぺたっとくっつけて、じーっとケーキを微動だにせず見続けていた。
 店内に他の客の姿はなく、子供の保護者は見当たらない。おかしいな、と高杉が考えていると、覗きこんだ下からぬっと手が差し出された。

「これで、このケーキ買える?」

 渡された金額を確認する。ぎゅっと握られていた硬貨はとても温かかった。

「あァ、買えるぜ。この苺がのったショートケーキでいいのか?」

 子供はこくんと頷く。悩んでいたのは、どうやら隣りに並んでいるチョコレートケーキらしい。あーだのうーだの、まだちょっと悩んでいる。

「2こ、買える?」
「二個だとちょっと足りねェな。てめー一人で食べるのか?子供だし、食べすぎると腹壊すぞ」

 高杉がたしなめると、子供はしょんぼりとしながら首を振った。

「おかあしゃんと食べるの」
「お母さん?」
「おかあしゃんもケーキ好きだから。だから、俺とおかあしゃんのぶん」

 舌ったらずな言葉遣いで子供は高杉に説明する。落ち込んで、今にも泣き出しそうなのに、必死になって説明するその顔を、高杉は見ていられなかった。

「わかった。足りないけど、今日は特別だ。二つ選べ」

 泣き出しそうだった子供の顔が、ぱっと一瞬で笑顔になる。
 笑った子供は天使のように可愛らしい。白い肌と同じく色素の薄い銀髪に、いちご味の飴玉に似た赤い大きな瞳は舐めたら甘く蕩けそうだ。
 ──人の、こういう嬉しそうな笑顔が見たくて高杉は製菓のパテシエになった。高杉自身は甘いものが好きではないし、普段でも好んで食べたりしない。
(…ま、たまにはいいだろ)
 ショートケーキと隣りのチョコレートケーキを箱に入れる。家は歩いてすぐだというが、子供の言葉は当てにならない。心配なので保冷剤も一緒に入れておく。
 ガラスケースの横を回り、腰を屈め、子供の頭をわしゃわしゃと撫でる。猫みたいに目を細め、されるがまま撫でられる子供。うるさく走り回る餓鬼は嫌いだが、この子供は大人しいので嫌いどころか可愛くさえ感じる。
 小さな子供の手を取ると、高杉はケーキの入った箱を渡した。

「気をつけて帰れよ」
「うん!」
「ほら、ちゃんと前を見ろ。転ぶんじゃねェぞ」
「ありがとう、おにいしゃん!」

 子供は大事そうにケーキを抱えて歩いていく。暗くなり始めたので子供の帰り道が不安だが、家は近いと言っていたので大丈夫だろう。
 後ろ姿を見送ってから、高杉は店内へと戻った。


 ケーキ好きの、天使のような白い子供。
 一度会ったら忘れられないその白い子供は、高杉の店にちょくちょくケーキを買いに来るようになった。
 慣れてくると、子供は自分のことを話すようになり。
 ──銀時、という名前。
 言葉遣いはたどたどしいが、小学校一年生だということ。
 高杉の店の並びにある、歩いて五分ほどの古いアパートに母親と二人で暮らしていること。
 父親はいないが母親には恋人がおり、一緒に暮さないかとプロポーズを受けていること。しかし、銀時がいるので母親は断っているらしい。因みにその恋人とやらは銀時に対して疎んではいないがとても口うるさいんだとか。
 ケーキを買うお金は母親から毎日わずかながらもらう、おやつ用のお小遣いを貯めて買いに来ていること。
 母親も銀時もケーキなどの甘いものが好きで、特に銀時は高杉の作るケーキが大好きだということ。
 銀時曰く、「おにいしゃんのケーキを食べると幸せになる!」ンだそうで、今現在進行形で高杉の膝上にちょこんと座り、ケーキを食べる銀時はとても幸せそうだ。
 一方、どんな食べ方をすればこんな盛大に生クリームが付くのだろうか。銀時の口元や頬は白いクリームだらけで、高杉はティッシュで拭いながら銀時に問い掛ける。

「…美味しいか?」
「うん!」
「そうか。食べたら送ってやるから、帰るぞ」
「──…や、だ」
「銀時?」
「……かえりたく、…ない」

 他の客のことを考えてか、銀時は閉店間際の店に来ることが多くなった。家が近いので問題はないが、帰っても一人だと聞いたらすんなり帰せるはずもない。店の閉店後の片付けや翌日の準備を終えると、二階の住居スペースで夕食(とケーキ)を二人で食べてから帰るのが高杉と銀時の日常になりつつある。
 しかし、今日はまったくと言っていいほど銀時が帰りたがらない。むしろ家に帰るのを嫌がっている。
 母親から今のところ連絡は一切なく、いつもは慌てて迎えに来るのに今日は来る気配もない。
 迎えに来る時間をとっくに過ぎているのに母親が来ないことも考えれば、もしかすると家には母親の恋人が来ているのだろう。それなら全て納得できる。
 高杉は大きな溜息を吐くと、携帯電話に手を伸ばして電話をかけ始めた。──まったく、ここは託児所でも児童預り所でもないのだから、勘違いをされては困る。
 電話の相手はもちろん銀時の母親で、銀時が不安に感じるから時間通り迎えに来いと一喝したあと、今日は眠ってしまったので泊めさせると伝えた。
 話を聞いていた銀時が、嬉しそうに高杉に抱きついてくる。
(我ながら甘い、…な)
 この子供を甘やかしている理由は高杉もよく解っている。相手が銀時だから、だ。
 子供など煩わしくて面倒で大ッ嫌いだった高杉が、銀時にだけは優しく接することができる。
 銀時は子供で、──男だ。いつも高杉が飢えて乾き、紛らわすために獰猛な獣の如く求め、性的欲求を埋めるだけに利用する女ではない。
 それなのにどうしてだろう。
 一緒にいるだけで、何もかも全てが満たされる気がするのは。
 考えているうちに銀時が高杉の膝上でこくんこくん……と船を漕いでいた。
 気を使うだけ無駄だと自分に言い聞かせ、高杉は銀時を抱きあげると部屋に一つしかないパイプベッドに横になる。もちろん、銀時と一緒に。

「……ねるの…?」
「あァ」

 銀時に毛布を掛けようとした高杉の手が止まる。ちゅっと可愛い音をさせて、銀時が高杉の頬にキスをしたからだ。
 ──そういえば銀時の母親はハーフで、以前は銀時と共に一時期外国で暮らしていたとか言っていたな。だから銀時は口数が少なく、喋る日本語はたどたどしく幼い。それも可愛らしさを増す要因なのだが。
 しかし、子供にされたままでは高杉の気が済まない。

「…どうしたの?」
「銀時。いいか、よく覚えておけ。俺はされるよりする方が好きだし、」

 するなら唇がいい、と銀時の小さな唇に触れるだけの優しいキスをした。
 ふわり、と生クリームの甘い匂いが鼻孔をくすぐる。実は生クリームで出来ているんじゃないかと思わせるぐらい、ケーキ屋を営み日々ケーキを作り続ける高杉より、銀時からは甘い匂いがした。
 眠そうな銀時は拒むことなく受け入れ、赤い舌をちろっと出して唇を舐めて。
 解ったのか解っていないのか、銀時はごそごそ高杉の胸に顔をうずめながら、……うん、と小さく呟いた。
 銀時が高杉の腕の中に体を預けて眠ろうとする。
 抱き枕やいままで抱いてきた女とは違い、銀時の体はまどろみを誘うが如くに温かく、膝に乗せている時のまま、抱き締めると折れそうなほどに細い。……一方で、触れた感触はとても柔らかかった。



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