01


 俺を見かけると、すぐに後を追いかけてきて。
 気付いていないフリをすれば、服の裾をぐいぐい引っ張り、

「しんすけ兄ちゃん!」

 高いボーイソプラノの声で俺を呼ぶ。ふわふわの銀髪にまるく大きな赤い眼が印象的な、すぐ隣りの古いアパートに住んでいる三歳年下の銀時。
 アパートはここら近所の地主だった祖父から父が譲り受けたもので、金銭的な管理は父が、階段や廊下、共有のゴミ捨て場の掃除などの施設維持を母が行っている。だから、子供の俺も何かと手伝わされたりしていた。ゴミ拾いは勿論、夏の炎天下に虫嫌いの母に頼まれて行った雑草抜きなど、様々なことを手伝わされる。今年の雑草抜きは蚊に刺されまくって大変だったので、二度としたくないのが高杉の本音だ。
 二階の角部屋に母子二人で住む銀時は、五年ほど前に越してきた。
 少しやつれた母親。連れられていた小さな子供の銀時。
 手を引かれるがまま、静かで子供ながら何も喋らない銀時は、うつろで元気がなかったのをよく覚えている。挨拶もできず、高杉が声を掛けるとこそこそ母親の後ろに隠れてしまった銀時。愛想がない餓鬼で、その時は関わりたくないと思った。が、引っ越してきたばかりで母親が忙しく、夏休みの一カ月間だけ面倒を見てほしいと高杉の心中を無視して無理やり押しつけられた。頼まれた手前断れず、高杉はしぶしぶ銀時の面倒を見ていたのだが、人見知りの激しい銀時が高杉に慣れると。

「しんすけ兄ちゃん、あそぼ!あ・そ・ぼ!」

 子供らしく笑い、甘えてくる。
 そんな銀時が目に入れても痛くないほど可愛くて、高杉も甘やかした。
 一人っ子の高杉にはとても新鮮で、弟ができたみたいで嬉しかった。──いや、帰りが遅い銀時の母親に代わって遊ぶ以外にも一緒に食事をしたり、風呂に入ったり、寝かしつけたりした高杉にとって、銀時は弟以上の存在だ。
 家族、子供、……娘?
 絶対に誰にも渡さないし、嫁にもらうなら銀時がいい。
 自分が理想とする恋人に育てあげようと心にひっそり思った高杉の銀時は、今。



「忘れ物はねェか、銀時」
「ない」
「ないって、弁当箱の入った手さげ持ってねェじゃん」
「やばっ!」
「早く取って来い。それと、一緒にガス栓の確認と窓の戸締りと…」
「──高杉、ヅラみたいでウザイ」
「ウザイ!?」

 カンカンカン…、と下りてきたばかりの階段を急いで駆け上る銀時。その後ろ姿は、弁当を作る際に結わいたのか、髪に付けたままの赤い苺のゴムが銀髪の中からでも目立っていた。
 小学生から高校生になった自分。
 幼児から中学生へと成長した銀時。
 背が伸び、声変わりして一段と大人っぽくなった銀時は、昔とは全然といっていいほど変わってしまった。

「なにしてんの?高杉」
「銀時」

 昔の銀時の方が可愛かったと思って、などとは言えず、高杉は黙る。
 今だって銀時は可愛い。──可愛いのだが、思春期真っただ中の中学生ということもあり、生意気な口をきくことが多くなった。
 それも可愛いと思ってしまうのは親バカ的な欲目だろうか。それとも、紫の上のように自分の理想の恋人へと育てたと銀時への、光源氏的な視点から見た欲目なのか、高杉には解らない。

「……なんでも、ねェ」
「変な高杉。勉強のしすぎじゃね?」

 はい、と手渡されたのは紫の生地に黄色い蝶が舞っている派手な手さげ。この手さげの柄の趣味は高杉の個人的なものであり、銀時の好みではない。
 しかし買ってきたのは他でもない銀時で、高杉が好きそうな柄の生地を買い、自分用にと一緒に買った苺柄の生地とで同じ大きさの手さげを作ったのだ。つまり、銀時の手作りでなお且つある意味お揃いの手さげ。
 なんやかんや言いながら高杉の弁当もいつも一緒に作ってくれる、銀時の根本は変わっていないと確信し、高杉は銀時と一緒に学校へと向かう。



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