餌付け


 最初、銀時と遊ぶのは命がけだった。
 なぜかって?
 理由はよくわからないが、極端に人が触れるのを拒むからだ。
 自分から触るのは平気なクセに。
 他人が近付いて触ろうとすると、猫みたいに毛を逆なでて威嚇する。
 銀時の場合、毛ではなく刀を抜いて威嚇しやがる。
 困ったもんだ。
 やつは寝ているときは勿論、厠や寝室どこへ行くにも刀を持って肌身離さない。
 邪魔じゃないかと思っていたが、餓鬼にしちゃ刀の扱い方は上手く我流のようだが筋は悪くない。
 悪くはないが、手に負えない。
 何度か会っている俺にだってやつは牙をむく。
 平気なのは松陽先生ぐらいだ。
 松陽先生は人に慣れていないからだというが、俺が思うにちょっと違うな。
 慣れていないというか、怯えているみたいだ。
 理由なんてわかんないけど。
 手を触わるのは、やっと慣れてきた。
 やつの手は傷だらけで、触るとガサガサ鈍い音がする。
 いや、手に限られたことじゃない。
 体の至る所に小さな傷や傷跡がある。
 怪我をしてもろくに手当てしていなかったのだろう。
 痛みはないようだが、傷跡はそのまま残るんじゃないか?
 こればかりは仕方無いな。
 ──痛くないように。
 怖がらないように。
 赤ん坊にでも触るみたいに優しく触る。
 最初は振り払われたが、今では手を握ったら握り返してくれる。
 この前なんか、握ったら離してくれなくなって困った。
 離そうとすると、両手で掴んできて。
 いやいやと首を横に振って泣きそうな顔をしやがる。
 めんどくせェと思いながらも。
 悪い気は、しないな。

「悪ィな、銀時。今日は帰るわ」

 あやそうと銀髪を撫でようとしたら、力いっぱい噛みやがった。
 やつなりの嫌がらせというか、照れ隠しみたいな?
 だが、これは結構痛い。
 あーあ。まだ歯型が指先に残ってらァ。
 何しやがるって、その時はすごく腹が立ったんだが。
 俺も松陽先生同様、絆(ホダ)されてるみたいだ。
 あの顔を見ているとなぜか許せてしまう。
 言葉は、未だしゃべらない。
 意味は理解しているようだが、銀時の声を聞いたことがない。
 話せたら、…きっと楽しいのに。

 その日は、松陽先生からおやつにと菓子をもらった。
 まんまるの白い大福。
 銀時と俺の分で、2個。
 松陽先生から渡されたときからすでに気になっていたみたいだが。
 銀時の喰いつきはすごかった。
 大福を持つ俺の前に立って。
 穴があくんじゃないかってぐらい、見つめ続けていた。
 大福を。

「……大福が好きか?」

 コクリ、と。
 銀時は首を縦にして頷く。
 その姿は見ていると可愛い。
(見ているだけなら、な)
 ふと。
 ちょっとした好奇心が疼く。
 餌で釣れば、俺の名前を覚えてくれるんじゃないか。
 そんな考えが浮かんだ。

「銀時。俺の分の大福もやるから、俺の名前を呼んでみろ」
「……」

 返事はなかったが、銀時の目は大福にくぎ付けだ。
 言葉の意味は理解しているから、大丈夫だろう。
 これ見よがしに大福を見せびらかして、俺の名前を教え込む。

「晋助、だ」
「シン…け……」

 もうちょっと。惜しいなァ。
 ちゃんと言えないと、やらないぞ。
 お前の分の大福も。

「し・ん・す・け」
「……しんす、…け」

 よく言えたな、と。
 大福を渡すと銀時は勢いよく食べ始めた。
 相当、甘いモノが好きなんだろう。
 嬉しそうに。
 止まることなく。
 ひとつ、ふたつと。
 あっという間に食べてしまった。
 口元は白い粉がついて、端にはあんこが残っているけど。
(きれいに食べれないのか?)
 そっとあんこの付いた口元を拭い、そのまま頭を撫でると今日は拒まなかった。
 優しく、怖がらせないように頭を何度も撫でる。
 最初は戸惑っていたようだが、心地良いのか目を瞑って幸せそうな顔をしている。
(結構、嬉しいな)
 まるで人に懐いていない獣を手懐けているみたいで。
 こんなにも安らいで食べている表情を見せているのも自分だけかと思うと、結構クる。

「だいふ…くぅ、しんすけ!」
「大福は余計だ」

 まぁ。……確かに。
 病みつきになるよなァ。
 止められない。
 止まるはずがない。
 もっともっと望んでしまう。
 欲望と衝動。
 最初に覚えた言葉が「大福」と「晋助」ってのが気にくわないが。
 ……上出来じゃねェか?



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