香るのは甘い毒


 ほのかに匂うのは香水のような洒落たモノじゃない。
 ありふれた、どこにでもある何でも無いはずの匂いなのに、髪を梳いたり抱き寄せた時にふわりと香るソレ。
 一緒にいると煙管の匂いで霞んでしまうが、嫌いではない。むしろその優しくやわらかな匂いを、自分の出した煙で銀時自体染め上げるという行為も含めて好きかもしれない。
 自分とは違う、暖かな陽を浴びた髪からするのは石鹸の匂いに混じった甘い誘惑の香り──。

「……たかすぎさん」
「これはてめーが食べた菓子の匂いかァ?それとも洗髪料の…──」
「高杉さーん」
「会ったばかりで煙管の匂いがうつる訳は無ェしな」
「ちょっ、聞けって高杉!」

 髪に顔を埋めんばかりの高杉を引き剥がし、銀時は体を縮こませて隅へと寄る。場所は限られているので近付いてこないよう睨みながら。
 そんな銀時を、高杉は嗤いながら眺めていた。
 なんでコイツこんなに上機嫌なの?とうとう頭までおかしくなったのか。いや、顔はいいけど頭はとっくにおかしかったから問題ないか……、いやいや、顔はいいとか認めねーし。俺の方が絶対いい男だ、うん。外見では負けてるかもしれないけど、男は外見じゃない。内面的なことでは負けていないはずだ。──あれ。これって高杉の顔がいいって認めてる?
 一人で百面相する銀時を面白そうに眺める男は、わざわざ離れたのにゆっくりとだが確実に距離を縮めて近付いて来る。もう逃げ場はないというのに。
 こんな窮屈な思いをしているのは高杉のせいだ。しかし、一方の根源である高杉はと言うと、くつくつ喉を震わせて、懲りずに銀時の髪へと手を伸ばし楽しそうに梳いている。──それが、なぜか嫌だと思えないところが悔しい。もっと梳いてほしくなるところも含めて。
(……これ以上逃げれないから、仕方ないし…っ)
 この攻防が行われているのは万事屋の、特大が付く大型犬の定春が入れるほどの浴室である。浴室は小さくもないし、かぶき町の物件としては珍しくタイルではなく木製で、浴槽に至っては銀時が足を伸ばせるほど広く、狭い訳でもない。銀時とは反対側にあたる高杉の背後が空いているのが何よりの証拠だ。

「もっとこっちに来いよ、銀時。なんなら俺が行くか?」
「嫌です、無理です、結構です」
「クク。嫌われたもんだなァ」

 高杉の手を振り払い、浴槽のふちに置かれていた黄色いひよこのおもちゃを高杉へ向けて投げる。ぷかぷか浮いて、一直線に高杉へと向かったひよこは高杉の脇に当たって止まった。

「…てめーはこんなんで遊んでンのか?」
「遊んでねーよ。神楽のだし」

 手に取ると、興味津々でひっくり返して観察している。高杉的に珍しいらしい。まあ、お坊ちゃん育ちの高杉は風呂でおもちゃ遊びなんてしなかっただろうし。湯に沈めるとぷかっと浮いてくるひよこで遊ぶ高杉。鬼兵隊の隊士には見せられない姿だ。
 筋張った細長い指がひよこを弄る。狂おうしいような愛撫を施し、自分の髪を楽しそうに梳いていたあの指が。ひよこを水に沈めれば、暴れて飛び出たひよこのくちばしが高杉の胸に当たって止まる。組み敷かれると押して抵抗してもびくともしない、着痩せして見える厚い胸板に。
 見ていられなくなって、銀時は高杉の手からひよこを引っ手繰ると、立ち上がり浴槽から出る。それと同時になぜか高杉も立ち上がった。

「でっ、出るならちゃんと十数えろよ!」
「何で」
「あっ、えっと。……先生が言ってた、ハズ」

 てめーは数えたのかよ、とか文句を言うかと思いや、高杉は湯へと入りなおすと、

「────、一」
「へ?」
「数えなきゃなんねェンだろ?」

 素直に数えだした。
 今更、一緒に出るのが恥ずかしいからだとも言えず、銀時は無言で何度も頷く。ひよこのおもちゃを定位置に戻し、洗面所で体をタオルで拭き、慌てて服を着る。


「銀時」
「うひゃわっと!?驚かすんじゃねー、何だよっ!」
「てめーが使ってる洗髪剤ってこれか?」
「シャンプーね。いちいち言い方が古臭くて解りづらいんだよ。そう、それ使ってる」
「ふーん。……使ってもいいか?」
「勝手に使えばいいじゃん」

 髪は後にするとして、下着と半ズボンは穿いたので羽織った甚平の前を結ぶ。

「一緒に出れねェから、髪はてめーで乾かせよ」
「ガキじゃねーし、それぐらいできるって」

 勢いよく風呂場の戸を閉めると、銀時はタオルを肩にかけて逃げるように洗面所を出た。
 ちゃんと高杉用のタオルと服を置いていくことは忘れずに。


 通販番組しか流れないテレビ。
 こんなものを見てなにが楽しいのかとテレビを消すも、まったく反応はない。

「餓鬼じゃない、……ねェ」

 高杉が溜息と一緒に吐き出した言葉は相手に聞こえていまい。
 三十分ほど遅れて高杉が風呂を出ると、銀時はテレビをつけたままソファで眠っていた。しかも、高杉が言ったのにも関わらず髪は濡れたまま、滴が滴っている。
 手に持っていた、自分の体を拭いたタオルを銀時の頭に被せると、高杉はわさわさ銀時の髪を拭き始めた。
 銀時が高杉の髪を拭いていたのとは違う、──まるで壊れものを扱うような、優しい手つきで髪を一房ずつタオルで包(くる)み拭いてゆく。
 仕上げとばかりに銀時の肩に置かれたタオルを取り、乾いたことを確かめるため頬を寄せる。途中で起きても絶対に逃がさないよう、銀時の肩を抱いて。
(──……、だ)
 さっきも嗅いだ蠱惑的な甘い香りがした。銀時の匂いだ、と確かめていれば、その匂いは自分からも香っている。
 よく考えればこの服は銀時の服だし、髪や体を洗った洗髪剤と石鹸も銀時が普段使っている物だ。自分の体から同じ匂いがしてもおかしくない。

「……フン」

 甘くて狂いそうなニオイ。
 もっと嗅ぎたくて、銀時の髪を手櫛で梳く。
 ──相手を自分で染めるのも良いが、染められるのも偶には良い。


(2012.8.13〜2012.9.16)



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