二歳差の恋と距離 07


「あー!美味しかった!」
「てめーは食いすぎだ」

 予約してあった料理とは別に、ガラスケースの中に並んでいたケーキを銀時は全種類食べて制覇した。
 大満足な銀時と違い、高杉は少し考えている。この細い体の、どこにあの大量のケーキが入ったのかを。デザートは別腹と言うが別腹すぎる。銀時のお腹が膨らんでいないのも高杉の疑問を増やした一因だ。
 ランチデートをした二人は今、施設へ帰る道をのんびり歩いていた。
 朝、通学に使った自転車はない。帰ったことがバレないように置いてきたのもあるが、実は高杉が銀時と手を繋いで歩きたかったのもある。その努力が実を結んで、今、こっそりとだが手を繋いでいた。
 同じ施設で暮らしているとはいえ、体を接することはない。銀時が指を握りしめるたびに感じる体温が熱く、火照ってしまいそうだ。しかし、離す気は毛頭なくて、ゆっくり家路を歩く。もちろん、銀時が手を怪我しているので繋いでいるのは怪我をしていない左手だし、持つのがつらいだろうと高杉が鞄を持っている。
 過保護だと言われても仕方ない。しかし、高杉は銀時が傷付くのも傷付けられるのも、無理をするのも嫌いなのだ。来店前にもあったが、今回も数分間の攻防の後、高杉が銀時の鞄を再び奪うことに成功した。

「なんであの店にしたの?」
「ケーキが美味しいって評判だったから」
「晋助、ケーキ嫌いじゃん」
「嫌いじゃねェ。眩暈がするだけだ」
「…それ、嫌いだよね?」
「俺だって、甘いの食べてただろ」
「ゼリー?あれ、そんなに甘くないよ」
「いいンだよ」
「そうだね。美味しかったし」

 銀時が喜んでいる。それが、高杉には何よりも一番重要だった。
 施設への入口手前で高杉は銀時の鞄を手渡す。今日、銀時にバイトは入っていないが、高杉には予定変更できなかったバイトがある。学校に戻って自転車を回収し、その足でバイトへと向かう予定だ。
 ありがとう、と銀時が鞄を受け取ると、高杉は来た道を走って行った。


 施設の玄関には、大トイレットペーパーが大量に積まれていた。狭い廊下はいつも以上に狭く、放置しておく訳にはいかない。部屋に鞄を置き、制服からラフなシャツと膝丈の半ズボンに着替え、トイレットペーパーをトイレ前の収納に仕舞う。量が量なので一度や二度の往復では済まず、銀時は何度もトイレと玄関を往復した。
 大量のペーパーを仕舞い終えると、洗濯物を取り込み、子供たちへの報酬として約束した夕食のカレーを作るために台所へと向かう。しかし台所には予想外の人物が我が物顔で座禅を組み、なぜか居座っていた。

「帰ってたの?ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ。今日の夕食はどうするつもりだ?銀時」
「どうするって、カレーにするつもりだけど」

 何かまずいの?と言いながら、座禅を組む桂の前を素通りし、銀時は冷蔵庫から玉ねぎに人参、じゃがいも取り出す。肉たっぷりのカレーと言われたが、こっそりナスやピーマンなどの野菜も入れて夏野菜のカレーにしようかと悩む。カレーに入れれば野菜嫌いの子供たちも食べるだろう。
 ただ、高校生だというのに高杉もいまだピーマンが嫌いなので、見たときの嫌そうな苦々しい顔が思い浮かぶ。銀時の作ったものは残さず食べるが、食べ終わるとぶつぶつ文句を言うのだ。

「いや、まずくはないが。銀時、今日は何の日か覚えているか?」
「何の日って、……」

 冷蔵庫に貼られたカレンダーを見る。
 8月10日。その日付の、書き込む枠内いっぱいに子供たちが書いた、大きくてつたない剣道大会!の文字があり、それ以外はない。
 しかし、その日付を銀時はどこかで聞いたことがあった。
 ──10日。月が違えば、それは自分の誕生日で、二か月前の8月は……

「……あっ、晋助の誕生日!」
「気付いていなかったのか」
「なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ!」
「昼間、電話で言おうとしたら切られてしまったからな」

 銀時は慌てて今日のメニューを考え直す。施設には誕生日の決まりがあるのだ。
 そう、誕生日はお祝いとして好きな食べ物を食べれるという、子供たちが大喜びする決まりごとが。
 しかし、なぜカレンダーに印をつけ忘れたのだろうか。剣道大会で頭がいっぱいだったのもあるが、自分は高杉の誕生日を忘れない、という過信があったのかもしれない。
 銀時はううぅ…とうなり、取り澄ました顔の桂の懐から携帯電話を奪い取った。
 しかし、扱い方がいまいち解らないので、銀時は桂に突きつけて、

「晋助に電話して」

 いつもとは違う、低い声で桂に頼む。
 有無を言わせない命令口調。丸い飴玉のような赤い目は据わっている。理由はわからないが、なぜか銀時は怒っていた。
 桂はなだめるのを諦め、電話帳から高杉の名前を探してやることにした。


   *


 何度も着信ランプが光る。
 留守番電話になると消えてしまうので、大した用事ではないだろう。出たら出たでムダに長いし、どうせ小言か文句だ。
 高杉が無視を決めつけていると、今度は施設の固定電話から着信が来た。
 なにか緊急な用件なのかもしれない。高杉は迷わずに通話ボタンを押すと、

『晋助のバカヤロー!』

 いきなり銀時に怒鳴られた。耳が痛い。
 銀時が怒っている。何があったのだろうか。自分に怒っているということは……、いや、何も悪戯はしていない。うん。
 理由が思い当たらず、高杉は少し悩んだ末、銀時に問いかけた。

「……どうしたんだ、銀時」

 普段と変わらない高杉の様子に、銀時の怒りは収まらない。

『なんでヅラの電話出ないんだよ!』
「たいした用じゃねェだろ。で、それだけか?」
『……んで。なんで、教えてくれなかったんだよ』
「あァ?」
『今日が晋助の誕生日って、なんで教えてくれなかったんだよ!』

 あァ、そういうことか。
 高杉は銀時が怒っている理由が解り、少し嬉しくなる。
 今日空いているかと聞かれたとき、ほんとは期待していた。自分の誕生日を祝ってくれるのか、と。
 しかしそうじゃなかった。
 理由を聞いて確信する。銀時は高杉の誕生日を忘れている、落ち込みそうになりながらも考え直す。一緒に出掛けて、銀時が笑ってくれればそれでいい。それだけで、他の祝福はいらないじゃないか。
 だから誕生日だと話して祝ってもらうのを諦め、自分の思うまま、楽しむことにした。
(──ちょっと、残念だったなァ)
 もし教えていたら、祝ってくれたんだ、と。
 おめでとう、と言ってくれたんだと思うと惜しいことをしたかもしれない。後悔はしていないが。

「言うほどのモンじゃねェだろ」
『…っ、──俺、まだ晋助に……』
「銀時」
『……なんだよ』
「バイト終わって、帰ってから聞くから、…待ってろ」
『絶対に今日中だからな!』

 帰ってこいよ、と小さな声で呟いて、銀時は高杉の返事を聞かずに電話を切った。
 その横には心配そうな桂と銀時の声に驚いて様子を見に来た子供たちがいる。

「で、銀時。今日の夕飯はどうする?」
「…ヅラ。悪いけど、スーパーで煮付けのできる魚を買ってきてくれない?」
「あいわかった」

 子供たちも事情を察したのか、誰も文句を言わない。
 肉が好きな子供たちと違い、魚の、しかも焼き魚ではなく煮付けは高杉の好物だ。八月の暑い時期だが、それに味噌汁の一つでも付ければ完璧に高杉の好物づくしなメニューとなる。

「……それと、さ。アレも買ってきてほしいんだけど」

 銀時が言った材料に桂は驚く。はたしてそれは高杉が喜ぶ料理だろうか。
 喜ぶ高杉の想像がまったく出来ない。嫌いだと言っているのを聞いたことはないので、食べられるのだろうが、食べているところはやはり想像できないほど、珍しい組み合わせだ。
(銀時はどういうつもりだ?)
 考えていても仕方がない。桂は財布と銀時から渡されたエコバッグを持って、急ぎ近所のスーパーへと向かった。



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