二歳差の恋と距離 06
学校の近くの、駅から少し離れた住宅街にそれはあった。
クリーム色の外壁に赤い屋根。少しメルヘンチックで可愛い外装は住宅街の中にあっても目立っている。真夏の正午ということもあって、駐車場に面したテラス席はがらんとしているが、ガラス越しに見える店内は昼時の賑わいを見せ、予想以上に混んでいた。
店の入り口には小さな看板が出ている。どうやら洋食屋で、持ち帰りのケーキなども販売しており、店内で食べられるらしい。
「この店、知ってる!」
「へェ。美味しいのか?」
「ケーキが美味しいらしいよ?」
「来たことはねェのか」
「うん。女子高生ばっかで入りづらいんだよね」
なるほど、夏休み中だから女子高生は少ないとはいえ、学校から近いのでちらほら見受けられるし、主婦と思われる女性客も大勢座っている。子供連れの親子もいるが、男性客は見当たらない。
男子高校生である高杉と銀時が入るのは少し躊躇われるが、来島からもらった地図に書かれていた場所と店名はここだ。高杉は一瞬歩みを止める。こういう店にほとんど来ないので入りにくい。銀時も入りにくいのか高杉の後ろでキョロキョロしている。
意を決して、高杉は入口のドアを開けた。
銀時の手を引こうかと思ったが、手当てした絆創膏が見えたので高杉は思いとどまった。大げさだと銀時は言うが、痛いに決まっている。無理やり取り上げた銀時の鞄と自分の鞄を脇に抱えて、店内へと進む。
店員に案内された予約席は、入口から一番離れている奥まった個室のような席だ。ここなら目立たないし、煩わしい女性客の視線も気にならないだろう。
メニューも頼んであったのか、席に着いたら次々と料理が出てきた。
「予約なんかしてたの?」
「来島に頼んだ」
ほうほう、と頷く銀時。
その銀時の前には、入ってすぐに注文したケーキやタルトが並んでいる。銀時にとって料理は二の次らしく、ケーキを美味しそうに食べながら少し考え、呟く。
「俺じゃ、マズイんじゃない?」
「ハァ?」
「デートだったんじゃないの?また子ちゃんと」
今ならまだ間に合うから、また子ちゃん呼べば?とひどく真剣な顔で銀時が言葉を続ける。
高杉は呆れたというか、驚いた。
いつも銀時は、自分と来島を一体どんな目で見ているのか、と。
部活仲間の来島が自分を慕っているのは知っている。しかし、すでに一度告白され、ちゃんと断っているので、それ以上でも以下でもない。
「ここは来島のバイト先なんだよ」
「あ、そうなの?」
「そうなの!だから予約を頼んでもらっただけだ。変に勘繰るな」
「──…晋助って、好きな人とか、…いる?」
ガチャッ、と高杉は持っていたフォークを落としかける。
まさか本人から聞かれるとは思っていなかった。
高杉へのちょっとしたお節介かもしれないが、方向はかなり間違っている。お節介を通り越して、余計なお世話だ。
銀時としては一切悪気がないのだろう。のほほんと紅茶を啜って、中身が無くなったカップにおかわりの紅茶を注ぐ。怪我した右手が使いづらそうだ。
(ほら見ろ。口元にクリームがついてらァ)
クリームを拭いたい衝動を抑えながら、高杉は必死に反撃する。
「……そういうてめーはどうなんだよ。銀時」
「俺?俺はいないよ」
晋助は?首を傾げて、持ちにくそうなフォークでケーキをつつきながらも、再び無邪気に問い掛けてくる銀時。
何の因果だ。目の前にいる好きな相手に、好きな人はいるのかと聞かれる、この悲しい気持ち。
てめーだよ!と叫びたいのを堪え、高杉は答える。
「……い、るし」
「へ?」
予想外だったらしい。銀時は口をぽかんと開けて、まんじりもせずに高杉を見つめる。
当たり前だ。銀時と高杉は同室で、朝と夜は一緒の共同生活を送っている。高杉に女の影も形もないのを銀時はよく知っているし、学校も同じだが、恋愛関係などの浮いた話や噂話は耳に入ったことがない。
いや、入るわけがない。高杉が絶賛片思い中なのは目の前にいる銀時なのだから。
自分で話を振っておいて、知ってしまった新事実に動揺を隠せないらしい。銀時は手元のカップではなくティーポットから紅茶を飲もうとしている。
(クソ可愛いな、こいつ)
──自制心、自制心、と高杉は自分に言い聞かせる。この場で告白はありかもしれないが、人の目が多すぎるしまだ早い……と思う。
銀時が握るポットを机に置き、ティーカップを手渡す。
動揺した銀時は、手渡されたカップに砂糖も入れず、紅茶を一気に飲み干した。
「で、どんな子なの?」
「どんなって、……一緒にいると楽しい。見てて飽きないし、笑った顔がむちゃくちゃ可愛い。料理も上手で、ちょっと世話やきすぎるけど、それも長所だと思う」
「晋助に世話をやくって、相手は年上なの?」
「…………あァ」
「高杉の気持ち、気付いてないの?」
動揺しているからか、それとも鈍いからなのか。
自分のことを言われているというのに、銀時は全く気付いていない。
ここまでくると、悲しくて泣けてくる。
他人のことにはお節介なほど敏感なのに、なぜ自分のこととなるとこうも鈍くてポヤポヤなんだろう。
早く気付けと思いながら、高杉は抑えきれなくなった衝動に突き動かされるまま、銀時の口元についた白いクリームにそっと指を伸ばした。拭った指先を迷わずにぺろりと舐める。
クリームはあまり食べないが、銀時についていたクリームはとても甘く感じた。
「え、何?」
「クリーム。付いてた」
「あぁ。ありがとう」
恥ずかしそうに、銀時が紙ナプキンで口元を拭う。高杉に拭われたので、生クリームはもう付いていなかった。
「…ニブイからなァ。気付いてねェンだろ」
「告白しちゃえばいいじゃん」
「……を、」
「ん?」
「背を、追い越したら告白するって決めてンだよ」
「背って、晋助は俺より低いけど結構あるよね。いくつ?」
「168」
「俺と1センチ差じゃん。それでも低いんだ」
あと1センチか、──もう少し。
タバコを禁煙して、毎食飲んでいる牛乳がいい感じなのだろうか。
年の差は埋められないが、身長差は埋められるはずだと高杉は身長を伸ばしている。そして、背を追い越したら告白しようと決めたのは銀時に年下扱いされるのが嫌だからだ。
少しでも対等になりたい。
ちゃんと、男として見てもらいたい。認められたい。
年下の高杉なりのプライドだ。
「けど、取られたりとか心配じゃない?」
「心配って言えば心配だなァ。けど、初恋、…だから。相手の気持ちを大切にしたいし、──ずっと好きだったから、待つのは平気」
そう、待つのは平気だ。
銀時が俺の気持ちを受け入れてくれるまで待つし、今みたいに一方的に想ってばっかりじゃなくて、少しでも銀時が自分を想ってくれるまで待とうと思ってる。
あてにならないヅラ情報では、クラス内で銀時に好意を持つ相手はいるらしいが、銀時のガードが固く、告白まで至っていないらしい。バイト先の話を銀時から聞いているが、危ない人物はいなさそうだ。
唯一怖いのは、この想いが強くなりすぎて、いつか銀時を壊しそうで、──…怖い。
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