二歳差の恋と距離 05


 高杉に右手を繋がれたまま、引きずられるように銀時は歩いた。
 離してほしいのだが、いくら引っ張っても、ぶんぶん振って解こうとするも、高杉は手を離してはくれない。理由を銀時も知っているはずなのに、ムダな足掻きはずっと続いた。
 それこそ、高杉が銀時を睨んで黙らせるまで。
(──チッ。万斉なんて殴りやがって、馬鹿が)
 グラサンを割った銀時の拳は、うっすら血を滲ませていた。
 しかし、銀時もただでは引きずられない。
 保健室へ向かう高杉を止めるため、手近な柱にしがみ付いて必死に抵抗を試みる。

「晋す……っ、高杉!手を離せって!」
「あァ?ダメだ」
「なんでだよ!」
「血が滲んでンだろ。保健室行くぞ」
「……校医の佐々木、嫌い」

 はぁ、と高杉の呆れたような溜息が聞こえた。
 銀時は誰とでも気安く話すので、一見すると解らないが、身近な高杉や桂などには微妙な違和感で解るらしい。苦手な部類が少ないながらもあり、銀時はそれを避けようとする。
 銀時が苦手とするのは話が通じない強硬的な相手だ。それには名前の挙がった佐々木や夜兎工業の番を張る神威が該当する。ヅラも電波なところが掠っているが、ギリギリセーフらしい。幼馴染みだからセーフなのだろう。
 そして高杉にも言えることだが、銀時が苦手とする人物は、高杉も苦手ではないにしろ得意ではない。よほどのことがない限り近付きたくないのも事実だ。
 高杉は銀時を保健室へ連行するのを諦め、来た道を戻り、廊下の隅にある手洗い場に腰を据える。銀時も高杉に倣い、隣りに腰かけた。
 おとなしくなった銀時の傷口を検分する。グラサンの破片は刺さってはいないようだ。
 しかし、血の滲む傷口は痛々しく放ってはおけない。
 高杉は自分の鞄から布袋を取り出す。その布袋は銀時もよく知っている。中には予備の眼帯や包帯、絆創膏や消毒液に傷薬などが入っており、怪我が絶えない高杉のために桂が無理やり入れているものだ。

「……触るなよ。痛いから」
「我慢しろ。包帯でいいか?」
「そんなに酷くないだろ。絆創膏でいいって」

 高杉は傷口を水道水で洗うと、手慣れた動作で消毒、薬の塗布を行う。
 喧嘩慣れしているだけあって、高杉の処置は早く適切だ。消毒液と薬がちりちり染みるが、少しでも動くと手首を掴み直される。身じろぎすらできない。
 耐えるために銀時は足をぶらぶら揺らし、高杉の顔を直視する。真剣な高杉の顔の、眉間の皺は処置を始める前から今まで、ずっと取れない。
 ──これは、怒っている。

「たかすぎ、……怒ってる?」
「当たり前だろ」

 なぜ高杉が怒っているのか、銀時には理由が解らなかった。
 確かに万斉のグラサンを割ったのは悪かったと少しは思っているが、怪我をしたのは自分だけで他にけが人はいない。
 なぜだろう?と銀時が首を傾げていると、銀時の手を握りながら高杉がぼそぼそ話し始めた。

「…廊下を歩く、てめーを見た」
「歩いてる俺?」
「三年の教室は棟が違うから見えるンだよ」
「補習をちゃんと受けろよ」
「こっちに来るのかと思ったら自販機の方へ行きやがって。しかも、待てど暮らせど来ねェし」
「それは、その、……ごめん」

 すぐ迎えに来なかったことも含め、高杉は怒っているらしい。
 短気すぎる!と反論しようとしたが、短気で怒りっぽいのが高杉なのだから、何を言ってもムダだ。銀時はもう一度だけ、小さな声でごめんと呟いた。

「あんまり怪我するなよ。嫁入り前だし」
「いや、婿だし」
「似たようなもんだろ」
「全然違うって!」
「夕食作れないようなら無理すんな。ヅラに作らせろ」
「えー。蕎麦になるから嫌」

 確かに蕎麦は飽きたなァ、と呟く高杉の腰元の、ポケットに入っている携帯電話が震えだす。しかし、高杉の両手は銀時の怪我を処置しているので出ることができない。

「……銀時」
「なんでしょうか。たかすぎさん」

 銀時は施設以外の場所では、二人っきりでないと高杉と呼ぶ。普段は晋助と名前で呼ぶのだが、あえての名字呼びだ。理由は定かではないが、たぶん不良で硬派な高杉のイメージを崩さないように、との銀時なりの考慮らしい。
 高杉としては不本意だ。
 今更、崩れてどうにかなるイメージでもないし、他人なんてどうでもいい。ちなみに、高杉のことを名前で呼ぶのは銀時以外では松陽先生だけだ。他にも名前で呼ぼうとする馴れ馴れしい輩はいるが、高杉は認めていないので呼ばれると嫌そうな顔をする。万斉がまさにそれであり、当初は逆切れをしていた。しかし、全く懲りないので今や顔を顰めるだけになったという。あれは相手にするだけ無駄というもの。因みに来島は様付けだし女なので大目に見ている。
 あと、銀時は高杉が怒っているときも、他人行儀に名字で呼ぶ。
 銀時は自分が怒られているとまだ思っているらしい。

「銀時。もう怒ってねェから、俺の代わりに電話に出てくれ」
「俺が出ていいの?」
「どうせヅラだろ」

 澄ました高杉の眉間から皺が消えている。もう怒っていない証拠だ。
 銀時は高杉が怒っていないのを確認すると、空いている左手でそっと高杉のポケットから携帯電話を抜き取る。
 ──確かに、液晶画面にはヅラ、という名前が表示されていた。銀時は通話ボタンを押して電話に出る。

「……ヅラ?」
『高杉か?銀時は教室に戻ってこないが、会えたのか?』
「あ。俺が銀時。悪い、ちゃんと会えたよ」
『…銀時か?会えたなら良かった。まったく、高杉ときたら電話のひとつもなくて困ったもんだ。銀時からも言ってくれ。それと……』

 ぷち、と高杉が携帯電話を取り上げて終話ボタンを押す。
 桂の小言は長く、埒があかない。
 銀時の右手の処置は終わった。学校に長居する理由はないし、下手するとヅラまで付いてきそうだ。
 高杉は携帯電話の電源をオフにしてから、救急袋と一緒に鞄へ仕舞った。
 日にちが日にちなので、女子生徒に見つかると煩わしいし、帰れなくなってしまう。そっと自分と銀時の靴は下駄箱から持ってきているので、目立たず外へ出られる裏門方向へと急ぐ。



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