狂い咲きの夜


 結いあげた黒髪を飾る大きな薔薇の簪。
 夏なのに浴衣ではなく着物ということは遊女だろうか。着込んでいて暑そうだが、汗ひとつ掻かず、しゃなりと祭の人混みを行く。帯は前で結っているので一見すると後ろ姿は少し寂しいが、彼女のスレンダーな体型を際立たせており似合っている。
 女性らしくない厚めの下駄と、着物の裾から垣間見える足と足首は白く細い。歩き方はぎこちなく覚束ないがそれはそれで色っぽく、よろめくと支えたくなる。ゆったりと、一歩一歩踏み出す所作は気品があり優美だ。
 簪から垂れる鎖に付いた蝶が歩くたびにひらひら舞い、派手すぎない艶やかな紫の着物からほっそりと覗く白い項(うなじ)は絶品で。顔の左側は流れるような前髪で顔が見えないが、振り向けば大層な美人のはずだ。それこそ、見返り美人も真っ青なぐらいに。
 こっちを向いて笑いかけてくれないかと、淡い期待をする男は多い。しかし近寄りがたいのか、祭で人が多いはずなのに、その美女の周りだけは人がいなかった。
 唯一近くを歩いているのは美女の連れらしい女性だけだ。

「…なぁ、帰らない?」
「来たばっかで何言ってンだ。今日は花火を見るんだろ」
「そうだけど、さ」
「俺の誕生日だ。精々楽しんでやらァ」
「もう楽しんだだろ」
「昨日はてめーの所為で誕生日なんかすっかり忘れてたからな。ほら、行くぞ」

 高杉に手を引かれて銀時が戸惑う。
 こんな人の往来が激しいところで堂々となんてことするんだ、このテロリスト。正体がバレてやばいのはお互い様だというのに。
 握られた手首をがしっと掴む高杉の指を外そうとするも、その力は強く解けない。

「……手、離せって」
「林檎飴食うか?」
「おい」
「今日は俺が奢ってやるぜ」
「じゃああの林檎飴買って、…じゃなくて。なぁ、聞いてんのかよ」

 高杉、と名前を特に気をつけ、誰にも聞こえないよう声を潜めて呼ぶ。
 銀時が呼ぶと、隣りを歩く美女が振り返り微笑む。──あぁ、こいつは性別だけでなく老若男女、無差別に相手を悩殺して困る。ほら、俺の後ろにいる若いにいちゃん達がどよめいてるじゃん。絶対に原因は高杉だよ。
 黒髪の美女──、もとい美女に扮した高杉が振り向いただけで歓声が上がる。微笑んだりなんかしたら、きっと死者が出るに違いない。
(なんでそんな美人なんだ。ってか、人の話を聞けよ)
 銀時が舌をちらりと出してあかんべーをした。こちらもやはり銀髪の付け毛でポインテール、薄紅の着物を着て、ばっちり女装が決まっている。
 一人なら目立たないかもしれないが、この二人が一緒に祭をねり歩いているのだ。目立たないはずがない。
 しかも高杉がちょくちょく銀時にちょっかいを出してくる。
 さっきは頬に綿菓子が付いている、とか言って銀時の頬をぺろりと舐めていたし、はぐれるからと言って何度も手を繋ぐ。女性同士でもそこまではしないだろ!という行動を高杉は遠慮なくしてくるので困る。

「あァ。聞いてるぜ?」

 高杉は立ち止まり、繋いでいた銀時の手を離すとちゅっと唇から出ていた舌の先端に吸いついた。

「──ッ、高杉!」
「静かにしろよ、目立つだろ」
「とっっっくに目立ってるし!!」
「ほら、もう襟が乱れてらァ。ちった女らしくしろ」

 高杉は銀時の乱れた浴衣を直す。いつも以上にしつこく、ベタベタ触りながら。その表情は楽しそうで、銀時は抵抗を諦め、されるがままになっている。

「銀時」
「…………なんでしょ」
「てめーの好きなモノって、結局何だったンだ?」

 きょとんと、銀時の赤い眼が見開く。
 こんな表情をする銀時は珍しい。高杉は胸元からそっと取り出した扇子を広げ、ククッと口元を隠しながら笑う。本当はいつも通り喉を震わせ思いっきり笑いたいのだろうが、女性の所作を出すため堪えているようだ。

「……言わせんなよ。ばか」
「てめーの口から聞きたいンだよ」
「──……ぎ、だよ」
「聞こえねェな」
「しね」

 笑いもおさまり、高杉の隻眼が鋭く光る。
 美女が野獣──じゃない、いつの間にか美女が獣になっていた。高杉の正体がバレるって、これ。
 銀時は慌てて話を逸らすため上を向くと、ちょうど一発目の花火が上がった。

「あー。言い忘れてたことがあるんだけど」
「なんだ、かき氷が食べたいのか」
「違う」
「じゃあ、あんず飴か」
「違う。食べ物じゃなくて…」

 言い澱む銀時が高杉の耳元へ近付く。
 今日は高杉が厚い下駄を履いているので身長差はほぼない。真横に高杉の耳があり、目があり、その美しく化粧を施された顔(かんばせ)がある。
 いつもと違う、見慣れない光景に躊躇うも、銀時は必死に言葉を紡いだ。

「……誕生日おめでとう」

 花火の音に紛れながら、銀時は囁く。
 昨日言ったけど今日は言ってないから、とぼそぼそ言い訳も一緒に。
 ──廓ではなく、旨い酒も三味線も芸妓もいない雑踏の中。自分は美女に扮し、暑くて窮屈な格好をしているので居心地は最悪だが。
 だけど、隣りに銀時がいるからいいか、と思わせる誕生日。
 銀時も女装していて美女とまではいかないが、なかなか可愛く着飾っている。
 これからどうしてくれようかと、銀時の首へ腕を回す。祭客に見えないよう着物の袖で銀時の顔を隠しながら、銀時の紅を引いていなくても赤く、林檎飴よりも美味しそうな唇を、高杉は己の唇で塞いだ。



[リクエスト]
銀さんが女装してお祭りデート、でした。
どうでしょうか?予想を裏切れていたらいいなぁ。
銀時さんの女装なんて普通かな?と思ったので、二人とも女装させてみました。
高杉さんは似合いすぎです(笑)
遅くなりましたが、リクエストありがとうございました!
次回は女体化です〜。



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