二歳差の恋と距離 04


 廊下から足音が響く。桂のいる教室の窓際まで聞こえるのだから相当な音だ。バタバタバタッとすごい勢いで近付いてくるそれは、世界最速記録を叩きだせそうな勢いで、夏休み中の学校でなければ先生に怒られるレベルの走り込みだ。
(ま、風紀委員もいないし大目に見るか)
 夏休み、補習の最終日で羽目を外したい気持ちは桂も解る。銀時でさえ高杉を誘って遊びに行くぐらいだ。高校三年の自分や銀時にとっては最後の夏休み、楽しまなければ、と教科書を鞄へ仕舞っていた桂を、教室の入口から誰かが大きな声で呼ぶ。

「──ヅラ!」
「ほう。珍しいな、高杉。お前が息を切らしているなんて」

 どうやら世界最速記録をめざして走っていたのは高杉だったらしい。荒い呼吸を繰り返し、額や首筋には汗が流れている。
 高杉が全力疾走する理由はひとつしかない。
 桂は高杉が教室へやって来た理由を知りながら茶化す。

「お茶でも飲むか?牛乳がいいか?買ってこないと両方ないが」
「それよりッ、銀時はどこだ!?」
「高杉のいる一年の教室へ向かったな。…入れ違ったのか?」
「あんの馬鹿!教室から動くなって言ったのに」
「携帯で呼びだせ……ないな。どうする?」

 銀時は携帯電話を持っていない。
 理由としては、単純にお金がかかるから。居候の身で松陽先生に負担は掛けたくないし、将来のために貯金をしたい、というのが銀時の言い分だ。まさに正論で、文句の付けようはないのだが。
 しかし、高杉や桂からしたら気が気ではない。
 銀時は週の半分はバイトをしている。事件や事故に巻き込まれ、何かあったらどうするのだと二人で説得したが、銀時は頑なに拒んだ。仕方ないので銀時のバイトが終わる時間に合わせ、それとなく高杉が迎えに行っている。
 高杉が銀時を迎えに行く。それが当たり前になっているので、補習が早く終わったとはいえ銀時が高杉の教室へ行くのは少し変だと思った。入れ違ってしまった今、引きとめればよかったと後悔しても遅いが。

「落ち着け、高杉。銀時の行動は解っているだろう」
「自販機は見に行った。下駄箱にもいなかったけど、靴はあったからまだ校内にはいるぜ」
「なら、校内放送でもするか?」

 ──ピンポンパンポ〜ン。
 三年の坂田銀時くん。待ち合わせをしている高杉くんがお迎えに来ていますので、至急教室までお戻りください。
(校内放送ってか、デパートの迷子放送じゃねェか)
 学校に来ている生徒や教師は少なく、部活動か補習組だけとはいえ、校内放送で呼び出すのはあまりにも可哀相だ。銀時は容姿も目立つので、後ろ指を指されるのは間違いない。
 それはないだろう、と常識から外れた不良の高杉でさえ思う。
 しかし、提案した桂は高杉より常識からかけ離れているらしい。クソ真面目な顔で名案だと威張っている。……本気だ。

「……ヅラ。銀時に殺されるぜ」
「なぜだ。どこが悪いというのだ?」
「どこがって、全部だろ」

 桂は当てにならない。それが良く解った。
 鞄を背負い直し、再び銀時を探しに行こうと高杉は桂に背を向ける。あと探していない場所は銀時がよく昼寝をする屋上と、こっそりお菓子作りをする家庭科室ぐらいだ。桂と手分けして探した方が楽だが、教室に戻ってくる可能性も考えて、桂にはこのまま教室で待機してもらおう。桂は使えないが携帯電話を持っている。

「──行くのか、高杉」
「あァ。屋上と家庭科室を覗いてくる。もし銀時が戻ってきたら連絡くれ」
「高杉」
「何度も呼ぶな。うるせェ」
「…銀時は手強いぞ」

 それでも諦めないんだな、走り始めた高杉の耳にも桂の言葉は届いた。
 ──…知っている。銀時は人一倍寂しがりで、なのに強くて、優しくて、したたかで、…弱い。そんな銀時を支えて、ずっと傍にいたいと思う。
(それだけじゃ、ダメなのか?)
 銀時のことを考えたら、ますます会いたくなった。もう末期だ。銀時がいないと何も見えない。
 高杉は銀時がよく昼寝をする屋上をめざして全力で廊下を走り始めた。


 軽音部、と達筆で書かれた札。
 これは嫌々ながら頼まれて高杉が書いたらしい。そろばん以外にも松陽先生は書道を教えており、高杉も習っていた。今現在はそろばんしか続けていないけれど、字は銀時よりも上手に書く。不良らしくない、まっすぐで几帳面な字。それがちょっと羨ましいのは内緒だ。
 札がぶら下がる防音室の扉を開け、銀時は室内へと入る。

「お邪魔します」
「銀時さま!お久しぶりっス」
「あれ。ここにも高杉いないの?」

 防音室の中には来島また子という軽音部の紅一点と、グラサンをかけてギターの練習をしている河上万斉がいた。
 銀時は軽音部の部員ではないので部室内へ入るのはこれが初めてだ。ただ、軽音部の部室が銀時お気に入りの昼寝スポット、屋上へ続く階段の脇にあるので場所だけは知っているし、高杉とよくつるんでいるので二人の顔は覚えている。

「晋助と出掛けるのはおぬしでござるか。白夜叉」
「白夜叉ってあだ名はやめろって言ってんだろ?」

 銀時の目の色が変わる。
 空気も一変し、殺伐とした修羅の雰囲気を纏う。銀魂高校へ転入する前は比類なき強さで攘夷高校に君臨し、一騎当千の猛者だったという、──そう、まさしく白夜叉だ。
(…晋助といるようになって、変わったでござるな)
 剣呑な空気が消え、挑発するような嘲りではなく、楽しそうに笑うようになった。それは高杉にも言えることだが。
 良い意味で、二人とも変わった。馬鹿というより阿呆になった。

「あほの坂田さん、でどうでござるか」

 言った瞬間、万斉の顔──、グラサンにむかって銀時の裏拳が炸裂する。グラサンは粉々になって吹き飛び、破片が散っていく。素顔が露わになったと思いきや、万斉は素早くポケットから予備のグラサンを出して掛けた。

「ふざけんな。グラサン割るぞコノヤロー」
「いやいや、割られたから。もう吹っ飛んでるでござるから」
「うるせーよ、グラサン」
「グラ…、ぬしも大概酷いでござるな。──…銀時どの……」

 万斉が呼ぼうとしたとき、銀時の後ろに不穏な影を感じて言い止まる。しかし時遅く、万斉の口からはすべてが出た後だった。
 いつからそこにいたのだろう。
 軽音部部室の入口に凭れるように立っていたのは、銀時が探していた高杉だ。
 口角を上げ、片目で万斉を見据える高杉は微笑んでいるようにも見えるが、目が全然嗤っていない。逆に殺気を感じるぐらいに不穏だ。

「万斉。今、なんて言った?」
「し、晋助。これは違うでござる!」

 高杉は他人が銀時、と名前で呼ぶのを嫌う。例外なのは桂と来島ぐらいだ。もっとも、来島は呼び捨てで呼んではいないが。
 殺される!と万斉が最期を覚悟している隣りで、銀時が嬉しそうに高杉を呼ぶ。

「あー、高杉だ。探したんだぜ?」
「銀時。てめー教室にいろって言っただろ」
「早く補習が終わってさ。いちご牛乳買ってから行ったら誰もいなかった」
「…………」

 高杉は無言で溜息を吐く。
 予想はついていたらしいが、これはかなりショックだ。
(──え、ちょっと。晋助はいちご牛乳に負けたでござるか?)
 自分の死亡フラグを消してくれた銀時に感謝しつつも、一生懸命探していたらしい高杉が不憫でならない。
 しかし高杉は慣れているのか。銀時の手を取ると来島へ話しかける。

「来島、悪ィな」
「いーえ。また子は晋助さまが喜んでくれればそれで十分っス!」

 楽しんできてください!と来島が高杉へ何かを手渡す。高杉は少しだけ口角を上げ、嬉しそうに何かを受け取ると、銀時の手を握ったまま軽音部の部室を後にする。
 ──高杉は振り向かない。
 一匹狼タイプの高杉を軽音部に入部させるまでずいぶん時間がかかった。当初は話しかけても無視され、睨まれ、とうとう万斉を見かけると迷惑だと逃げ出す始末。必死に万斉が頼み続けて土下座までしたのは苦い思い出だ。
 しかし、銀時は当たり前のように高杉の隣りにいる。
 高杉を笑わせるのも、怒らせるのも、悲しませるのも、喜ばせるのも……、今はすべて銀時が絡む。
 それが羨ましくもあり、妬ましくもある。(まぁ、晋助は今の方がいいでござるな)
 掛け心地の悪い予備のグラサンをくいっと上げると、何か言いたそうな銀時と目が合う。

「あっ、お邪魔しましたー!」

 高杉と繋いでいない手で、ぶんぶん勢いよく銀時が手を振る。
 ──あぁ。だから自分は白夜叉を憎みきれない。
 来島と一緒に、万斉は手を振り返す。銀時は笑っているし、高杉も満更でもなく嬉しそうだったので、よく解らないが今日はこれで良しとしよう。



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