別れ


 泣くなといったら、お前は怒るだろう。
 だから、泣いていい。
 我慢しなくていい。
 泣いていいから。
 無理して笑わないでくれ。
 俺の前で泣いてくれ。
 もっと強く、俺を求めてくれ。


 その日はちょっと風向きが悪かった。
 どんより曇っているせいか。
 いつも一緒の銀時がいないせいか。
 薄暗い世界は退屈にしか感じなかった。
(松陽先生の用事って、なんだろう)
 昨日別れ際に銀時が言った言葉が、頭を離れない。

「晋助!俺、明日はこないから」
「はァ?」
「寂しかったら、ヅラとでも遊んでくれ」
「ちっ。誰がヅラとなんて遊ぶかよ。
 なんで来ねェんだ?」
「松陽先生の用事」

 それしか言わなかったが。
 律儀というか、素直というか……。
 つまり、松陽先生の用事がなかったら来る気満々だったんだ。
 そう思ったら、その時は嬉しくて何も言わなかったけど。
 やはり、予想はしていたが。
 銀時のいない世界は刺激がなくて。
 緩慢で穏やかで。
 窮屈で息苦しくて死にそうだ。
(早く来いよ。銀時ィ)
 読んでいる本に集中できず、外の空気でも吸おうと立ち上がったときだった。
 荒々しく、玄関の戸が叩かれた。
 銀時ではない。
 それだけはすぐにわかった。
 銀時はめんどくさいと言って、戸も叩かなければ声も掛けない。
 しかも、玄関が閉まっていると確実に開いている裏の勝手口から入ってしまう。
 いや。この頃は声を掛けるようになったか?
(……俺の躾が良いから、な)
 あれこれ考えながら戸を開けると、そこには桂が立っていた。

「銀時を知らないか!?」

 桂は開口一番にそう言った。
 よほど急用なのだろう。
 珍しく息を切らして、なりふり構わず走ってきたって感じだ。

「いや。知らねェな」
「……そうか。どこへ行ったか心当たりは?」
「今日は松陽先生の用事があるといって、朝から見てない」

 嫌な予感が、した。
 松陽先生の用事。
 銀時の不在。
 桂のあせり具合。
 何かあったに違いない。

「どうかしたのか?」
「もし銀時に会ったら伝えてくれ。帰るな、と」

 そう言って急ぎ立ち去ろうとする桂の後ろには、探していた本人が立っていた。
 腕に小さな風呂敷を抱えて。
 いつからいたのだろうか。
 小刻みに震える銀時は、俺と桂の会話を聞いていたらしい。
 そして、すぐに理解したようだ。

「──何か、あったのか?」

 銀時が桂を問い詰めるが、桂は言いにくいのか黙って俯いてしまった。

「先生が急いで出かけろ、って。
 お客さんが来るから、どこでもいいから夜まで帰ってくるなって……」

 立ち尽くす銀時。
 何も言わない桂。
 言わないのではなく、言えないのではないか。
 起きてしまった、その凄惨な内容を。
 ふと、銀時の顔色が変わった。
 どす黒い煙。
 焼き焦がして燃える火のにおい。
 遠くの曇り空に、赤い炎が昇る。
 銀時は持っていた風呂敷を落とし、いつも持ち歩いている刀を強く握り締めるとこちらを振り返らずに走りだした。

「行くなッ、銀時!!」

 俺の叫び声も。
 桂の制止も、走りだした銀時には届かなかった。
 いや。誰も止められなかっただろう。
 剣を持った銀時は強い。
 本気で戦っても、勝てたことはない。
 だから、俺も桂も知っていた。
 先を走る銀時に、誰も追いつけないことを。
 先を行く銀時が、一番苦しむことを。
 銀時は一直線に向かっている。
 自分の住みか。
 学舎と、松陽先生の家がある方向へ。
 俺も見てわかった。
 燃えているのは、きっと松陽先生の学舎だ。

 ……静かに。
 だが確実に壊れていく俺たちの小さな世界。
 音をたてて崩れて。
 天をも焦がして。
 赤い炎は燃え続ける。
 そんな世界を、銀時は必死に受け止めようとしていた。
 燃える学舎を見つめながら。

 肩を震わせて声無く泣いている。
 憎しみを隠して。
 感情を殺して。
 ぽつり、と。
 消え入りそうな声で銀時は呟いた。

「また、なくしたみたい……」

 騙すように。
 誤魔化すように、振り向き。
 俺を見つみて、お前は一瞬だけ笑った。
 目に涙をためて。
 堪えきれない嗚咽を溢れさせて。
 そのまま、泣き崩れて。
 俺に縋りついて。
 喉が枯れるまで叫んで。
 ずっと、呼んでいた。

「松陽先生ィィイィィ!!」

 俺は、崩れ落ちる銀時を抱いて。
 流れる涙を拭って。
 泣きやむのを待つことしかできなかった。
 一緒に泣けたら、どんなに楽だっただろう。
 けど、泣けない。
 泣ける訳ないじゃないか。
 俺が泣いたら、誰が銀時を支えるんだ?
 誰が銀時を護るんだ?
 一番苦しくて悔しいのは銀時なんだ。
 腕の中で泣き続ける銀時を強く強く抱きしめながら。
 燻る憎しみを噛み殺した。



 あの気丈な銀時が泣いた。
 世界を壊すのに、それ以上の理由がいるのだろうか?

 銀時を悲しませる世界など知らない。
 お前を苦しませる腐った世界などいらない。
 ……そうだろう?
 飢えて。
 屍を剥いで。
 拾った刀で身を護って。
 言葉を喋れず。
 温もりも知らず。
 たったひとりで、必死に生きていたのだって。
 この腐った世界が悪いんじゃないか。
 お前が許しても、俺は許さない。
 お前を悲しませる世界など、壊れてしまえばいい。



 アァ、ソウカ。

       俺ガ、

    壊セバイイノカ。

 
オ前ヲ 泣カセテ

 苦シメル、コノ世界ヲ……


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