二歳差の恋と距離 03


『俺の代わりに、こいつがお前を守るから』

 約束は、覚えていなかった。
 子供の頃のこととはいえ、少しショックだったのを覚えてる。
 一緒に遊んだり、昼寝したり、おやつを食べたり、ひらがなを教えてもらったり……、他にもいろいろ忘れていた。
 けど、強がりに聞こえるかもしれないが、ショックを受けたが悲しくはなかった。
 銀時は俺のことを覚えていたから。
 何も覚えていなくても、俺のことをすぐに見つけた。
 それに──、銀時が覚えていないということは、一緒に見たあの夕陽や幼かった遠い昔日の思い出は全部、俺だけのモノってことだろ?
 足りなければ増やしていけばいいし。
 悲しくなんてない。傍にいる、という現実がとても……嬉しい。


 学校の、補習を行う教室に桂はいなかった。
 自分より先に出たのに、着いていないのはおかしい。ヅラだけにヅラが飛んで探しているのか。
 高杉が必死に自転車を漕いで最短記録を更新したから追い抜いた、とは絶対に認めない。銀時は高杉の苦労を無視して席に座る。鞄から教科書を出して補習の準備ができると、ふと朝の光景が気になった。
 くすんだ白い、うさぎのぬいぐるみ。
 高杉は女性から人気がある。同級生よりも年上のお姉さま系から声を掛けられることが多く、お菓子はもちろんアクセサリーや服などをもらう。
 しかし、あのぬいぐるみは最近もらったものではない。
 いつ、誰からもらったのだろうか。

「……見たこと、ある気がするんだよな」

 考えている銀時の前に、どんっ、といちご牛乳の紙パックが置かれる。
 これは学校の校内にある自販機で販売しているいちご牛乳ではない。一回り大きいサイズの紙パック。きっと通学途中にあるコンビニで買ったのだろう。
(ヅラのくせに寄り道かよ。生意気だ)
 そう思いながらも、まだ冷たい紙パックを手に取る。

「ありがとう。ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ」
「はいはい。先に出たくせにいないと思ったら、コンビニ寄ってたの?」
「そうだ。何か不満か?」

 一緒におにぎり買ってこいよ、と拗ねていた高杉を思い出しながら呟く。朝食がパンだと高杉はテンションが低い。抗議のつもりか、もそもそ美味しくなさそうに食べるのも特徴だ。
 周りから見ればいつもと同じ高杉に見えるだろうが、銀時的には少し違う。
 朝食がご飯のときは嬉々として自分から箸を用意するのだ。しかも美味しそうに食べるので、銀時は週の半分はパンではなくご飯にしている。
(俺も晋助に甘いなぁ)
 ちなみに一番甘いと思うのは松陽先生だ。桂もそれとなく甘い。年下の高杉を兄気分で面倒を見ているが、方向性を180度間違えていて、うざいおかんになっている。似合っているだけに残念でならない。
 銀時は桂からストローを受け取ると紙パックに刺す。

「違うぞ、銀時」
「あ?何が違うんだよ」
「高杉が食べたかったのはお前の握ったおにぎりだ。市販のおにぎりでは役不足だろう」
「おにぎりなんて、どれも一緒だろ?」
「銀時のおにぎりは家庭的で美味しかった」
「意味わかんないし」

 頬を膨らまし、むくれながらも銀時はいちご牛乳を飲む。冷房のない教室は朝とはいえ暑い。ぬるくなってしまう前に、いちご牛乳を補給しなくては。
 勢いよくちゅーちゅー吸う銀時を楽しそうに眺めながら、桂は気になっていたことを口にする。

「で、何を見たことがあるのだ?」
「………なんの話?」

 約一分前に自分が呟いた言葉を銀時は忘れていた。
 必死に思い出そうとする銀時。しかし考えれば考えるほど、いちご牛乳が美味しすぎるのが悪いんだ、冷たいいちご牛乳最高!といちご牛乳の国から戻ってこない。
 そんな銀時に桂が助け舟を出す。

「お前のことだ。高杉に関係することじゃないか?」
「──あぁっ!ぬいぐるみ!!」
「ぬいぐるみとは、高杉の持っている?」
「そう!白いうさぎの!」
「ふむ。確かに。随分と昔から持っているな」
「誰からもらったとか、知ってる?」
「知らん」

 桂も存在を知っているのに、誰からもらったのかは解らなかった。
 高杉は自分のことをぺらぺら喋ったりしないので、施設や知人でも知っている人はいないだろう。ますます謎が深まった。

「あと、今日は一緒に帰れないから」

 朝の通学は別々だが、帰りは用がなければ三人で一緒に帰っている。
 理由として、夕食や日常品の買い出しは人数が多ければ多いほど楽なのだ。銀時は自転車を持っていないのもあり、桂と高杉の自転車カゴに荷物を積み、自転車を押して帰っているのだが。

「今日は高杉と出掛けるんだ」
「泊まりは許さん」
「…なんで泊まり?夕食の支度があるから暗くなる前に帰るよ」

 はあっ、と大きな溜息を吐き、桂も鞄から教科書を取り出して準備を始める。
 銀時はあの露骨な高杉の態度に気付いていないのか。桂はともかく、銀時と他の人では高杉の対応に雲泥の差がある。
(──赤飯を炊くのは、まだ先だな)
 いちご牛乳と一緒に買ったお茶を一口飲み、ほっと一息ついた桂はコンビニ袋からんまい棒を取り出した。補習の前に、なぜか疲れたので栄養を補給するためだ。同じくコンビニ袋から渡しそびれていた飴の袋を出して銀時へ渡す。
 高杉は銀時に甘い。それと同様に、銀時も高杉を甘やかす節がある。自分に懐いている高杉を残して施設を出た負い目なのか、年下の高杉が可愛いからなのか、理由は定かではないが。高杉も甘んじて受け入れ、最近は落ち着いてきた。銀時と一緒にいるとき限定で年相応の顔をするようになったのがいい証拠だと思う。
(本当に、銀時が戻ってきてくれて良かった)
 銀時が戻ってくる前の高杉は荒れに荒れていた。松陽先生の前でも目に余る際どい態度や言動があり、施設の子供たちも高杉を恐れ近寄ろうとしないほど。

「…なんだよ。どうかしたのか、ヅラ」
「別に。ちゃんと帰ってくるんだぞ」
「ん?うん。夕ご飯はちゃんと作るって」

 美味しそうに飴を舐めながら銀時が答える。これから補習が始まるというのに飴を食べ始めて……、仕方がないやつめ、と桂は笑う。
(まぁ、銀時に甘いのは高杉だけではないしな)
 自覚はあるが、桂も高杉同様、銀時にたいへん甘い。言われてもいないのに、いちご牛乳と大好きな飴菓子を買ってくるぐらいに。




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