二歳差の恋と距離 02


 不釣り合いだといつも思う。
 二段ベッドの下の段で、顔部分に陽が当たらぬようカーテンを引いて眠る横顔。眠りは深く、静かな寝息が聞こえる。二歳という年の差を埋めたいのか、常に大人びた言動で背伸びしているくせに、その寝顔は年相応にあどけない。高杉も未成年で、しかも高校一年生だったと気付く数少ない瞬間だ。
 乱れた黒髪を梳き、優しく頭を撫でてやれば猫のように喉をゴロゴロ鳴らしたりはしないが頭を寄せてもっととねだる。そんな仕草もやたら幼くて。

「……寝てるとかわいいんですけど」

 どうしよう、と銀時はベッド脇にしゃがみ込む。起こしに来たはずなのに、これでは本末転倒だ。手が止まらないし、やめられない。
 反応もかわいいが、それをより増長させているのが腕の中にぎゅっと抱きしめている白いうさぎのぬいぐるみ。高杉の腕で顔はよく見えないけど、長くへたった特徴のある耳が腕から覗いているからうさぎだと解った。
 そっと腕を外し、高杉が固く抱きしめるうさぎのぬいぐるみを抜き取る。うぅん…、と不満げな声がするが起きる気配は一向にない。寝言だ寝言、と銀時は無視をして奪ったぬいぐるみを見分する。
(しかし、ずいぶんと年季が入ってるなぁ)
 定期的に洗っているのであろう。少し薄汚れてくすんではいるものの、抱き心地は良くふかふかだ。中の綿も入れ替えたりしているのだろうか。高杉のくせに。
 ほこりっぽい臭いはしない。むしろこれは洗剤や柔軟剤というよりも、──…高杉の匂いだ。昨日嗅いだから間違いない。そう、額を舐められたときに嗅いだから。
(…………)
 少し昨日を思い出していて、銀時の反応が遅れた。

「うわ…っ」

 ぬっ、と伸びてきた腕に抱きすくめられ動けなくなる。

「──…何してんだ、銀時」
「見てわかんない?晋助を起こしに来たんだろ。おはよう」
「ふーん」
「おはよう言わないと、ぬいぐるみ返さないよ?」
「……別に、いい」
「え?は…ッ」

 抱きすくめられたままベッドへと引きずり込まれる。すぐ振りほどけるはずなのに、今日はびくともしない。
 それどころか高杉はどんどん密接してくる。
 寝ぼけた高杉はタチが悪い。だから誰も起こしに来ないので、いつも同室の銀時が貧乏くじを引いている。こうなった高杉はしつこくて厄介だ。

「離せよ晋助!」
「てめーの方が抱き心地いいし…」
「ばっ、やめろって朝っぱらから!」
「朝じゃなきゃいいのか?」
「〜〜っ!朝も昼も夜もダメ!寝ぼけんのもいい加減にしろ!」

 銀時が膝で思いっきり腹を蹴り上げると、高杉の腕の力が緩む。それと同時に呻き声も聞こえてきた。不意打ちだったらしい。

「銀時…ッ!」
「離さない晋助が悪いんだろ!さっさと起きろ、メ・シ!!」

 ベッドから這い出ると、銀時は逃げるように部屋を後にした。
 この一連の行動を高杉は寝ぼけていていつも覚えていない。なぜか体のどこかが痛いので銀時に聞くと必ず怒られるので聞こうともしなくなった。
 銀時の去った部屋で一人、大きなあくびをして高杉は立ち上がる。と、なぜか抱いて寝ていたはずのうさぎのぬいぐるみが部屋の片隅に落ちているので拾い、感触を確かめるようもぎゅもぎゅ抱きしめて。
(俺って寝相、こんなに悪かったっけ?)
 考えるも答えは出ない。ひとしきり抱いて満足すると、ぬいぐるみをベッドの定位置に置いて制服に着替え始める。
 ──これが、銀時と高杉の朝の日常になりつつある光景だ。


 高杉は和食が好きだ。理由は簡単、パンより白飯だから。
 しかし料理を作り片づける銀時としては、大人数の調理や食器を洗う手間を考えるとパンの方が楽なので、朝はパンが出ることが多い。白飯が出ると高杉は密かに喜んでいる。
 しかし弊害もあった。和食はいまいち牛乳と合わないのだ。
 銀時との身長差を埋めるため、高杉は嫌いな牛乳を三食欠かさず飲んでいる。学校は弁当なので、紙パックの牛乳を買ってまで。
 ちなみに銀時が来る前の朝飯は食べていなかった。偏食で食べる物が偏っているのと、美味しいと感じなかったのが理由だ。
 銀時と再会してから、どんどん変わっていく。
 こんなにも、すべてが愛おしいと思えるようになった。一部を除いて。

「……米は?」
「晋助が遅いから残しといたおにぎりも食べられちゃったの。諦めてパン食え」
「そうだぞ。遅いから俺が食べてしまったじゃないか」
「「ヅラが食ったのかよ」」

 ヅラ──、桂は銀時と同い年の高校三年。高杉よりも前から施設にいるので一番の古株ということになる。
 面倒見はいいが小言がうるさいし、一緒にいると碌なことがない。高杉はコップに牛乳をそそぐと諦めて用意されているパンを食べ始める。
 桂は銀時と同じクラスなので、一緒に補習を受けるのだろう。
 もそもそ二枚目のパンを食べ始めたところで、いってきます!と玄関の方から小学生組と中学生組の元気な声が聞こえた。
 施設の責任者である松陽先生は剣道とそろばんを教えており、そういえば今日は剣道の試合だった気がする。白飯がないのは餓鬼共にお弁当を作ったから、らしい。せっかく銀時が俺のために残したおにぎり食べやがって。ヅラ許すまじ。
 しかし周りを見渡すと桂はいつのまにか消えていた。逃げるのだけは早い。
 食器を洗っている銀時に食べ終えた食器とコップを渡す。ごちそうさま、と一言いうのを忘れない。銀時が嬉しそうに微笑むのを知っているから。
(……終わンのか、あれ)
 大量に積み重なった洗い物を横目に、高杉は廊下に置いておいた鞄を持って学校へ向かうべく玄関へ向かう。

 時間がかかりすぎた。おかしいな、いつもはこんなに時間かからないのに。作り慣れない弁当と高杉のせいだ。いや、半分以上高杉のせいだ、正確には高杉の凶悪な寝ぼけグセだと銀時は胸中で愚痴る。
 高杉と桂、銀時の三人は同じ高校ながら銀時のみ徒歩通学だ。
 二人より早く出ないと間に合わないのに、二人はとっくに出てしまっている。
 夏休みの補習だし少し遅刻しても構わないか、と怒られるの覚悟で玄関の鍵を掛け、戸締りをして学校へ向かう。

「遅刻するぞ、銀時」
「……晋助?」

 慌てて玄関を出た道路の手前で呼び止められる。自転車に跨り、サドルに片肘をついて目を細め、眠そうにあくびをする高杉が待っていた。

「先に行ったんじゃないの?」
「馬鹿が。自分も出るってのに餓鬼の世話なんかして。俺より後に出たら間に合わねェだろ」

 早く来い、と手招きをして自転車の後ろに乗るよう促す。
 こういうの何ていうんだっけ。
 濡れ手に粟?溺れる者は藁を掴む?考えている時間もないので、銀時は急いで自転車の後ろに乗り込む。
 銀時が乗ったのを確認すると、高杉は一人増えて重くなった自転車を漕ぎだす。

「運転手さん、もっとスピード出してください!」
「あァ!?」
「けど安全運転でお願いします」
「誰のせいだと思ってンだ?」
「そりゃ勿論。全然起きない晋助のせい」

 ぐうの音も出ない。
 何も反論できないので高杉は無理やり話題を変える。

「トイレットペーパーは頼めたのか?」
「うん。中学生組に頼んだ」
「報酬は?」
「夕ご飯は肉たっぷりのカレーです」

 安上がりだな、と高杉は呟くとペダルを漕ぐ足に力を入れてスピードを上げる。銀時は座らずに立っているので、落ちないよう高杉の肩にしがみ付く。
 昨日はあんなに近づけたのにおかしい。
 自分から近付くのと、近付かれるのは違うらしい。
 今日は銀時の手ががっしりと握る、両肩が異様に熱く感じる。




[ 87/129 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]

[top]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -