01
部屋には不釣り合いなモノが転がっている。
基本、鬼兵隊の艦内にある高杉の部屋の中は物が少ないのだが、今日はちょっと違う。
照明を点けていないので薄暗い室内の片隅。月明かりが射し込む窓辺に座る高杉の傍らには高杉愛用の煙管盆が置かれ、その膝上には我が物顔で占拠する銀髪があり、甘栗の皮を剥く銀時が高杉の膝を膝枕にして寝そべっている。
硬くて寝心地はすこぶる悪いはずなのだが銀時に動く気配はない。
部屋に不釣り合いな栗を悠々剥いては一つ、また一つと銀時は高杉の口元へと運ぶ。
もう既に一悶着あったのだろう。銀時の前に積まれた栗の皮の中や、二人を中心に転がる大量の甘栗の中には潰れた栗も所々に見受けられる。
何を言っても退かないし、止めようとしない銀時に根負けした高杉は、文句も言わずに煙管をくゆらすのを止めて甘栗を食べていた。
「こんなに大量の栗どうしたンだ?」
「下のババアから大量に貰ったんだよ」
「へェ…?」
腑に落ちない高杉は煙管盆の煙管に手を伸ばす。
大量に貰ったとしてもなぜそれを高杉に持って来て、しかも食べさせるのか疑問が多々残る。
栗は嫌いではないとはいえ好物でもない。高杉の機嫌を取りたいのなら甘栗ではなく酒、──舌が肥えているので安酒ではなく高くて辛口の酒の選択が正しく、銀時もそれを知っているのでご機嫌取りではないのは解るが、高杉に食べさせる理由としては不十分だ。
むしろ甘栗は銀時の好物というのも気に掛かる。
今月は何かあっただろうか?高杉は煙管をくゆらせながら膝上に乗せられた銀時の後頭部の、梳くとはらはらと指先をすり抜ける銀髪を弄りつつ思考を巡らす。
気まぐれに会いに来る高杉に会いたいと言ってきて、今日という日付まで指定してきたのは銀時だ。しかし銀時の態度は普段と何も変わらず、別段変ったところもない。松陽先生の命日とも関係ないし墓参りは彼岸に済ましているので違うだろう。
──十月十日。この日に何の意味があるのだろうか?
もう一度考え直そうとして、高杉はふと気付く。
「…………あァ?」
突然声を上げた高杉に驚いて、高杉の口元へ甘栗を運んでいた銀時の指が止まる。栗を剥き続けているせいで薄黒く汚れた銀時の指を、煙管を持っているのとは逆の、髪を梳いていた手で掴み捕らえると、高杉は栗と一緒に甘噛みした。
「痛ッ!何すんだよ、高杉!!」
文句を言い抵抗する銀時を黙殺し、噛み付いた指に唾液を絡ませてしゃぶり付くと爪先を吸って解放する。
赤らんでしまった銀時の頬をおもしろそうに撫でながら高杉は呟く。
「銀時。今日はてめーの誕生日か」
「今頃気付いたのかよ。ちょっと遅いんじゃない?倦怠期の夫婦だったら確実に離婚モノだよね、これ」
噛まれた指先をさすりながら不機嫌そうに唇を尖らせ、ぷいっとそっぽを向く銀時。
高杉に背を向けているので表情は見えないが、これはかなり怒っている。──いや、怒っているというよりも呆れて拗ねているようだ。
忘れていたのは悪いと思うが、言わない銀時も悪いと責任転嫁して、高杉はそっぽ向いた銀時を呼ぶ。
「銀時」
わざとらしく溜息を吐いて、もう一度その名を。
甘く、痺れるような毒を孕んで。
「──銀時」
「…んだよ、馬鹿」
不貞腐れ、高杉を見ようとしない銀時の顔を覗き込んで視線を無理やり合わせる。諦めたのか、銀時は顔を逸らすのを止めて高杉へと向き直る。
頬の熱は引いておらず、ほんのり上気した顔。
昔から何一つ変わらない、眼光鋭き赤い瞳。
銀時は不満そうだが、反対に高杉は満足気に銀時の前髪を梳く。
「この栗はてめーの誕生日祝いか」
「……まぁ、そんなとこ」
「何で俺に食わせた。てめーが食えばいいだろうが」
答える気がないのか、再び態勢を戻してそっぽを向こうとする銀時の顎を捕らえる。──答えるまで、高杉は銀時を解放しないだろう。
睨みあうだけの攻防戦は銀時の諦めで幕が下り、ぼそぼそと言う気のなかった心中を吐露する。
「……誕生日って、祝うもんだよな」
「あァ」
「祝われると、嬉しいよな」
「普通はな。てめーは違うのかよ」
「えー」
銀時は違うらしく、押し黙ってしまう。正直に言うか言わないか迷っているらしく視線を数秒彷徨わせるも、銀時は言葉を続ける。
「俺が嬉しいなら何でもあり、……だろ?」
「てめーは俺に栗を食わせて嬉しいのかよ」
「んー。ちょっと違う」
高杉の膝に頭を乗せたまま、銀時は腕を伸ばす。
伸ばしたその手でそっと高杉の頬に触れると、嫌がらせかはたまた八当りか、思いっきり高杉の頬をつねる。
左目に巻いた包帯の上からつねられてもさほど痛くはないが、微かに高杉の眉が動き顰められた。
「俺の好きなモノを食べて喜んでる高杉が見たいっていうか、……まぁ、そんな感じ?言わなくてもそれぐらい察しろよ馬鹿」
ふぅん、と気のない返事をしながら、高杉は銀時との間合いを詰めて確信に迫る。
「俺が喜ぶとてめーは嬉しいのか?」
銀時の答えはない。
だがこれが銀時の答えだ。
「俺が喜ぶことなんて簡単じゃねェか。察しろよ、銀時ィ」
「──ッ、たかすぎっ」
自分が言った言葉を皮肉にもそのまま返され、銀時は言葉に詰まる。
そんな銀時を楽しそうに見つめながら、何も言えなくなった震える唇に舌を這わせて絡み付く濃厚なキスをした。
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