嘘つきの祝福 08


 走って走って、──息も出来ないほど走って。
 銀時は祭囃に誘われるように最奥の、暗く人通りの少なくなった階段を上り神社の鳥居まで来てしまった。
 膝は全力疾走したせいでカクカクと震え、荒い呼吸を繰り返す喉が悲鳴を上げる。もうダメだ、これ以上は体が保たない、と。しかし銀時は解っていながら走り続けた。
 絶対に追いつかれる訳にはいかない。
 ──今はまだ、高杉に会いたくないから。
 高杉は首を傾げ考えている風だったが、もうさすがに気付かれてしまっただろう。ならば尚のことだ。
 こんな筈ではなかったのに、と今更後悔しても遅いけれど銀時は逃げ続けた。高杉から完璧に逃げ切れないと頭のどこかで知りながら。
 後ろを振り向かずに走り続けた銀時の足は、境内に入ろうとしたところで遂に止まる。
 目の前には噂の当人、高杉が肩で息をしながら仁王立ちで待ち構えていたからだ。

「た……っ!?」

 一度も後ろを振り向かなかったので、銀時は高杉が途中から追わずに先回りしていたのに全く気付かなかった。一生の不覚だ。
 息切れしているので銀時は満足に言葉も発せれない。
 そんな銀時の肩を高杉は両手で掴んで捕らえると、境内の奥の社の裏へと連れて行く。

「はなせ…っ!」
「……離していいのか?」

 高杉のその一言に銀時は何も言えなくなる。
 大人しく連れられる銀時は、ふいに高杉の違和感に気付いた。掴まれた肩から伝わる高杉の体温。銀時より体温がやや低く、いつも触れると冷たい高杉の指が今日は火傷しそうなほど熱い。
 よく考えれば高杉は銀時の先回りに成功したのだから、銀時以上に走っているに決まっている。
(…俺を、捕まえるために……?)
 人混みを掻き分けて、先回りするために道とは呼べないような脇道を必死で走って来たのだろうか。

「──…ばか」
「あァ?馬鹿はてめーだろ。最後の最後で詰めが甘ェんだよてめーは。……で、銀時」
「なんだよ」
「さっさと言え」
「……だって、まだだし」
「何度も言わせるな。いいから言え、銀時」
「──っ、高杉」

 連れ込まれた社の裏は思ったとおり人は居らず、何かをするのは好都合だ。
 銀時は意を決して高杉に抱き付き、そっと高杉の頬に口付けを一つ落とす。軽い、触れるか触れないかの口付けだ。
 そんな口付けで高杉は満足せず、銀時の顎を捕らえると無理やり唇同士を重ねて舌を絡める。それは歯列を舐められ、唾液を交えるような深い口付けだった。
 満足した高杉に解放された銀時は暫し乱れた息を整えると耳元で囁く。
 ──明日言うはずだった言葉を。

「誕生日おめでとう、…高杉」

 銀時は高杉に二つの煙管を渡す。一つは奪った煙管で、もう一つは誕生日プレゼントとして購入した煙管だ。
 悩みに悩んだ挙句、買ったところを来島に見られたのは失敗だったが来島は高杉に何も言わなかったのだろう。明日誕生日だということを、煙管を見るまで気付かなかったのだから。
 高杉は銀時に奪われた煙管を懐に仕舞うと銀時から贈られた煙管をじーっと嬉しそうに眺めている。

「どんな煙管がいいのか見本として借りたんだけど、なんか返したくなくなってさ」
「オイ」
「え、嫌だった?桜の花」
「……いや。ありがとよ、銀時」

 すっと高杉の指が煙管に描かれた銀色の桜花をなぞる。
 優しく、愛おしげな所作で。

「ほんとはさ、龍の絵柄にしようかと思ったんだ」
「龍?」
「そ。縁起良いだろ?派手好きな高杉も好きだろうし。けど龍って辰馬を思い出すからやめた」
「てめーから貰ったモンであの黒モジャを連想なんかするか」
「俺が嫌だったの」

 二人は社の裏手に並んで腰掛けると、銀時は夜空を仰ぎ見る。

「ほんとは明日が誕生日だから明日渡したかったんだけどなぁ。まさか前日に来るとは思わなかったぜ。明日は祭りの最終日だから花火の打ち上げもあったのに」

 残念そうに呟く銀時の髪を高杉が梳く。
 まだ綿菓子が絡まっているらしく、ちょっと指が通りにくいので梳くのをやめて置かれた銀時の手に指を重ねる。
 反対の手で持っていた煙管は、大切そうに懐へ仕舞いながら。

「だったら明日も祭りに来ればいい」
「……へ?」
「俺の誕生日を祝ってくれるンだろ?」
「いや、今日祝ってるから明日はいいじゃん」
「今日はてめーが前祝いしてくれたから、明日は俺が祝う。それでいいじゃねェか」
「良くないって!!」

 何を言っているのだと銀時が叱咤すれば、高杉の隻眼が銀時に媚びるよう向けられる。
 いつも強引な高杉が銀時に媚びるなんて有り得ない。
 しかもその眼には銀時以外何も映っていなくて戸惑う。

「……嫌か?」
「嫌じゃねーけどよ、けど…っ」
「じゃあ決まりだ。今日と同じ時間に迎えに行く」

 変なことになった。
 今日は高杉の誕生祝いで存分に甘やかしたのに、明日も高杉の誕生を祝うって?
 しかも高杉自身で祝うってなんだソレ。……嫌なことしか思いつかない。
 だから誕生日当日まで気付かれたくなかったんだよ!
 なに俺を見てニヤニヤしてんだよコイツ!!
 あァァ!!やっぱり行きたくねェェエェェ!!!

 ──なぁ、高杉。
 明日のプレゼントは俺ですか……?




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