嘘つきの祝福 07


 繋いでいた手がふと消えた。
 銀時が歩を緩めたのは高杉にも解ったので、また何か別の屋台でも気になったのかと振り返る。財布を持っているのは高杉だから、買うのなら付き合わなければいけない。
 くるりと後ろを見れば、いるはずの銀時の姿はなかった。

「……あの馬鹿。また迷子になりやがって」

 そう、銀時が迷子になるのはこれが初めてじゃない。
 ──ひとりが嫌いなのに。
 他人からの好奇と奇異の視線も、ぽつんと置いて行かれる寂しさも嫌いなのに、銀時は高杉を試すようワザと迷子になる節がある。
 初めて一緒に祭りに行った日からこれまでに何度も祭りに来ているが、一緒に来るたび器用に迷子になる。あんなに離れないよう手を繋いでいるのに。
 手に負えない、と高杉は腰に手を当て立ち尽くすと反対の手で頭を掻く。

「……仕方無ェな」

 銀時が何度迷子になろうと捜してしまう自分もかなり手に負えない。呆れて何も言えないほど。
 甘やかしていると自覚しながら、高杉は来た道を全速力で戻る。
 こういう時の銀時は迷子になった場所で大人しく高杉が来るのを待っているはずだ。人混みを掻き分け、人の流れを逆走すること数分、銀時はお化け屋敷の前でしゃがみ込んで高杉の迎えを待っていた。

「……悪いな」
「この馬鹿」
「ごめんって。……ん?高杉の服、イカ臭い?」
「あァ?──あ、探してる時にイカ焼きを持った餓鬼とぶつかったからな。かき氷じゃなくて良かったぜ」
「なんで?かき氷だったら甘くて美味しそうでいいじゃん」
「てめーにはかき氷を頭から落としてやるよ」
「冷たいし濡れるから遠慮します。食べるの希望」

 ぶつくさ言いながら銀時は高杉の手を握ろうとして止まる。
 やはりイカ焼きの匂いが気になるらしい。しばし銀時は悩み、少し躊躇うも覚悟を決めたのか高杉の両腕をがっしり掴む。
 そして草むらへと高杉を連れて行く。

「……おい、銀時」
「何?」
「何、はこっちの台詞だ。誘うのは構わねェがこんなとこでイイのか?」

 言うや否や、高杉は銀時に思いっきり叩(はた)かれる。
 痛む頭を擦りじとり銀時を睨めば、逆に高杉は銀時に睨み返され一喝された。

「ばっかじゃねーの!ほら、いいから脱げ…っ」
「今日は積極的じゃねェか」
「違うって!!イカ焼き臭いから俺の着流し貸してやるってこと!」

 銀時は着崩している着流しを素早く脱ぐと高杉にひょいと渡す。下はいつもの黒のシャツとズボンだから着流しを脱いでも障りはない。
 しかし高杉は露出する胸元が気になるのか、暑くて半開きにしていたシャツのファスナーをジーっと鎖骨が見えるか見えないかまで上げる。

「…暑い」
「我慢しろ」
「ヤダ。首元が暑いんだって」

 高杉が上げたファスナーをじりじり下げる銀時。
そんな銀時の手に自分の手を重ねてファスナーを上げる高杉。
 上げては下げて下げては上げる無言の地味な戦い。一進一退の長い攻防の末、最初に諦めたのは高杉だった。

「──てめーが悪いンだぜ。銀時」

 耳元で囁くと、唇を胸元に寄せて口付ける。
 いや、キスなんて易しいモノじゃない。
 それは噛み付いたと言った方が正しいほど赤く鬱血してしまう。

「たかすぎ…、てめーッ!!」

 怒っている銀時をさらっと無視して高杉は渡された羽織りを着る。いつも銀時が羽織っている着物は、良くも悪くも銀時の匂いしかしない。──甘くて、抱き締めたくなる甘美な誘惑。
 ふと袖に違和感を覚え、高杉は袖に手を入れて確認する。袖の中を探る指先に何か細い物が当った。確認するためにそっと取り出したそれは、

「……ぎん…?」

 見慣れた煙管だった。吸い口と雁首は金で胴体の管部分、羅宇は黒檀で出来ている使い込まれた煙管。これは高杉が銀時に奪われた煙管に間違いない。
 だが──、あと一つ。それとは別に見知らぬ煙管が入っていた。
 羅宇の材質はやはり黒檀だろが珍しい。吸い口と雁首は銀で、羅宇には同じ銀で桜の花弁が描かれている。
 高そうなこの煙管は何だろう、と高杉が首を傾げながら銀時を見れば、銀時はやっと自分の失態に気付いたらしい。怒っていた顔を羞恥で真っ赤に染め、高杉の手から二本の煙管を強引にひったくると逃げるように駆けだした。



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