嘘つきの祝福 03


 こんな奴らに相談するのは間違っているのかもしれない。
 いや違う。間違っていると自分でも解っている。
 だが、他人事だと思って適当な相槌を打った万斉の言葉で八方塞がりになった高杉は、最後の手段を取った。

「銀ちゃんの好きなモノ……、アルか?」
「あァ。何か心当たりは無ェか?」

 常日頃銀時と行動を共にしているこいつらなら、銀時の好きなものが解る、──筈。
 銀時が外出したのを確認して、高杉は万事屋で暇をしていた神楽と新八の二人(と一匹)に聞いてみた。
 神楽と新八はソファに並んで座り、腕を組んで考え込む。考える、ということは心当たりや思い当たることはないらしい。
 静まり返った万事屋で、定春だけ高杉がふんぞり返って座るソファの後ろでアンアン吠えて騒いでいる。何か言っているようだが、何を言っているのか解らないので三人とも無視状態だが。

「銀さんなら、お金とか」
「新八。だからお前はダメガネ言われるネ」

 神楽が新八に厳しい突っ込みを入れた。
 ダメガネの意味がよく解らないが、高杉は合の手を入れず黙って聞いている。

「お金は欲しいモノで、銀ちゃんが好きなモノじゃないアルヨ」
「──良いこと言うじゃねェか」
「レディを舐めないでほしいアル!」
「なら、銀時の好きなモノってなンだ?」
「わかんないネ」

 長い時間考えて、神楽的には心当たりがないらしい。

「……役に立たねェな」
「けど、高杉さんと会う日はそわそわして銀さん嬉しそうですけどね」

 新八も心当たりはないが、役に立つのか立たないのか解らない微妙な情報を高杉に教えてくれた。
 それだけでも十分な収穫だ。
 神楽と新八の頭を礼だと言わんばかりに撫で回すと高杉は万事屋を後にする。
 銀時には黙っていろ、と口止めするのを忘れずに。



 銀時が喜ぶモノが好きなモノと仮定して、高杉は考え直す。
 女なら、花束の一つでも持って、お前に会いたくなったから会いに来たと耳元で囁けば喜ぶのだが、──銀時は男だ。
 花束で喜ぶようなヤツじゃないし、会いに来たと言ってもあの捻くれモンは内心で喜んで、表面上は普段と同じそっけない態度を取る。
 解りづらいし甲斐が無い。
 もっと正直に喜べばいいのに。

「喜ぶモノ、……かァ」
「なに、喜ぶモノ?簡単ではないか。老若男女、んまい棒を渡せば喜ぶぞ。おススメはチーズ味だ」

 路地裏を歩きながら悩む高杉の背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。
 真面目腐っていてどこかおかしく、電波でなぜか会話の肝心なところが噛み合わない天然ボケ。
 また、高杉にとって銀時の次に悩んでいる姿を見られたくない昔馴染みの声が。

「──久しぶりだな、高杉」
「勝手に人の独り言に入ってくるな。殺すぞヅラ」
「ヅラじゃない桂だ!高杉、おぬしが苦労する女人(おなご)とは一体どんな清純な乙女なのだ?」
「黙れ」
「それとも逆に悪女タイプか?」
「ばったり会ったら斬って良いンだよな?」
「失礼な。せっかく相談に乗ってやっているというのに」

 斜め上からの、保護者のような桂の物言い。
 高杉は昔からこの桂の態度とお節介なところが嫌いだと再確認する。
 しかも、桂からのアドバイスは役立ったことがなく、逆に事態を悪化させることが多いので相手にする時間が惜しい。
 無視して通り過ぎようとすると、桂に肩を掴まれて引き止められる。
 高杉が右手を鞘に伸ばし、望み通りに叩き斬ってやろうとした瞬間、その手は鞘ではなく軽やかな物体を掴む。

「これで相手をデートにでも誘え」

 桂によって握らされたのはお面だった。
 安モノの、踏んだら壊れてしまうようなプラスチック製。
 真っ白に塗装された表には黄色いクチバシと丸い目が描かれている。
 どこをどう見ても巫戯けたお面は、桂の横に立ってプラカードを持っている天人の顔と瓜二つだ。
 ──何を考えているのだ、この電波は。
 こんなの付けてデートなんかに誘った日には、気が狂ったと思われても仕方無いぐらい高杉には不似合いである。

「限定製作したエリザベスのお面だ。渡せば喜ばれるし、付けてプロポーズしようものなら両想いになれること間違いなし!もし逃げられても案ずることはないぞ。この先にある俺のバイト先のキャバクラには可愛い女子がたくさん居るからニャンニャンすればいい」

 バイト中だったのか、桂は高杉にお面を渡すと指差した店の方へ消えて行った。

「こんなの渡して喜ぶ相手なら苦労しねェよ」

 毒気が抜かれ、拍子抜けした高杉はお面のゴムを持ちくるくると回す。
 ゴムの張りが強いのかお面は勢いよく回り続ける。
 高杉がすっと指を抜くと、お面はあさっての方向へ勢いよく飛んでいく。拾う気は毛頭ないので、お面が落ちるのを確認せず高杉は路地裏を歩き出す。

「……何を渡せば喜ぶンだ?」
「花束とか、高価なアクセサリーでも渡せば喜ぶんじゃねーの?」
「そんな簡単な相手じゃねェんだ」
「どんな相手?」
「そうだなァ、…──銀時?」

 暗い路地に光が射す。
 現れたのは目に痛い銀色の、──欠片。
 ある意味、高杉にとって今一番会いたくない相手だ。

「ずいぶん困ってるみたいじゃん。もしかして、その相手って俺?」
「……違ェ」

 動揺を悟られたくない高杉は、平静を装い絞り出すように声を出す。
 それに気付いたのか気付いてないのか、銀時は高杉と視線を合わせずに高杉が落としたエリザベスのお面を拾う。
 ゴミを払い、銀時は自分の頭にゴムを掛けるとお面を付けた。

「ふーん。…思ってるのは、やっぱり俺だけなのかなぁ」

 空耳かと思うほど小さい銀時の声。
 それはお面に遮られ、くぐもってはいるが高杉の耳に届いた。
 ──掠れた、銀時の本音。

「銀時……ッ」

 咄嗟に高杉は振り返るが、もうそこに銀時はいなかった。




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