嘘つきの祝福 02


 銀時の好きなモノとは何だろう?
 幼少時代からの長い付き合いで銀時の嗜好を熟知しているとはいえ、改めて問われると困る。
 銀時は物に拘らない。身なりに頓着もしない。
 敢えて挙げるなら、食べ物は食べられる物なら何でも食べるが、銀時は甘い──、いわゆる甘味という糖の固まりを好む傾向がある。自分で作った物は格別に美味しいらしいが、ケーキやクッキーに団子、大福におはぎと甘味は和菓子や洋菓子関係なく好きだ。
 読むならジャンプ。良い年した大人が子供の読む物を読むなというのに、銀時は金欠であろうと毎週欠かさず購入している。
 打つなら麻雀や博打よりパチンコ。負けることなく、そこそこ出るので止められないんだとか。
 ──銀時の嗜好は手に取るように解る。
 解っているのに、問われると考え込んでしまう。銀時が求めるのは常に金で買えるモノじゃないからだ。家族や仲間、見えない繋がりや自分なりの信条を大切にして護ろうとするフシがある。
 だから、いつもの銀時相手なら高杉はこう答えた。

「てめーが好きなのは俺だろう?」

 耳元で甘く囁き、赤く柔らかな唇に自らの唇を重ねれば簡単に籠絡する。
 だが、今回は違った。
 高杉が動く前に銀時の方から高杉の唇に唇を重ね、高杉の言いたかった言葉を塞いでしまうとか細い、小さな声で高杉の耳元に囁く。

「よろしく……ね?」

 蠱惑的で、小悪魔のような微笑みを高杉に残して、銀時は万事屋へと姿を消した。
 高杉は追わなかった。
 ──否。追うことが出来なかった。
 戸からわずかに見えた銀時の横顔は、長い睫毛を伏せ気味に、今にも泣き出しそうなほど寂しげで。
 高杉を翻弄したとは思えないほど弱々しく、その体は震えていた。



 高杉は胡坐を掻いて煙管をくゆらす。
 使っている煙管はいつも愛用している煙管ではない。銀時に奪われたままなので別の煙管を使用しているが、詰める煙草の葉は同じでも違和感がある。

「……吸いづれェ」
「惚気でござるか?」
「オイ万斉。俺の話を聞いてなかったのか?」
「すまぬ。──時に晋助、ぬしの場合は吸いづらいではなく吸い付きづらいでござろう。それと、ぬしの噛みグセはそろそろ直した方が良いのでは?」
「ヘッドホン取らねェと俺が耳ごと斬るぜ」

 万斉に話したのは今日の銀時との顛末で、惚気ていないし、そんな艶っぽい話もしていない。
 高杉が鞘に手を伸ばすのをあざとく見ていた万斉は、冗談でござると言ったこと全てを撤回した。
 俺はボケが嫌いだから、次は本当に斬ってやろう。
 カン、と煙管盆に灰を落とす。
 場の空気が変わったのを万斉は敏感に感じ取ると、顎に手を当てて今度は真面目に喋り出した。

「──ふむ。白夜叉の性格や好みは知らぬが、それにしても変でござる」
「変?」
「晋助、おぬしの煙管を奪っての要求は解るが、その要求内容が曖昧すぎる。他に目的があるのではないか?」
「他に目的……?」
「ああ。おや、もう酒がないでござる。貰ってくる間、少し冷静になって考えるでござる」

 逃げるように万斉は高杉の居る部屋を後にする。
 苛立ちがピークに達した高杉は足を伸ばし、万斉の膳の脇に置かれた空の徳利を蹴り付けた。

「ちッ。万斉の野郎、まだ酒は残っているじゃねェか」

 とくとく…っと、零れた酒が畳に滲み込む。近くには万斉が置いていった三味線があるので掛かるかもしれないが、高杉は気にせずに考え続ける。
 銀時は高杉に隠し事をしない。
 ──正確には、隠し事をしないのではなく出来ないのだが、特に差異はないだろう。
 高杉は隠し事や嘘を見抜く洞察力が幼い頃より鋭かった。銀時も必死に隠そうとするも、一枚も二枚もうわ手の高杉に見破られてしまうので、開き直り飄々とかわすようになり現在に至る。
 銀時の行動に何か裏があるとすれば、それは勿論。

「──…俺の為、か…」

 それ以外は考えられない。
 銀時は昔から自分のことより赤の他人の為に動く。
 仲間を護る為、心に定めた信条を守り抜く為ならば危険を冒すこと、自分が傷付くことを省みない性分だ。

「てめーは馬鹿だから、……なァ」

 仲間に謀られても。
 売られても、──裏切られても。
 銀時は決して己を曲げない。

「──…本当に、馬鹿だ」

 よく知っている。
 性格も、行動も信条も。
 銀時の考えていることなら全て、手に取るように解るし、──何もかも痛いほど知っている。
 だからこそ、銀時の不可解な言動と行動の意味が高杉には解らなくて。
 吸い終えた煙管を煙管盆に置き、脇に置いてある万斉愛用の三味線を手に取ると撥を持って奏で始める。
 師から教わり、銀時が好きだと言って高杉が三味線を持っているといつも弾けとせがんでくる、──名を忘れた歌を。




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