嘘つきの祝福 01
気付いたら煙管が無かった。
いや、気付いたらという表現は間違っている。
高杉が起きたら隣りで寝ていたヤツもいなかったし、枕元の煙管盆に置いておいたはずの煙管も無くなっていた。だから、気付いたらではなく目覚めたらという表現の方が正しい。
起きたのは今さっき。日は上まできていないから昼前なのは解るが、それにしてもよく寝た。喚いて嫌がるが、抱き枕の抱き心地が良かったのだろう。時計を見て確認すると、あと一刻もすれば正午だ。
(……ヤり足りなかった、か)
布団に埋もれ寝転がったまま高杉は腕を伸ばす。隣りでヤツが寝ていたであろう場所は冷たく、体温も余韻も感じさせない。起きて抜け出したのは随分前だ。
足腰が立たなくなるまで可愛がってやったつもりだったのだが……。こんな悪さをするならもっと明け方までヤり続ければ良かった。次回は仕置きも兼ねてねっとり長々と抱いてやろう。
薬で嵌めていないと満足できないようにしてやろうか。
それとも、道具を使って焦らしまくった挙句、泣いて懇願させ自ら腰を振るように仕立ててやろうか。
ヤツが嫌がりながらも善がる様を想像し、高杉はほくそ笑む。
そして、いつも通り煙管をくゆらそうとして伸ばした指が止まった。
「……ちッ」
──煙管を奪った犯人は解っている。
煙管自体は高杉もいくつか持っているので、なくて困るというほどのものでもないのだが、やはり使い慣れた、いつもの煙管が気に入っているのも事実で。
高杉は不本意ながら、犯人の元へと向かうため褥を抜け出した。
犯人は玄関の柱に寄り掛かり気だるげに欠伸をする。
眠そうに目を瞑って。
ふぁ、と隠しもせず大きな口を開けて欠伸を終えると、細めた赤い瞳で犯人は高杉を見据えた。
「あれれ、…高杉。後ろんとこ、髪に寝癖がついたままで色男が台無しだぜ?」
「五月蠅ェ。煙管を返せ、銀時」
余程急いで来たのだろう。高杉の整った顔は汗一つ掻いていないが、ちょこんと後ろの方の髪が跳ねている。わざとだ、と言われればそこまでだが、それはきっと急いでいたので整え損ねた寝癖だ。
銀時の心境は複雑であった。滅多に会いに来ないのに、今日高杉が万事屋を訪れたのはそっと盗んだ煙管の為で……、虚しくなって銀時は考えるのを止め、高杉が気付かないようひっそりと溜息を零した。
──まるで、いつも会いたいのは自分だけみたいで。
会えないと焦がれて、会えるのを待ち侘びて。
実は会えると嬉しくて泣きたくなるなんて、……絶対、高杉になんか言ってやらないが。
複雑な心境を誤魔化すよう、銀時は強気な返答をする。
「やっぱり気付いたんだ?」
気付くとは思ったんだけど、と悪びれもせずに銀時は笑う。
心境を全く感じさせないポーカーフェイスで。
だが、高杉も黙ってはいない。
「──早く、俺が怒らないうちに返した方がてめーの為だぜ」
「ヤダ」
「……ッ、おい銀時」
「返して欲しいんだったら、俺のお願い聞いてくれる?」
「お願いだァ?」
上目使いで、赤い瞳が愁い気に強請る。
はっきり言って、これはお願いじゃない。
煙管という人質……ではなく、弱みを握った上での脅迫だ。
「誰が、」
「返してほしくないのぉ?」
袖から出した煙管を見せびらかす銀時は、嫌味なほどに妖艶で可愛らしい。こんな表情、閨の中でも見るのは稀で、一瞬見惚れてしまい高杉の動作が遅れる。
その間に銀時は煙管を袖の中に仕舞い、同じ言葉を繰り返す。
「俺のお願い、聞いてくれる?」
「──ちッ」
銀時が頑なに返さないのも。
また、銀時の言うがまま、素直に言いなりになるのも気にくわない。
だが煙管という弱みを握られている都合上仕方なく、高杉は高杉なりに譲歩して聞くだけ聞いてやることにする。
「言うだけ言ってみろ」
「なに、簡単だよ?」
片手を高杉の首へ宛てる。着流しから覗く白い指を伸ばし、ちょんと跳ねた高杉の後ろ髪の寝癖を弄りながら。
さも楽しげに銀時はにんまりと微笑む。
小悪魔の如く、悪だくみを思い付いた子供のような笑み。
高杉がしまったと思ってももう遅い。
銀時の心は決まってしまった。
悪だくみというか、──高杉へのある種の仕返し。
「俺の、好きなものを持って来てくれたら交換してやる」
これが高杉晋助にとって最悪の、──忘れられない一週間の始まりだった。
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