出会い
初めて出会った印象は白。
薄汚れていてもなお、汚れなき白い輝き。
一点の曇りもない、大きな瞳。
(子供?)
玄関の戸を開けると、高杉晋助の目の前には同じ年頃の子供が立っていた。
白髪ではなく、銀髪というのだろうか。
少し光沢のある白いくせっ毛。
泥でくすんだ頬。
痩せてはいないが細い腕。
腕に抱いた刀。
袖を通していない、羽織っただけの着物。
子供にしては似つかわしくない、人を射殺しそうな鋭い覇気。
荒い呼吸を繰り返しながら、それは少し見上げるように俺の顔を睨みつける。
「銀時を掴まえてください!」
家の奥から声が聞こえた。
寺子屋で聞きなれた、吉田松陽先生の声だ。
(ぎんとき?)
何の根拠もないが、すぐにわかった。
これが‘ぎんとき’だと。
俺の横をすり抜けて逃げようとするそれの手を掴むが、外見とは違う強い力で振り払われる。
行ってしまう。
そう思った瞬間、俺は咄嗟的に肩を押して地面に倒してしまった。
刀が飛んでいくのが見えたが、構っていられない。
暴れる体を馬乗りになりながら全体重で押さえつけ、もがく細い手を地面に縫い付ける。
「──っ!!」
体の下で暴れ続けるそれは、子供というよりも獣だった。
人に慣れていない。
愛情も知らず、躾されていない野生の獣。
「おい、暴れんなって……、うわッ」
気付いたときには遅かった。
もがく手で、玄関脇に汲み置かれていた水桶をひっくり返してしまったのだ。
二人ともびしょびしょに濡れて、暴れ続けたそれはやっと止まった。
(コノヤロウ、いい根性してやがる)
止まったというか、それは敏感に気付いたらしい。
高杉の殺気に気付いてゆっくり振り向く。
びしょ濡れの俺を見て、再び止まる。
「……」
「桶をかぶった俺がそんなに変か、コラ」
凄んでみるが、反応はなかった。
(なんだ、コイツ……)
静かになったそれは、俺の下からのろのろ這い出る。
羽織っただけの着物の土を払いながら。
やはり、俺を見つめ続ける。
「おい……」
言葉はそこで止まった。
濡れていない着物の裾で、俺の頭をごしごしと拭きだしたからだ。
自分だって濡れているというのに。
小さな手で力任せに拭かれているというのに。
なぜか心地よくて、俺は止めさせることができなかった。
*
びしょ濡れになった俺達を見て、松陽先生は笑っていた。
「巻き込んですみませんね。銀時も謝りましたか?」
「……」
それの名前は銀時。
汚れていたので風呂へ連れていったら暴れて逃げだしたと、松陽先生は教えてくれた。
逆を言えば、それ以外は教えてくれなかった。
誰の子供なのか。
どうして髪が白いのか。
刀を抱えて手放さないのか。
本人に至っては、松陽先生の後ろに隠れて俺の様子を窺うばかりだ。
「では銀時。一緒に風呂にでも入って仲直りしてきなさい」
「えっ!?いや、大丈夫です」
「濡れたまま帰すわけにもいきませんし」
松陽先生の申し出をどうして断れなかったんだろう、俺。
いや、正確には。
どうしてほっとけなかったんだろう、俺。
断り帰ろうとする俺を引きとめたのは銀時だった。
松陽先生の後ろから小さな腕を精一杯伸ばして、帰ろうとする俺の着物の袖をひっぱって引き留める。
振り払って立ち上がると、次は足首を掴んで離さない。
身動きがとれず、無理やり振りほどいたら泣きそうな顔でしょんぼり俯いてしまった。
(しょうがないなァ)
「……いくぞ、銀時」
声を掛けたら嬉しそうに付いてきて、今に至る。
そう。なんでか知らないが、今日初めて会ったやつと一緒に風呂に入っている。
風呂といっても、風呂場に置かれたタライの中だが。
(狭い…)
しかし、タライから出ることはできなかった。
タライから出ようとすれば、銀時が腕を掴んで嫌がる。
風呂に連れて行こうとすれば、銀時がタライを掴んで拒む。
どうしようもないので、銀時が飽きるまで一緒に湯につかっていることにした。
先生が言うには、初めての風呂が怖いらしい。
もっと言うと、同じ年頃の子供が珍しいらしい。
今までどんなふうに生きてきたのだろう?
先生だって詳しく教えてくれないし、銀時は銀時で言葉は理解しているようだが全くしゃべらない。
(……考えてもしょうがねェか)
腕を伸ばして風呂の隅に置かれた石鹸を取ると、両手で泡だて始めた。
「ほら。体洗ってやるから腕よこせ」
銀時のよこした腕は、待ち構えていた俺の手をすり抜けると白い泡をふんだくってタライの外にばら撒いた。
ふわふわ風に揺れる泡は、風呂場の中を真っ白に染めていく。
風呂場だけじゃない。
けらけら楽しそうに笑うクソ餓鬼は、白い泡を俺の頭にのせてはもっと作れとせがむ。
自分も泡まみれになりながら。
刺激がない退屈な世界を、お前が変えた。
まだまだ、全然物足りない。
こんなんじゃ、満足できない。
だから、この乾いた焦燥をお前で埋めてくれ。
塗りたくった、白い泡のように
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