星祭りの願い


 ──願っても。
 いくら願っても叶わないのなら、願う意味はなんだろう。
 短冊に込める意味はなんだろう。


 夜も更け、ネオン輝くかぶき町の商店街入り口。
 そこには七夕恒例となった、大きな笹が街灯に結わえつけられて立っていた。笹が結わえつけられている街灯の根元には短冊とボールペンが用意されており、誰でも簡単に願いを短冊に書いて吊るすことができる。
 晴れた日が続いたのとその手軽さもあって、願いが書かれた短冊は満員御礼で笹いっぱいに吊るされていた。特に下の葉は子供達が書いた短冊で埋め尽くされ、他に短冊を吊るせるのは上の方、目線よりやや上は若干だがスペースが空いている。てっぺんの、大人でも手が届くのがやっとの高さの笹は付けられないらしくガラ空きだ。
(こんなに短冊があったら願いなんて叶わねェだろ)
 第一に数が多すぎる。
 少なければ短冊も見やすいだろうが、ここまで大量だと叶えてくれるであろう誰かも見るだけで疲れてしまう。願うだけ損だ。
 夜半に万事屋へと歩いていた高杉は無視して通り過ぎようとしたが、街灯の手前で突然立ち止まる。

「何してンだ、銀時」

 高杉は笹に紛れる、見慣れた銀髪を見つけた。
 夜でも街灯に乱反射する銀髪は遠くからでも目立つ。
 銀時は街灯に掴まりながら、必死に背伸びをし、腕を伸ばして高い位置の笹の葉に短冊を吊るそうとしていた。

「──…高杉?」

 振り向いたのは、夜でも異彩を放つ赤い瞳。
 その瞳は高杉を映すと驚きで揺らぐ。高杉は幕府に追われる身。こんな商店街の入り口で会えるような相手ではない。
 困惑しながらも嬉しそうに、おずおずと高杉へと近寄る銀時は、ふと自分の手に握ったままの短冊に気付き両手を後ろに回して隠した。
 夜中に一人、こっそりと短冊を吊るしに来た銀時。
 下が埋まっているとはいえ、高い位置は見づらく短冊に書いた願い事を見られる心配は少ない。
 ──誰にも。それが高杉であっても。
 短冊に書いたことを絶対に見られたくないらしい。
 固まったように銀時は動かなくなり、高杉と一定の距離を取ると逆に後ずさりを始め逃げようとする始末だ。

「上に短冊を付けたいのか?」
「別にいいよ。高杉、俺より背小さいから無理だし」
「はッ。馬鹿にすンじゃねェ」

 逃げる銀時を高杉は腰を抱えて捕らえる。
 銀時は慌てて高杉の首に手を回して掴まり、耳元で文句を言うも高杉は止まらない。あっという間に足は地面から離れ、腰元に高杉の頭がくるほど持ち上げられてしまった。
 見上げてくる高杉の視線に催促され、銀時はしぶしぶとてっぺんに近い場所に短冊を吊るす。
 もう吊るしたからいいだろ、と投げやりに言うと、銀時はようやく高杉から解放された。
 この細い腕のどこにそんな力があるのだろうか。
 照れて正面から高杉の顔を見れないので、仕方なく高杉の手を見つめながら銀時はありがとうと礼を呟く。
 高杉は何とも思っていないらしい。あァ、と頷くと銀時の髪を梳いてくっついた笹の葉を取っている。

「……何を書いたか、見ないの?」
「見られたくないから短冊を上の方に付けようとしたンだろ?そんな野暮はしねェよ」
「へぇ」
「で、何を願ったンだ?」
「見ないんじゃなかったっけ?」
「見ないが聞かないとは言ってねェ」

 何この俺様な高杉サマ。
 優しさに一瞬絆されそうになったが、やはりコイツは高杉だ。
 なら尚更、何を願ったかは知られたくない。
 知られる訳にはいかない。
 銀時が適当に誤魔化そうとした矢先、

「「あ」」

 結んだ紐が緩かったらしく、銀時が吊るした短冊は風に流され、何処かへと飛ばされてしまう。
 追おうとする高杉を、銀時が腕を引いて制止する。

「……いい、から」
「あァ!?」
「もういいから。追わなくても…」
「銀時、てめーの願いを諦めるのか?」

 高杉は短冊を追って走り出す。
 短冊は商店街とは反対の、道路向かいの土手へと風で流されていく。高杉も車を避け、道路を横断すると暗い闇の中で短冊を見つける。
 ゆらゆら揺られ、地面すれすれを漂う短冊。
 腕を伸ばし、草むらに落ちる手前でなんとかキャッチをする。
 ほっと安心したのも束の間。

「高杉、危ねぇ…っ!」
「あァ?」

 ふと下を見ると、土手の向こうは川だった。
 暗転する景色。
 助けようとした銀時と共に、高杉は銀時と縺れ絡まりながらごろごろと土手を下り落ちて川へと勢いよく落下した。
 ──…バッシャーーン!!
 浅い川に派手な水飛沫が上がる。
 川は浅く水かさもない。二人とも怪我もなく何ともないが、高杉も、高杉を助けようとした銀時も尻もちをつくように川に浸かってしまった。

「たかすぎっ」
「安心しろ銀時。短冊は無事だぜ?」
「ばっかじゃねーの!」
「怒るなよ。ちょっと水に濡れたけど破れてねえェ」
「そういう問題じゃねぇ!!」

 無事を主張するために高杉は手を上げて短冊を見せる。
 しかし、短冊からはみ出んばかりの銀時独特の大きな字のせいで、書いてある願い事が高杉に見えてしまった。

「……銀時。てめー、何を願ってンだ」
「あッ!?見ないって言っただろ、…高杉のばか!!」

 銀時は顔を真っ赤にして怒ったと思ったら、逃げようともがき始める。
 そんな僅かな抵抗も許さず、高杉は銀時の両手首を両手で掴むと、無理やり顔を上げさせた。
 高杉の胸に顔を埋めて隠そうとするのも許さずに。

「俺に言えば、こんなのいつだって叶えてやらァ」
「ばか」
「ちゃんと言わねェと叶わないぜ、銀時」
「……ばか」

 見つめる高杉の鉄色の眼が痛い。
 悪態しか言わない銀時も、逃がしてくれない高杉に諦めたのか、やや俯いて口ごもりながらも願いを口にする。

「────…っ」
「それは俺が叶えただろ?他にねェのか?」
「……もう、他に願いなんてねーよ」
「そうかァ?」
「高杉にも、願いってあるのか?」
「俺にだってあるぜ」
「世界をぶっ壊すとか、将軍を殺すとか真選組を潰すとかだろ?血生臭くて嫌だねぇ」
「それは有言実行で叶えるから、願いじゃねェ」
「え、そうなの?」

 顔を上げて、銀時は高杉を見つめ返す。
 自分だけを見つめる、その端正で整った顔を。

「俺も、てめーに会いたかった。抱いて、弄って、善がらせて、ドロドロに溶かして俺に嵌めて……」
「それ、願いなの?」
「…有言実行するから、これも願いじゃねェな」
「ダメじゃん」

 くすくす笑って、銀時は高杉の頬に口付ける。
 ──高杉に会いたい。
 その願いは叶ってしまったから、次は何を願おうか?
 俺様で神様な高杉サマはきっとなんでも叶えてくれるだろうから、今夜は閨の中で一緒に考えてもらおう。
 織姫と彦星も出会えただろうか?
 びしょ濡れに濡れた川の淵で、二人は抱き合ったまま天の川を見上げた。
 叶えてくれたのは神様ではなく傲慢で俺様なヤツだったけれど。
 願いごとは、願えばいつか叶う。




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