花泥棒


 雨の音がする。
 窓の外で遠慮なく、優しいけど残酷に世界を塗りつぶす、──雨。
 シトシトと春に降る雨は嫌いだ。いや、雨は天パが一段と荒れるので季節を関係無く好きではない。
 でも、大嫌いにはなれない。
 昔は雨が好きだったと、銀時は遠い記憶を呼び起こす。
 雨が降ると外で遊べないので、銀時はよく高杉の家に入り浸っていた。高杉の家は裕福なのでお菓子もたっぷりあるし、高杉も文句を言いながらも遊んでくれるから。
 ──笑って。
 遊んで、…また笑って。
 そんな穏やかな日々が続くとばかり思っていたのに、いつから狂ってしまったのだろう?
 思い出したくなくて、銀時は目を開けた。
 短い昼寝から目覚めて窓を見ると、外はやはり雨が降っている。暗く鉛色の空からは激しくはないが小粒の雨が降っていた。
 もうすぐ止むのではないだろうか。軽やかな雨音は寝る前より少しだけ小さくなっている気がする。

「……なに、これ?」

 枕元には木刀と一緒に桜の枝が置かれていた。
 枝は太く立派な大きさだ。銀時の半分以上の身丈があり、わざわざ万事屋の、銀時の寝室まで持ってくるのは雨が降る中だと大変苦労したと思う。
 桜の蕾もあることにはあるが、枝には薄紅色の桜花が咲き乱れている。きっと雨が降る前に手折られたのだろう。花は全く散っていない。
 しかし乱暴というか、凶悪な輩に手折られたものだ。枝の折られた箇所は刀で切られたような鋭い切り口で両断されている。
 その乱暴で凶悪な輩は、銀時の思いつく限り一人しかいないのだが──…。
 寝室の布団から起き上がり、隣りの客間から漏れる光と、白い紫煙に気付く。枝を手折った花泥棒はまだ客間にいるらしい。
 意を決して桜の枝を持ち、客間と寝室の仕切りの襖を開けると、客間は紫煙で充満していた。
 原因はソファに踏ん反り返って座りながら煙管をくゆらす高杉である。

「うわっ!?部屋ん中が真っ白じゃねーか!」
「…てめーが起きねェのが悪ィ」
「いつも煙管吸うなら窓開けろって言ってんだろ!」

 文句を言いながら銀時は桜の枝を机に置き窓を開ける。雨は止んだようなので、高杉への嫌がらせに全開にしてやった。

「てか、俺ソファで寝てたはずなんですけど」
「気にするな」
「すげー気になる」
「チャイナ娘に言われたンだよ」
「神楽に?なにを」
「…………」
「めんどくさがるな!反抗期の中二か!?」

 あれは遡ること数十分前。
 高杉が万事屋を訪れ何度も呼び鈴を押すと、嫌そうな神楽が出てきた。

「何しに来たアルか、片目」
「見て解んねェか?」

 高杉が肩に担いでいるのは桜の枝。
 雨に濡れないよう、ご丁寧に透明なビニール袋に入っている。

「…負けないアル」
「あァ?」
「銀ちゃんを喜ばすのは私アル!」

 神楽は廊下を走り居間の方へと向かうと、がま口財布を首から掛けて、白い巨大な犬を連れ飛び出して行く。

「おい、銀時は?」
「ソファで寝てるアル!すぐ帰ってくるから、悪戯しないで待ってるヨロシ!!」

 そんなこんなで、高杉は昼寝中の銀時しかいない万事屋で大人しく留守番をして待っていたのだ。
 大人しく待っているのもつまらないので、高杉は銀時を布団へ運んだり、ちらりと覗く首筋に噛みついて痕を残したり、服の上から乳首をちょっと弄って遊んだりしていたが、銀時は一向に起きない。
 反応がない銀時に飽きて高杉は客間で一服して寛いでいた。

「…てか、何しに来たの?」

 銀時が高杉の隣りに座り問い質していると、噂の神楽が定春と一緒に帰って来た。
 その手には銀時の好きな甘味の桜餅を持って。

「銀ちゃん、雨止んだアルヨ」
「午後から晴れるって結野アナが言ってたもんなぁ」
「…桜餅、嬉しいアルか?」
「あぁ。嬉しいわ。ありがとうな」
「ふふん。私の勝ちアルな」

 銀時は嬉しそうに桜餅を食べ始める。
 勝ち誇る神楽の向かい。
 銀時の隣りで、高杉は意にも介さず懲りずに煙管をくゆらす。

「高杉、なんか勝負してたの?」
「……らしいな」
「桜餅はやらねぇぞ?」
「いらねェ。てめーのだろ」
「ちぇ。銀さんが優しく慰めてやろうとしてんのに」
「俺は負けてねェし、満足してるから良いンだよ」

 負け惜しみアルか?と神楽が勝ち誇った顔で高杉に聞くと、高杉は珍しく正直に答えた。

「俺は、──銀時。てめーと桜が見たかった。場所はどうであれ、今一緒に見てンだろ?だから満足なンだよ」

 そう言って、高杉は優しく銀時の髪を撫でた。
 桜餅を食べる銀時の動きが止まる。
 目を見開いたかと思ったら、恥ずかしそうに頬を染めて。

「あー」
「…仕方ないアル」

 銀時と神楽が目配せして頷き合う。何も言わずとも意見は纏まったようだ。
 もぐもぐと口の中の桜餅を嚥下すると、銀時は立ち上がり台所へと向かう。

「神楽、押し入れにしまってあるアレ探してくれや。大江戸スーパーの袋に入ってるはずだから。お菓子は三百円まで。…5個で足りるか?」
「6個!!」
「あと、悪いけど残りの桜餅を入れる風呂敷かなんかも用意してくれる?」
「わかったアル!」

 忙しなく動き出した二人を高杉が怪訝そうに見ていると、神楽に服の裾を引っ張られて銀時の寝室へと連れて行かれる。

「タンスの中から、好きな風呂敷を用意するヨロシ」
「風呂敷ィ?」
「善は急げネ。早く探すアル」

 神楽に急かされて、高杉は箪笥から風呂敷を探し始める。
 一応箪笥内は整理されていたので、風呂敷はすぐに見つかった。高杉は数枚ある風呂敷の中から、話からして桜餅を入れるらしいので春らしい桜色の風呂敷を二枚取り出す。
 少し柄が違うので後で銀時に選ばせることにしたのだ。
 台所でバタバタしている銀時に風呂敷を渡すと、高杉は再び寝室へ戻る。
 問題は神楽の方で、押し入れを荒らすが一向に目的の物が見つからないらしい。仕方なく高杉も手伝い、二手に分かれて探すことにした。

「大江戸スーパーの袋を探すアル!」
「どれぐらいの大きさだァ?」
「ジャンプ二冊分くらいネ」
「…この中にあンのかよ」

 高杉と神楽の二人で押し入れを隈なく探し、目的の物が見つかったのは探し始めてからニ十分ほど経ってしまっていた。
 二人が客間へ戻ると、玄関の方から新八が入ってくる。

「あ。高杉さん、神楽ちゃん。おはようございます」
「ちっ、ダメガネのクセにタイミングいいアルな」
「神楽ちゃん!?」
「銀ちゃーん!新八が来たから3個追加アル!!」

 数分して台所からやっと出てきた銀時は、小さな風呂敷を新八に渡し、大きな風呂敷袋を自分で抱えて玄関へと向かう。
 高杉は銀時に手を引かれて、これから何処かへ出掛けるのだと知る。
 何処へ行くかは誰も言わない。
 銀時は勿論、餓鬼共も知っているらしいが、高杉を驚かそうとして頑なに教えようとしないのだ。

「銀さん、また雨が降ってきましたよ」
「マジで!?」
「すぐ止みそうですけどね」
「じゃあ決行だな。行くぞ!」
「すみません。傘ないので借りてもいいですか?」
「いいぜ、俺の使えよ。…そうすっと、俺の傘がねぇのか」

 銀時が悩んでいると、階段下で高杉が傘を差して待っていた。

「銀時。早く来いよ」
「──…ん」

 階段を駆け下りて、銀時は高杉の番傘へと飛び込んだ。
 この中で一番大きい高杉の傘は、男二人が並ぶと窮屈だが仕方無い。
 高杉は傘の持ち手を銀時に渡すと、濡れないよう銀時の肩を抱いて密着し、重そうな荷物を代わりに持つ。桜色の風呂敷からは、美味しそうな匂いが溢れてくる。
 何処へ行くかはなんとなく予想がついた。

「雨、止むといいんだけどなぁ」
「何処へ行くンだ?」
「──花見。俺と、桜が見たいんだろ?」

 ちょっと照れたのか桜色に頬を染める銀時。
 この桜色に齧り付きたいと思いながら見上げると、青空の広がる天気雨の中で満開の桜が咲いていた。
 餓鬼共がいるのは気にくわない。
 けど自分の隣りで銀時が花のように明るく、嬉しそうに笑う。
 一人で酒を片手に月明かりの下で眺める夜桜もイイ。
 しかし、傍らに銀時がいるだけで満たされるのはなぜだろうか。
 先を行く神楽達と少し離れて、高杉と銀時は雨に混じり桜花が散る中をゆっくり歩いた。


(2011.3.30〜2011.4.19)



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