銀時さんのホワイトデー
なんとなく解る。
やつは必ず日を跨ぐ直前に来るだろう。
──気付かれてはいけない。
俺が万全の態勢で待ち構えていたことを。
悟られてはいけない。
隠しごとはすぐに解ってしまう、勘が鋭い相手だけど、俺にはとっておきの秘策があるってことを。
仕切り戸の向こうで、あえて鍵を閉めていなかった玄関が開く音がした。
ソファに横たわりジャンプを読んでいた銀時は、顔をあげて不法侵入してきた来訪者を見やる。
紫色の派手な女物のような着物に、柄は好んで着ている蝶が舞い。
腰に帯びた鞘拵えの刀。
左眼に巻かれた包帯。
凛々しく一睨みで敵だけでなく女をも射殺せそうな面立ちは、今は残念なことに不敵な笑みを浮かべている。
幼馴染みでテロリストで鬼兵隊総督の、高杉が客間へと入ってきた。
「邪魔するぜ」
「……いらっしゃい、なんて言うと思う?今何時だと思ってんの?」
「23時50分」
「良い子は寝てる時間だからね」
「一緒に寝るか?」
「いいぜ?てめーを永遠に眠らせてやるよ」
「今日はやけに積極的じゃねェか」
「死ね。てか死んで?」
「てめーも死ぬほど善い思いさせてやってンだろ?」
「意味違げーし」
「ぼさっとしてねェで、早く茶ぐらい出せよ」
勝手に向かいのソファに腰を下ろす高杉を待って、銀時はジャンプをソファに叩きつけて立ち上がる。
苛立ち怒っているように。
気だるそうに頭を掻きながら。
わざとらしく欠伸もして台所へと向かう。
「あ。茶っぱがないわ。コーヒーでいい?」
「…仕方無ェな」
──ここまでは銀時の予定通り。
高杉が日付の変わるギリギリに来ることも。
茶ではなくコーヒーを淹れることも、全部怖いぐらい順調に事は進んでいる。
沸騰したお湯をカップに注ぎ、インスタントのコーヒーを高杉と自分の分で2つ用意した。
高杉のコーヒーには、あるモノを入れて掻き混ぜる。
ここでバレたら水の泡だ。
銀時は入念に混ぜて溶かし、何食わぬ顔で客間へと戻る。
あと5分で14日。
高杉には何も気付いていない。
気付かせては、いけない。
「……このコーヒー甘くねェか?」
「甘くないよ。苦いって」
高杉が違和感に気付いたようだが、こんなことで慌ててはいけない。
これも予定通り。
訝しげる高杉を余所に、銀時は自分のコーヒーに砂糖を入れる。
一杯や二杯では足りない。
これでもかと、溶けきれないほど砂糖を投入する。
そんな銀時を見た高杉は、コーヒーを飲む気が失せたらしく、ティーカップをそっと置いたまま動かなくなった。
あと3分で14日。
なんとか誤魔化せたみたいだ。
銀時はほっと一安心して、美味しそうにコーヒーを啜りながら、台所からマシュマロを持ってきて食べ始めた。
「美味しいか?」
「んん?おいひいほ?」
「食ってから言え、馬鹿。甘いコーヒーに甘いモンって、てめーはどんな味覚してンだ」
「ふるへー」
勝利を確信した後の糖分は格別で、銀時はあっという間にマシュマロを全部食べてしまった。
マシュマロの入っていた袋をゴミ箱に捨て、ズズッと銀時がコーヒーを飲むと、高杉もつられるようにコーヒーを飲む。
あと1分で14日。
気付かないでくれ!頼む!!
「このコーヒー、やっぱり甘くねェか?」
「え?あ、ちょっと隠し味を、…ね」
「何入れた?」
「……そのコーヒー」
「あァ?」
「バレンタインのお返しの、さっき俺が食ってたマシュマロが入ってるんだ」
聞くや否や、高杉は腰に手を当てて一気にコーヒーを飲み干した。
何も残らないぐらい、完璧に。
「あぁぁあぁぁっ!?」
14日ジャスト。
万事屋に響く銀時の悲鳴とともに日付は変わった。
すっと立ち上がり、銀時の目の前で口元を上げ嗤っているのは勝者高杉。
「…銀時ィ。てめーは詰めが甘ェな。14日だぞ。お返し寄越せ」
「あげただろーが!!」
「14日じゃないと意味が無ェンだよ」
高杉は銀時の隣りに座り、覆い被さるように腕を絡めて抱きついた。
身動きのできない銀時はそれでも必死に逃げようと足掻く。
「待って!三百円あげるから!」
「嫌だ。さっさとてめーを食わせろ」
「ダッシュでコンビニに買いに行くから!!」
「クククッ。やっぱりてめーは甘ェ。俺が逃がすと思ってンのか?さっさと食われろ」
「いーやー!!
神楽ちゃぁん!定春ぅ!!」
助けを呼ぶが、神楽も定春も起きやしない。
ずるずると高杉に引き摺られて、銀時は寝室へと連れて行かれた。
こっそりお返し。
やっぱり失敗。
銀時さんのホワイトデー。
(2011.3.10〜2011.3.30)
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