それは独占欲のカタマリ (2011.3.14)
お返しは期待していなかった。
なかったらなかったで、それは寂しいけど。
あったらあったで、困ることになるのは自分だから。
先月のバレンタインデー。
銀時が高杉にプレゼントしたのは酒。
理由は単純で、高杉は甘いものが好きじゃないから。あともう一つは、酒なら一度に 飲みきれなくて、何度か万事屋に通ってくれるんじゃないかって目論み。
あれから一か月。
高杉は万事屋を訪れていないから作戦は失敗。
けど、銀時も予想していなかった嬉しい誤算があった。
ホワイトデーを過ぎた三月のある日。
高杉が万事屋にやって来た。
その手には大きな紙袋を持って。
「何、この紙袋…」
高杉が持って来るモノはろくなモンじゃない。
警戒する銀時を余所に、高杉は紙袋から何か取り出して銀時に手渡す。
それは軽くて、とても柔らかいモノだった。
「てめーに、だ」
「俺に?糖分以外はいらねぇぞ。──…エプロン?」
ふわふわの。
フリルのレースが胸元や裾にふんだんにあしらわれた薄紅色のエプロンと同じ色の三角巾。
薄っすら小花柄が施されており、ロリータとはちょっと違うようだ。
「あァ?白が良かったのか?」
「白は汚れやすいからイマイチ……、じゃなくて」
「俺もてめーには白が似合うと思ったンだ」
高杉が次に紙袋から出したのは白いエプロン。
サイズはあってないような物なので着れるとは思うが、こちらは最初に渡されたエプロン以上に白いレースがたくさん付いている。
これは着たら完璧ロリータ的なファッションになるんじゃないだろうか。
「……えっと」
「てめーの好きなモンも忘れてねェぞ?」
二枚のエプロンの上に積み重ねられたのは、胸元に大きな苺のマークがあるイチゴ柄のエプロン。
今までのエプロンの中では一番シンプルで着やすそうだ。
「武市からのお薦めはコレ」
紙袋から取り出して机に置かれたのは、黒地に白いエプロンのメイド服。
黒地のワンピースの裾は長く、膝よりも下までありそうだ。膝丈ほどの白いエプロンに、襟元には白い大きめのリボンが付いていて可愛らしい。
「ふ、ふっざけんなァァアァァ!」
「だよな。やっぱりてめーもミニスカにニーハイが良いか?」
「そんな問題じゃねぇ!!」
銀時は乱雑にメイド服と渡されたエプロンを紙袋へと投げ込んだ。
しかしそんな暴挙を高杉が許すわけがない。
紙袋の手前に入っていた白いエプロンを銀時に再度手渡して催促をする。
「早く着てみろ」
「ねぇ、俺の言ってたこと聞いてた?──コスプレ?メイドプレイ?心優しい銀さんでも、さすがにこういうプレイはムリ!」
「何言ってンだ。バレンタインのお返しだろ?」
「…あれ。今日ってホワイトデーだっ…け……。いやいや、ホワイトデー過ぎてるから、俺は絶対に認めねぇよ!!」
「どれにしようか悩んでたら過ぎてたンだよ」
「──馬鹿じゃね?」
「全部似合うてめーが悪い」
(……褒められた?)
さりげなく全部似合うと高杉に褒められて、銀時の怒りはすっ飛んでしまった。
高杉がなぜエプロンをお返しにくれるのかは解らない。
だが、これだけは解る。
どのエプロンを渡すか決められずホワイトデーが過ぎてしまい、結局全部持って来たあたり、高杉は救いようのない馬鹿だということが。
そんな馬鹿なところも含めて好きなのだから、自分も救いようのない馬鹿だと思う。
高杉には絶対に言わないけれど。
「リボン結んでやる。こっち来い」
「これぐらい自分で結べますー」
「ちッ」
「結びたかったの?……んん?」
銀時は違和感を感じて、エプロンを凝視する。
(重い……?)
不自然に膨れたエプロンのポケット。
重さを感じる原因は、どうやらそこに違いない。
銀時が恐る恐る慎重にポケットの中へ手を入れると、中には飴玉が入っていた。
一つや二つではない。
指を入れたら溢れてしまうぐらい大量に。
「──…高杉」
「ちゃんとカチューシャも用意したぜ?」
「違くて。……やっぱ結べねぇから、結んで?」
銀時は嬉しさのあまり、赤く火照ってしまった頬を隠すため高杉に背を向ける。
両手で掴んだままのリボンを高杉は受け取ると、ゆっくりと丁寧に蝶々結びをしてくれた。
その間に落ち付かせようとしていた心臓の鼓動は、逆に激しく脈動して静まるどころか悪化している。
高杉に気付かれたくないのに、気付かれるのは時間の問題だ。
──ズルイ。
お返しを重ねて不意打ちするなんて、高杉はズルイと思う。
卑怯だと思う。
反則だし、勝てないと思う。
けど負けたくもなくて、銀時は平静を必死で装い続ける。
「……どうか、な?」
「やっぱりメイド服も着てみねェか?」
「着ねぇよ、馬鹿。」
「誰にもこんな姿見せンなよ?」
「なんで」
「危ねえェだろ」
「危ないのは高杉だけだし。神楽は?」
「餓鬼共は百歩譲って許すが後はダメだ。俺だけに見せろ」
独占欲の塊みたいな高杉。
けど、それは違う。
本当は俺も、独占欲の塊なんだよ?
この苦しくて愛しき感情を愛と言うのなら、──それは独占欲の塊だ。
銀時はサービスでエプロンをふわり揺らして一回転する。そのままの勢いで銀時は高杉に飛びつくと、高杉の耳元で囁いた。
「──おかえり」
「あァ」
「ごはんにする?お風呂にする?
それとも……俺?」
終わりに小悪魔のように銀時がニッコリ微笑むと、高杉は驚いて隻眼を見開いて止まってしまった。
こんな高杉は珍しくて面白い。
もっと見ていたかったが、銀時の方が我慢出来なくなっていた。
返事は聞かなくても解っているので、銀時は高杉に抱きついてせがむようにキスをする。
触れるだけの軽いキスじゃない。
溶けるように濃厚で。
呼吸もできないほど扇情的で。
恋人同士がするような、甘く深い口付けを。
「…んッ、」
「煽るてめーが悪い」
高杉は答えの代わりに銀時をソファへと押し倒す。
自分で結んでやったリボンを解き、折角着せたばかりのエプロンを脱がせてしまう。そんな高杉の頭を抱えて離れない銀時。
──お返しは遅くて。
連絡はないし、全然会いに来ない。
言いたい文句はたくさんあったけれど、今はもういい。
なぁ、……高杉。
この一か月、てめーはどれくらい俺のことを考えてた?
俺のせいで悩んで。
俺だけを想う高杉は見ものだな。
……何も。
なんにもいらないから。
てめーの全部を、俺に頂戴?
[ 22/129 ][*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]
[top]