絶対に離さない


 縁側で雪を眺めていたら、松陽先生に呼ばれた。
 銀時は少し悩んだ末に、刀を縁側に置いて草履を履いた。松陽が手招きしながら呼んでいるのは、歩けば十歩ほどの近い場所だったからだ。

「銀時。こっちへいらっしゃい」

 寒くて縁側の日向で丸まっていた銀時とは違い、松陽の嬉しそうな声に誘われて、銀時も雪が積もって真っ白な庭に踏み出す。
 …サク。
 松陽の足跡を辿りながら、銀時も新しく雪に足跡を残す。
 サクッ。
 サク、サクサク……。
 雪を踏んだ時の音が楽しくて、銀時は両足でジャンプしながら松陽の後を追った。

「これが、何かわかりますか?」

 半円型のやや細長い雪の山。
 大きさは銀時の手よりちょっと大きいぐらい。
 手で固めたのだろう。銀時がちょんと触っても、溶けたり崩れたりしなかった。
 ──なんだろう。
 団子ではない。
 林檎、桃、梨、柿、蜜柑……。果物にしては形が変だ。
 首を傾げる銀時を見ていた松陽は、どこから持ってきたのだろう。南天の赤い実と冬でも青々としている緑色の葉を雪の塊にのせる。
 赤い実を瞳として。
 緑色の葉を耳として。
 たったそれだけなのに、雪の塊に顔ができた。

「わかりましたか?」

 こくり、と頷いて、銀時は足元の雪を手に取る。
 真っ白な雪は、銀時が手のひらで潰して固めると、人差し指の先ぐらいのちょっと歪な、小さい丸い雪玉になった。
 作った雪玉を銀時は松陽の手の中のある雪の塊へとそっとのせる。
 赤い実と、緑の葉とは逆に置かれた雪玉。
 銀時はしっぽに見立てたのだ。

「そう。この前一緒に裏山で見た雪うさぎですよ」
「……」
「銀時みたいで可愛いでしょう?」
「…かわい……な…い…」
「銀時は可愛いですよ」

 微笑みながら、銀時の頭を撫でる松陽が眩しくて。
 …恥ずかしくて。
 銀時は表情を隠すよう俯いて、松陽から雪うさぎを受け取る。

「では、戻りましょうか銀時。今日は風邪で休んでいた晋助が来る予定ですよ」
「し…んすけ…」
「銀時は晋助が休みで寂しそうでしたからね」
「……」
「早く帰りましょう」

 松陽は嬉しくてほのかに耳まで赤くなった銀時を抱きあげる。
 自分より薄着なのに、子供体温で体温が高いのか、腕に抱いた銀時はとても温かく感じた。

「うさぎ……」
「あぁ。溶けだしましたか?なら、後で晋助とたくさん作ってください」
「……うん」

 松陽が銀時を家の縁側へ下ろすと、銀時は小さくなってしまった雪うさぎを大切そうに持ったまま、庭の隅へと走って行く。
 きょろきょろ首を巡らせて、銀時は僅かな垣根の影を見つけると、溶けないように雪うさぎを日陰に置いて戻ってきた。
 今度は縁側に置いた刀を銀時は抱きかかえる。
 待っていた松陽が手を差し出すと、銀時は嬉しそうに指を伸ばして手を繋いだ。


   *


 しかし、来るはずだった晋助はその日私塾に来なかった。
 下がっていた熱が上がり、再び寝込んでしまったのだ。
 高杉の風邪が完治し、再び塾に通えるようになったのは翌日のことである。

「あァ、辛ェ」

 三日も寝込み、鈍った体は動かしにくく、高杉はいつもより塾に着くのが遅くなってしまった。
 急いで学舎へ向かっていた高杉は、突然立ち止まる。
 塾の門前に、見慣れた姿を見つけたからだ。
 間違える筈がない。
 銀髪に赤い瞳。門に寄り掛かり刀を抱いて佇んでいるのは銀時だった。

「──銀時、ありがとな」
「……」
「見舞い来てくれたンだろ?
 昨日はずっと居てくれたのか?松陽先生には怒られなかったか?」
「……へい…き…」
「そうか。怒られなくて良かったぜ」
「ちがう」

 違う、と否定されて。
 きょとんと立ちつくす高杉の額に銀時は手を当てる。

「銀時?どうした?」
「…しんすけ……へいき?」
「──ッ」

 高杉を心配そうに覗き込む赤い瞳は、高杉が自らの熱で解かした雪うさぎと同じ色彩。
 その瞳は全てを知っている。
 昨日の。
 熱で浮かれて、何度も銀時の名を呼んだ高杉を。
 心細くて、傍に居て欲しいと銀時の腕を掴んでとどめた高杉を。
 ──銀時は知っている。

「…銀時」

 額に当てられた、冷たい銀時の指先に高杉は手を重ねて。
 温めるために強く握る。
 それでも、……足りなくて。
 高杉は指先を握ったまま、銀時を抱き締めた。
 雪うさぎのように冷たい銀時の体。
 何時から門前で高杉を待っていたのだろう?
 いつも触れると温かい銀時の体は、今は髪の先まで冷えてしまって触れると痛いぐらいだ。
 温めるように。
 その熱で溶かすように。
 高杉は銀時を抱き締め続けた。
 ──この、愛しい銀色を。
 雪うさぎのように、ゆっくりと両手で包んで溶かしてしまえればいいのに。
 誰かに奪われる前に。
 誰かに溶かされる前に。
 自分だけのモノにできたらいいのに。

 “──絶対に離さない”


(2011.3.7〜2011.3.10)



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