子鬼


 覚えているのは赤。
 視界を全て染める夕陽の中、俺はしゃがみ込んでいた。
 腕の中に子供には不似合いな長い刀を抱えて。
 強く握りしめる柄を見られないように。
 その白い髪を、身を、着物を、赤い血だまりに沈めながら。
 斬られた人々が積み重なる戦場の片隅で、ただじっと全てが終わるのを待っていた。
(もっと、ぜんぶ赤くなればいいのに)
 全てが赤く染まれば、何もわからなくなる。
 鼻を燻る硝煙の臭いも、錆びた血や死臭だって見えなくなればわからない。
 何も……。
 陽が、もうすぐ落ちる。
 あと僅かとなった黄昏が終われば、すぐに暗くなり夜になるだろう。
 見上げれば、頭上に飛んでいた烏の数が減っている。
 夜が近い。
(──行かなければ)
 死肉をあさる野犬がいつ出てもおかしくはない。
 立ち上がろうとして、不自然に止まる。
 思い、出した。
 刀を強く握り直して。
 そして、再びしゃがみ込む。
 止まったのではない。動けないのだ。
 帰る場所も行く宛てもないのに、どこへ行こうというのだろうか。
 しゃがみ込んで、うずくまり。
 何もわからない振りをする。 そうすれば、苦しまずに生きていける。
 うずくまる背後に、何かが近付いてくる気配があった。
 鳥でもケモノでもない人の気配。
 顔を上げて振り向くと、小奇麗な格好の男が立っていた。

「屍を食らう鬼が出るときいて来てみれば ……君がそう?」

 話し掛けられたが、俺にはわからなかった。
 人里など降りないし行かない。
 屍以外の人と会い、話したのだって久しい。
 人に会ったとしても浮浪の餓鬼だ。
 殴られて追い払われるか、腕に持つ刀を見て遠巻きにされる。
(こいつも、そんな人間に決まっている)
 威嚇するように腕の中の刀を見せるが、男はひるまない。
 ひるむどころか、あげた手を俺の頭にのせて優しく撫でる。
 愛おしそうに優しく。
 梳くように触れる。
 ずいぶん昔に忘れた、懐かしい人の体温。

「!!」

 男の手を振り払って間合いを取る。
 刀を抜きながら、すぐ逃げられるように少しずつ離れる。
 振りかざす刀を見て、男は悲しそうに微笑んだ。
 憐れんでいるのだろうか。
 嘲笑っているのだろうか。
 何も、いらない。 憐れみなんていらない。
 嘲笑もいらない。
 そんなもので飢えは満たされない。
 温もりに、もう惑わされたりしない。

「そんな剣もういりませんよ」

 男は佩刀していた自分の刀を、俺に投げてよこした。

「剣の本当の使い方をしりたきゃ付いてくるといい」

 渡された刀を。
 差し出された手を、俺は拒むことができなかった。
 先を歩く背中を追うように、俺は歩きだした。
 この人になら、裏切られてもいい。
 殺されても構わない。
 ただ一人、俺に優しく手を差しのばしてくれた人だから。
 俺はこの人を信じて、この人のために死のう。
 それが、今まで無為に生きてきた俺の生き方だと決めた。



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