03


 背後から雪玉を投げられた。
 振り返らなくても、犯人は解っている。
 無視して雪かきを続けても良かったのだが、無視したら無視したでもっと大量の雪玉が投げつけられるだろう。
 乱れてしまった黒髪を整えながら、桂は呆れながらも諦めて、自分の背後に立つ犯人を睨みつけた。

「──邪魔をするな、銀時」
「るせー。ヅラ!」
「ヅラじゃない桂だ!何度言えば解る!!」

 雪玉を投げた犯人は不機嫌そうな顔で睨み返してきた。
 いや。怒っているのはこっちだというのに、なぜ睨まれなければいけないのか。桂には理由が全く解らなかった。
 ……考えなくても理由など、高杉絡みに違いないのだが。
 銀時は桂であれ他の塾生であれ、何か言われたり、何かされても感情が動かない。
 それは、これまでの銀時の生き方のせいらしい。あまり他人の目を感じないし、他人に動じたりしないのだ。
 銀時をここまで激昂させられるのは、良くも悪くも高杉だけ。
(今日はどんな理由だか)

「……晋助と、ケンカした」
「ほう。して理由は?」
「晋助のやつ、雪は嫌いだって遊んでくれねぇんだもん。俺だって、雪合戦したい!」

 銀時らしい言い分だった。
 だがしかし、問題なのは銀時ではなく高杉。
 銀時は雪合戦をしたいと言った。
 それは桂とではない。高杉と雪合戦がしたいのだ。
(高杉を動かすにはどうするか……)
 高杉は敵としては最強レベル。ゲームで言うならラスボスレベルだ。
 綿密に計算され尽くした策略とスキルは、桂でも勝てるかどうか難しい。
 そんな高杉を相手にするのは不利だが、好奇心と怖いもの見たさで、桂は銀時に協力することにした。



   *



 高杉の家を訪れると、桂は簡単に高杉を見つけることができた。
 本を傍らに置き、自室の窓から外を眺めていたからだ。
 正確に言うと、眺めているという表現は間違っている。高杉は目を細め、窓枠に頬杖をついて外を睨む。外というか、桂を。
 だが、そんな高杉を見て怯む桂ではない。
 走りながら高杉に近付き、大声で叫び始めた。

「高杉!銀時を探してくれないか!?」
「──なンで」
「かくれんぼをしていたのだが、探しても見つからなくてな!」
「ちッ。わかった」

 上着も羽織らずに一目散に玄関へと駆けて行く高杉。
 コイツは本当に雪が嫌いなのか?
 というか、銀時と喧嘩をしているのか?
 詳細はよく解らないが、ともかく作戦通りに事が進み桂はほくそ笑んだ。


 空からはまた、雪が降り始めた。
 先程から指先が冷たい気がしていたのは、雪で遊んでいただけでなはいようだ。手を口元に当てて、息を吐けば僅かながらに温まる。
 何度か繰り返すが、すぐに指先は冷たくなってしまう。
 銀時は指先を擦り合わせて寒さに耐える。
 すると、雪の向こうから鬼の形相の高杉が走って来るのが見えた。

「あれ、晋助。どうしたんだ?」
「銀時ッ!」

 銀時は動けなくなる。
 高杉にはいろいろと言いたいことがあったのだが、それすらも言えなくなるほどに。
 あっという間に高杉に抱き締められて。
 温かくて。……嬉しくて。
 戸惑ってしまう。
(なんだ、こいつ…)
 そんな銀時を抱き締めたまま、高杉は銀時に怒鳴った。

「この馬鹿!!」
「なっ、馬鹿ってなんだよ!馬鹿助!!」
「早く帰るぞ」
「ヤダ」

 銀時は赤くなった鼻の頭をぷいっと逸らす。

「寒いし、雪も降りだしたし、てめーは黙って一緒に帰ればいいンだよ」
「あー。いや、俺もそろそろ帰りたいけど、ヅラにおもしろいものを見せてやるからここで待ってろって言われたからさ」
「……ヅラに?」
「あぁ。晋助も見にきたのか?」

 高杉を呼びに来たのは桂だった。
 理由は確か、銀時とかくれんぼをしていたが見つからない、と。

「ヅラの野郎、謀りやがったな…」

 全部ウソだった。
 こんなくそ寒い中、銀時の行方を探していた自分が馬鹿みたいだ。
 文句の一つでも二つでも言ってやらないと気が済まない。
 高杉はその辺に隠れていると思われる桂を探してキョロキョロしていると、不自然な影を見つけて歩み寄る。
 が、銀時に止められてそれ以上進むことは出来なかった。

「ヅラを、怒るなよ?」
「あァ?」
「だって、おもしろいもの見れたし?」

 銀時は嬉しそうに冷たい高杉の手を握る。
 その手は、雪の中でずっと待っていた銀時よりも冷たくて。
 しっとりと、汗ばんでいた。

「ありがとな。…晋助」
「……フン」

 息を切らして。
 大嫌いな雪の中、大慌てで探してくれた高杉。
 おもしろいものではなく、珍しいものを見せてもらった。
(ヅラには感謝しないとなぁ)
 生真面目でお節介で世話焼きだけど、それが桂の良いところなのだと銀時は改めて思った。
 普段はそれがうざったいけれど。

「嫌いな雪の中、探させて悪かったな」
「──…雪は、嫌いじゃねェ」
「え?」
「けど、雪は勝手に消える。……だから、嫌いだ」
「そうかなぁ?…うわっ」

 銀時が突然立ち止まる。
 視線の先には、桂が親指を立てて、したり顔の満面笑顔で立っていたからだ。
 無視しようにも桂は二人に走り寄ってきて逃げられない。
 仕方ないので二人は歩きながら、無視して会話を続けることにした。
 追いついた桂もこっそり輪に加わり、三人は雪が降り出した中、家路を急いで帰る。

「晋助。雪は溶けるけど、それでも結構しぶとく残るぜ?」
「俺は白いのも気にくわねェ」
「いちゃもん付けんなよ。雪だってなぁ、踏めば黒くなるし、潰れるし……」

 雪を蹴りながら先を行く銀時の後ろで、高杉と桂が呟く。
 この雪だ。
 銀時には聞こえていないだろう。
 だが、それで構わない。
 聞こえたところで銀時には意味が解らないだろうし、聞かれても教える気は二人にないからだ。

「……汚れねェよ」
「そうだな。絶対に汚れないな」

 普段なら意見の全く合わない高杉と桂。
 そんな二人が揃って肯定した。
 雪が降る中、視界を白く奪われているというのに、目の前で褪せることなく輝き続ける銀色を見つめながら。
 ──雪に、想う。
 この銀色は誰にも染められないし、絶対に汚れることはないだろう。

「変わってくれるなよ。…銀時」

 高杉を怒らせることは、自分だってできる。
 だけど。
 あいつを笑わせることができるのは、お前だけなんだぞ。




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