高杉さんのバレンタイン
包みこむように握る。
優しく、しかし動かないよう確実に。
そいつを両手で捕らえたら、中心に親指を突き刺して。
沿わせながら、ゆっくりと剥く。
途中で気を抜いてはいけない。
せっかく丁寧に剥いても、切れてしまっては何の意味もないから。
最後まで力まず焦らず慎重に剥くと、花弁のように開く。
剥いたら筋を摘まんで。
こちらも切れないよう丁寧に取っていく。
「──んんっ、……完璧!」
「剥けたならさっさと食わせろ」
「少しくらい達成の余韻に酔わせろ、馬鹿」
ぎゃーぎゃー五月蠅い高杉の口に、銀時は剥いたばかりのみかんを半分放り投げる。
もぐもぐ食べる姿を見上げて銀時は思う。
こいつ、黙っていれば整った顔立ちに美貌で完璧なのに、口を開けば俺様で自己中でテロリストで残念なやつだと。
そんな銀時の視線に気付いたのか、高杉は銀時を見つめ返す。
「コイツ酸っぱいぜ」
「マジで?銀さんの見立てでは甘い感触だったんだけどなぁ」
銀時がみかんを一つ取って食べてみれば確かに酸っぱい。
先程食べたみかんの方が甘かった。
「あ、ほんとだ酸っぱいわ。残りは高杉食えよ」
「さっきの酸っぱいのは俺が食ったぜ?今度はてめーの番だろさっさと食え」
銀時は渋々残りのみかんを口に入れて、少し噛んで一気に飲み込む。
(マジ酸っぱい……。最悪だ)
一息で食べたというのに、口の中は酸っぱさで痺れ、顔を顰めたせいで眉間には皺が寄っている。
甘いものが大好きな銀時にとっては、この酸っぱさは辛さにも匹敵するぐらい邪魔な存在であり、苦痛で悪だ。
そんな銀時の口に、高杉は3センチほどの小さなチョコの塊を入れる。
すると、おもしろいほどすぐに銀時の表情が和らぎ、幸せそうな顔で微笑む。
「やっぱ糖分最高〜」
「早く次を剥け。俺は全然食ってねェぞ」
「だから、少しは余韻を味合わせろって。…次はどれにする?」
「コレが甘いンじゃねェか?」
「そうか?銀さんはこっちだと思うけどなぁ」
「コレ。てめーが選んだのは次にしろ」
「はいはい。……高杉、俺は一体何をやってんだ?」
「訳解ンねェこと言ってる暇があるならさっさと剥け」
急に呼び出されて。
ナニをするでもなく、ただ宿屋で二人、みかんを食べています。
いや、食べているというのは正確には違う。
高杉の為に銀時がみかんの皮を剥いて、食べさせているというのが正解だ。
(なんでこんなことに……)
因みに、銀時は高杉に膝枕をしてもらっている。不本意ながら。
いや。
最初は違った。
ちゃんと起きて、高杉の背中に凭れかかって背中合わせにみかんを剥いてあげていたのに。
けれども、どっかの暴君が、
「食べづらい。銀時、こっち向け」
なんて言いだして。
仕方ないから向かい合ってみかんの皮を剥き始めたら、いつの間にか高杉の膝の上に頭を乗せられて、膝枕に横向きの体勢でみかんの皮を剥かされています。
そう、現在進行形で。
まだ真上には高杉の顔がある。
気まずくて高杉の顔を見たくないのと、剥きにくいのとで横を向いている。
膝枕というだけですごい密着度なのに、更にみかんを剥かされて両手が塞がっている。
高杉のやりたい放題、銀時はされるがままなのだ。
(すっっごい密着度だよ?ありえなくねぇ!?)
なので、銀時さんは耐えられなくてみかん剥きに集中しています。
高杉なんていないよ?
これは枕。
声を出して、頭を撫でて、腰を勝手に触ってくる枕。
みかんを食べさせる時だけ嫌々上を向いて高杉の相手をしている。
で、高杉にみかんを食べさせると、なぜか高杉は引き換えにチョコを食べさせてくれる。
理由なんて解らない。
けど、この意味不明な行動はきっと気まぐれ。
気にするだけ無駄だ。
「……なぁ、高杉。どうしたんだ、そのチョコ?高杉が買って来たんじゃねぇよな?誰かから貰ったのか?」
「あァ。そんなモンだ」
何か言いたそうな銀時の口に、高杉はチョコでしっとり濡れた自分の指先を入れる。
舌を見つけて擦れば、その甘さを感じて銀時は嫌そうな顔をしながらも、丁寧に舐めだした。
「……てめーは気付かねェのか?」
「あぁ?何か言った、高杉?」
「なンでもねェよ」
来島に教えて貰った。
バレンタインなる恋人の祭りと、それに因み発売されて江戸で女性や子供を中心に大人気の洋菓子店のチョコレート。
いちご味のピンク色のチョコレートには、チョコの他に刻まれたマカダミアナッツなどが混ぜられていて、香ばしく一口サイズで食べやすい。
また、人気商品なのでコンビニでも販売されている、と。
甘いモノは嫌いだが。
祭りは大好きなンで。
踊らされていると解っていても。
踊らにゃ損々──だろ?
内緒で慣行。
無事に完遂。
高杉さんのバレンタイン。
(2011.2.10〜2011.2.15)
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