血の臭いし宵


 電気も点けずに自室に佇む銀時に、高杉は入口から声を掛けた。

「どうした、銀時」
「……の…」
「あァ?」
「血の、臭いが取れない」

 自分の手を嗅ぐ銀時のその手を掴み、腕からてのひらまで見聞した高杉は眉を顰めて煙管をくゆらす。
 手には血の染みどころか切り傷すらなかったからだ。
 普通なら、血の臭いなどしないだろう。
 長く戦場で死臭を嗅ぎすぎて、鼻が麻痺しているのだ。
 吸っていた煙管を離し、紫煙を吹きかけるように銀時の手へと吐いた。

「くさっ!なにすんだよ高杉!!」
「てめーは殺しすぎだ」

 一息ついてもう一度、今度は銀時の目前で紫煙を吐く。
 すぐに落ちてしまうだろうが、これで応急処置は完了だ。銀色の髪を梳いて匂いを確認したが、今の銀時からは俺の匂いしかしない。
 優越感に浸りたいところだが、銀時に嫌味を言うのを忘れない。

「亡霊が、いつかてめーを殺しに来るぜ?」

 まぁ冗談だがな、という前に。
 聞きたくない!と叫んで銀時は布団に頭から突っ込んで隠れてしまった。
 信じているのか、コイツ。
 というか、本気で怯えてねェか、この馬鹿。
 自分から言い出した手前、簡単に見捨てる訳にもいかずに、高杉は頭を掻きながら銀時に問う。

「一緒に居て欲しいか?」

 首を振り、虚勢を張る銀時。
 それはそれで見ていて可愛いンだが、意地を張るのは良くないな。
 もっと素直にならないと。
 まァ、嫌でも素直にさせてやる。
 ──俺が。

「じゃ、俺は部屋に戻る」

 踵を返した瞬間、強い力に引かれて高杉は布団の上に押し倒される。

「──ッ、何しやがる銀時!」
「た、高杉怖いだろっ!?仕方ねぇから、俺が一緒に寝てやるよ!」

 そう言って、高杉の腹の上に圧し掛かる形で銀時がうずくまる。
(いや、怖いのはてめーだろ?)
 小刻みに震える体は。
 必死にしがみついて離さないこの腕は、その証拠じゃないか?
 少しでも動こうとすれば、逃がすものかとその腕の力は強くなるばかりだ。
 しかし、銀時の方から抱き締めてきて悪い気はしない。
(……今日だけは、我が儘を聞いてやるか)
 高杉は手探りで布団を掴み、銀時の頭上まで布団を掛けてやる。
 息がしにくくて苦しいはずなのに、銀時は落ち着くのか布団から顔を出さない。
 俺より先に寝るなよ、と布団の中からもごもご言いながら。
 高杉の胸に頬を擦り寄せる銀時が、時折、布団のわずかな隙間から高杉を確かめるように顔を覗かせる。
 その瞳は涙こそないものの、これ以上苛めたら間違いなく泣きだしてしまうだろう。
 安心させるために、高杉は銀時の頭を撫でる。
 ゆっくりと、優しく。
 何度も、……頭だけではなく、額や耳、首筋に触れる。
 安心して眠れるように。
 子供を寝かしつけるように。
 他人の心音を聞くとすぐに眠れるというが。
 銀時もそう時間は掛からずに高杉の胸の上で寝入ってしまった。
 高杉は銀時が寝たのを確認して、腕に抱き直す。
 頭を胸の上ではなく腕にのせ腕枕をしてやり、今日は隣りでじっくり寝顔を見ながら寝てやろうと銀時を見る。
 その寝顔は、眉間にしわを寄せてう〜んとうなされていた。
(俺が傍に居るのに、怖い夢でも見てンのか?)
 なんとなく気に入らなくて、銀時の眉間をぐりぐり押すと幾分やわらいだ。
 にへらって、笑うように。
 小さく口を開けて寝ている銀時の寝顔は、とても幼い。
 戦場で白夜叉なんて呼ばれて敵・味方共に恐れられているなんて思えない。

「──これが、てめーの選んだ道、か?」

 血に塗れて。
 亡霊に怯えて。
 それでも進むこの先に、お前の望みはあるのだろうか。
 例え、お前の望みが絶対に叶わないとしても。
 お前が壊れるまで。
 俺が狂うまで。
 俺だけは、お前の傍らに居よう。
 お前が壊れるのが早いか、俺が狂うのが早いか解らないが。
 今は、この我が儘に付き合ってやろう。




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