03


 最初は正直驚いた。
 一応敵ではないにしろ、はっきり味方でもない。
 そんな人を艦内へ招く高杉も高杉だが、会ったばかりの何も知らない人間を食事に誘う銀時も銀時だ。
 しかも、勝手に艦内を歩き回るし。
 勝手に料理を作っているし。
 …料理は美味いし。
 なんなのだろう、この人は。
 本当に紅桜の一件で神掛かった戦いを見せたあの白夜叉なのだろうか。
 銀時がいると高杉の様子が違うし、……調子が狂わされる。
 いつも見ている高杉とは全く別で。
 けど、それは間違いなく自分がよく知る高杉で。
 二人の間には誰も入れない何かがあって、疎外感を感じた。


 来島は昼食の後片付けを終えて艦内を一人歩いていた。
 武市は外出するというので、これで艦内は自分を含めて三人だけ。いつもと違い艦のエンジンの稼働音も聞こえないし、誰もいないので静かだ。
 しかし、艦のどこかに高杉と銀時がいるはずなのだが、二人の姿を昼食の後から見掛けていない。
 外出はしていないので艦内にいるはずなのに、いくら探しても見つからない。
 高杉の自室に行ったが返事はなかった。
 その後も艦内をしらみつぶしに探したが見つからない。夕食のことで相談があるので、みんなが帰ってくる前に話をしておきたい。
(……行き違ったんスか?)
 もう一度高杉の自室を訪ねようと来た道を戻る。と、角を曲がったところで高杉にばったり出くわした。
 高杉も珍しく驚いていたが、来島の方が驚いた。
 湯上がりらしく、まだ湿った髪。
 ぽたぽたと髪から伝う水滴。
 適当に巻かれた乱雑な左眼の包帯。
 そして。
 その腕の中には、湯だって真っ赤になった銀時を抱えていたからだ。

「し、晋助サマ……」

 ずっと今の今まで浴室に居たのか?
 こんなに長い時間?
 てか、この二人は浴室内で何をしていたのだろう?
 そんな疑問を問う暇もなく、高杉はただ一言。

「部屋に冷えた水を持って来てくれ」

 それだけ告げると自室の方へと歩いて行く。
 来島は急いで調理場の冷蔵庫からペットボトルに入った水を手に取り、高杉の自室へと向かう。
 ノックをしてから入ると、部屋の衝立の後ろに二人はいた。
 窓辺に寄り掛かりながら夕陽を眺める高杉。
 銀時はそんな高杉の膝上に頭を乗せて、仰向けに横たわっている。
 そんな銀髪を高杉は優しく梳きながら煙管をくゆらす。

「晋助様。夕食はどうしまスか?」

 ペットボトルを手渡し、高杉に問い掛ける。
 受け取った高杉はフタを開けて、銀時に飲むように促す。

「──銀時」
「……あ…ぁ」

 まだ熱に浮かされてちゃんと声が出ないらしい。
 水を飲んで、一息つき眠ろうとする。

「夜はあの肉でいいか?」
「……ん」

 返事は何も聞こえなかったが、高杉には聞こえたらしい。

「すきやきが良いンだと。いつも美味しいもん食べてねェもんな?」

 喋れない銀時は、高杉の腹を肘で小突こうとする。
 しかし、うまく力が入らないらしく、その手は小突く前に簡単に高杉に捕らえられた。

「まだ熱いな。…寝てろ」

 よく見ると、銀時の指には包帯が握られていて。
 混濁とした意識の中。
 しっかり。
 繋ぎとめるように掴んで離さない左手。
 それは高杉の左眼にゆるく巻かれた包帯へと繋がっていた。
 断ち切ろうとも切れない。
 振り解こうとも解けない。
 そんな、二人の繋がりが見えた気がした。


 夕食は二人の邪魔をしては悪いと思って、用意をして早々に退室した。
 リクエスト通りに、メニューはすきやきなので鍋セット。昼の煮物の残りも一緒に出した。味が染みて良い感じになっていると思う。
 しかし、高杉が煮物好きとは知らなかった。
 辛口の酒を好むというのは知っていたけれど初耳だ。
 それとも、銀時が作った煮物が好きなのだろうか。だとしたら、自分には作れない代物だ。
 そういえば、牛肉がまだ残っている。明日にでもどうするのか伺おう。
 一時間ほどして部屋へ片付けに行くと、二人はもういなかった。たぶん、奥の高杉の自室にいるのだろう。
 他の鬼兵隊の隊員達が戻ってきているので、銀時は艦内を自由にウロチョロできない。
 艦は明日の昼には出港する予定だ。
 朝にでもこっそり下船するしかない。……高杉が離せば、の話だが。
(いや、でも、あの様子ではちょっと難しいっス)
 銀時が高杉の傍を離れたのは昼食を作っている時間だけだ。
 あとはずっと、高杉の傍にいる。
 傍にいる、というか。
 離れないというか。
 高杉が片時も離さないのだ。 明日は困ったことになりそうだ。──そんなことを考えながら歩いていると、風呂場の方から大きな物音と叫ぶ声が聞こえた。
 来島は侵入者の襲撃だと思い、銃を片手に駆け付ける。

「夜も遅くに、誰っスか!?」

 脱衣所を開けて驚いた。
 そこには、先程艦に戻ったばかりの万斉と銀時が睨みあっていたからだ。
 脇差を抜いて臨戦態勢の万斉とは裏腹に、銀時はというと……
 怯むことも。
 身じろぐこともせず、ただ凛と立っていた。
 気だるそうな表情に。
 まだ濡れたままの赤い瞳。
 羽織っただけの着流し。
 その隙間から覗く白い肌には首筋や胸を中心に赤い愛撫の跡。それは、高杉の独占欲の表れでもある執拗な所有の証。
 太股を伝う白濁は情事の名残り。
 ──この人はタチが悪い。
 無意識に色気を垂れ流しすぎだ。
(あちゃ…。ある意味修羅場っスね)

「…万斉先輩は後にするっス。
 銀時様。今湯を温めるので中で待つっス」

 万斉を脱衣所の外へと追い出し、扉の鍵を掛ける。
 ぼけっと立ったままの銀時を余所に、また子は浴室内へ行き湯の温度を確認する。誰かが焚いたばかりらしく湯は冷めていなかった。
 浴槽の蓋を開けて、浴室内に湯を撒いて温める。艦は海上に停泊しているので空よりかはマシだが夜は特に冷えるからだ。
 脱衣所にある戸棚から新しいタオルを取り出して、銀時へと手渡す。

「もう入れるっス。着替えを持ってくるんで、私が出たら扉の鍵を閉めてください。私以外は絶対に開けちゃダメっスよ」

 艦内には銀時に悩殺されかけた万斉(たぶん)の他に、武市や他の乗組員がいる。顔も知らないし、事情も知られていない銀時にとっては敵陣の中にいるようなものだ。
 それでも、銀時がここにいる理由。
 それは。
 鬼兵隊総督、──高杉晋助という存在。

「……また子ちゃん」
「なんスか?」
「ありがと、な」

 ちょっと気恥ずかしそうに、その人は呟いた。
 確実に鍵が閉められたことを確認して、来島は自室へと急いだ。
 ──いや。
 お礼を言うのは自分の方だ。
 あんなに嬉しそうに出掛けて、楽しそうに笑う高杉を久しぶりに見た。
 笑うことはよくある。
 よくあるが、その笑いはどこか暗く冷ややかだ。
 どこか人を馬鹿にしたような嘲笑で。
 寂しげに煙管を曇らせる。
 今日は違った。
 銀時と一緒の高杉は雰囲気が優しくなって、愛おしそうに銀時を見つめては隻眼を細めて笑う。
 なんでもない、くだらない話をたくさんして。
 少食で食事より酒を好んで飲むのに、美味しそうに手作りのお節料理を食べて。
 時間がないと焦るように、銀時を求めていた。
 二人とも、何も言わないけど。
 態度の節々から、愛情を感じる。
 そんな二人にお礼というか、サプライズというか、ちょっとした悪戯がしたくて。
 箪笥の奥に丁寧に置かれた着物を手に取り、急いで浴室へと戻った。

「銀時様!着替えを持ってきたっス」
「……あぁ。鍵開けるから待っててっと」

 すぐに中から返事が返ってきて、ガチャガチャと鍵が解かれて扉が開いた。
 そこにはタオルを巻いた銀時が立っていて。
 濡れた髪を乾かしながら、赤銅色の瞳を伏せて項垂れていて。
 ほんと、誰もいなくて良かったと思う。
 先程の情事後すぐの銀時を見て色気垂れ流しで危険だと感じたけれど、湯あがりの方が数倍ヤバイ。
(──晋助様。助けてください!)
 そんな来島の心情などつゆ知らず、銀時は平然と持ってきた着物に着替え始める。渡した着物と帯には薄っすらと桜の刺繍がされているが、柄はなく白一色である。

「この着物、柄がないのな。白装束?」
「いや。やっぱり銀時様には白が似合うっス」

 白夜叉、という名前の謂われを聞いた。
 白い装束を敵の赤き血で染めて、戦場を駆る姿はまさしく夜叉だと。
 今の姿では想像がつかない。
 しかし、高杉や桂が未だ慕うほどに戦場では強く、抜きん出た存在だったに違いない。
(……嫌だったのかな?)
 そんな彼は過去を思い出すのが嫌だから白装束を倦厭しているのだろうか。
 まぁ、赤でも黒でも銀髪はとても映える。
 ちょっと残念だが、違う着物を取り直して来ようと扉に手を掛けると銀時に止められてしまった。

「わざわざ用意して貰ったし、いいよ」

 頭をポンポンと撫でて、銀時はそのまま脱衣所を出て行く。
 高杉の部屋へ戻ろうとする銀時の後を来島は追う。その手には白とは対照的な黒の色打掛を持って。

「艦内でも廊下は寒いんで、上着をちゃんと着るっス!」

 そう言って、とっておきを羽織らせて後ろ姿を見送る。
 銀時が高杉の部屋に入るのを確認して、来島は待たせてしまった万斉を呼びに逆方向へと廊下を走った。




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