02
正月届いた年賀状の中。
混じって入っていたのは、差出人不明の手紙。
宛名は書かれていなかった。切手もなく、直接誰かがポストに投函したのだろう。折られた紙には簡素に一言だけ書いてあった。
────明日10時。
明日っていつだよ、なんて思いながらも銀時は嬉しくてつい笑ってしまった。
紙に微かに残る嗅ぎ慣れた煙管の匂いで、すぐに差出人が解ったからだ。
明日は神楽を新八の家に泊まらせてもらうことにして、俺はヤツが来るのを家で大人しく待つことにした。
で、高杉と共に訪れたのは悲劇。
高杉が俺に珍しくプレゼントを持ってきたのだが、どこをどう間違えたのか知らないがとんでもないモノが入っていて。
本物を取りに急遽高杉の艦へと行くことになったのだ。
最初、高杉は一人で取りに戻ると言ったのだが、俺が突っぱねて無理やり付いて来た。
だって一緒にいれる時間は限られているし、せっかく会えたのに離れるのは嫌だったから。
高杉も良い顔はしなかったが、渋々了承した。銀時の強情は熟知しているので折れたというのが正しいか。
鬼兵隊の艦は他の一般の艦と同じように港に停泊していた。堂々と停泊している方が逆に目立たないらしい。
こんなのも幕府の狗はわからないなんて、鼻が利かないよな。
先を歩く高杉の後を追うと、出迎えるようにピンク色の着物で腹丸出しの女が駆けて来た。
「晋助様!お帰りなさいっス!!」
「来島。紙袋の中身が違うぞ」
「すみません!!武市先輩のと間違えたみたいっス。…誰もいないんで届けに行けなくて申し訳な…」
「──えっ、一人なの?」
二人の話が止まる。
俺は口を挟まない方が良かったかな?と苦笑いをすると、来島は不審な顔をしながらも答えてくれた。
「正確には武市先輩と二人っス。夕方にはみんな戻ってきますけど」
なんて不用心なのだ。
艦内に人はおらず、最低限の見張りしかいないなんて。
今時のテロリストはこんな感じなのだろうか。それとも、正月だから息抜きをしているのだろうか。
たぶん、後者だろう。
忙しく攘夷活動をしている高杉が俺に会いに来るぐらいだ。みんな息抜きのような休みで出払っているに違いない。
「──じゃあ、一緒にお昼を食べよう」
「あァ?」「何言ってんスか、アンタ」
顔を顰めた高杉に睨まれて。
ぶっきらぼうに来島に言われて。
特に不機嫌を隠そうともしない高杉の視線が痛かったが、気にしない。
睨まれるのは慣れているし、俺のお節介はいつものことだし。
「一人で食べるご飯なんてつまんないよ?」
そう言うと、高杉は諦めたようだ。
高杉は何も言わずに俺の頭を軽く小突く。
そりゃ俺だって、二人っきりで過ごしたいけどさ。
一人の食事が不味いことを俺はよく知っている。だから、俺は放ってはおけなかったんだ。
「──来島。武市を俺のところへ呼んで来い」
高杉は来島にそれだけ言うと、銀時の手首を握りしめて艦内へと急くように入って行った。
銀時が連れてこられたのは洋装の艦内では珍しい和室。
室内は簡素で机と座布団があるだけで何もない。
こんな部屋にずっと居たら滅入るよな、なんて考えていたら、ほどなくして武市という男が入ってきた。
目が開き気味の、ちょっと怪しい男だ。
こいつがあの紙袋の持ち主なのかと思うと、ちょっと納得できてしまう。
元はと言えばこいつが原因で戻ってきたのだ。高杉にはしっかりと叱ってほしい。
──あれ。それにしてはずいぶんと楽しそうに話しているな。
話が変な方向にいってるんじゃないか?
ちょっと不安になってきた。
そっと聞き耳を立てると聞かれたくない話らしく、高杉に手で追い払われた。
やっぱり変な話なんじゃないか?
それとも、攘夷の内部的は作戦会議か?
どっちにしてもあまり聞きたくない話なので、勝手に艦内を散策することにした。
高杉と話していた武市とさっき話した来島の二人以外に艦内は誰もいないと言っていたので、艦内を歩いていても他の誰かに会うことも咎められることもないだろう。
迷子になったら、高杉が探しに来てくれるだろうし。
銀時は宛てもなく歩き出す。
歩いていてまず見つけたのは台所というか、調理場。
とても広い調理台に大きな冷蔵庫が目を引く。すぐ隣りには酒や水の貯蔵庫があり、 保存食なども積まれていた。
冷蔵庫を開けるといろいろな食材が入っている。
艦内にいると気が滅入るだろうし。
お正月だし。
今は手持無沙汰でやることないし。
銀時はヒマな時間でお節料理を作ることにした。
なにを作ろうかと考えながら、冷蔵庫の中を漁る。
お雑煮と筑前煮は外せないだろう。
他は冷蔵庫内にある材料でできる限りでいい。個人的には栗金団と黒豆があれば十分なのだが、甘いものが苦手な高杉には無理だろう。
いや、甘いものが苦手だと聞いたことはないけど。
俺と違って好き好んで食べているところを見たことがない。だからきっと苦手なのだろう。酒も辛口を好んで飲むし。
全く関係ないことを考えながら調理を始めて。
お雑煮用の鶏肉を取り出そうと冷蔵庫を見ると、隅の方に銀時が高杉から福袋と言って貰った紙袋に似た袋が入っていた。
取り出して隙間からこっそり中身を見ると、ケーキが入った紙箱と高そうな霜降りの牛肉が見える。
「これが俺の……かな?」
ヤバイ。
本気で嬉しい。
あんなふざけた物を渡されて。
ふざけた真似をさせられて。
聞かされただけでは半信半疑だった。
──実物を見るまでは。
本当に高杉が用意してくれてたんだ。
たぶん、買ってきたのは高杉じゃないだろう。
あの自己中テロリストが買いに行く代物じゃないし、買っているところを想像できないし似合わない。
けど、それでも。
少しでも自分のことを思って、用意してくれたことが嬉しい。
そんな浮かれ気分で鼻歌を歌いながら銀時が調理を続けていると、自分を探していたらしい来島が入ってきた。
きっと高杉に探して来いって言われたんだろう。
あいつも人使いが粗いな。
「白夜叉様!晋助様が呼んでいるっス」
「──あぁ。もうちょっとで用意できるから待たしとけって。ほんと人使いが粗くね?」
「私も手伝うっス」
「あ、そう?じゃあこの芋を濾してもらおうかな」
そう言って手渡したのは、茹でて皮を剥いたさつまいも。
やっぱりお節には栗金団がなきゃ、物足りない。
普段なら砂糖たっぷりで作るところだけど、ケーキを貰うし今日は砂糖控えめで作ってやろうかな。
「ここは寒いから高杉の隣りで座ってやりなよ。
もうすぐお昼だから、俺もすぐ行くし」
小皿を人数分と箸を用意して。
あとは飲み物をどうしようかな?冷蔵庫の中を確認したが、いちご牛乳なんてものはなかった。
仕方なく高杉用に用意した熱燗を持って高杉がいる部屋へと向かった。
部屋には高杉と来島の二人しかおらず、武市という男はいなかった。見張りを交代したのかと勝手に解釈して、餅を焼きすぎたと後悔した。
残ったら高杉に食べさせよう。
いつも酒しか飲まないからきっと背が止まったんだ。きっと。
高杉は俺より背が低いことを、さりげなく気にしている。そのくせ食事ではなく酒を好んで飲んでいる。格好つけが。
来島に熱燗を渡すと、濾されたさつまいもを返された。これでやっと栗金団ができるなぁ、なんて考えながら調理場へと戻る。
濾してもらったさつまいもと栗を混ぜて梔子で色付けし砂糖控えめで作った栗金団。
手に持った鍋には焼けたばかりの餅を大量に放り込んだ雑煮。
大根と人参の紅白なます。
形が小さくて不揃いな黒豆。
ちょっと煮込み足りない筑前煮。
小豆で作った自分用のお汁粉。
この短時間、高杉そっちのけで作ったんだから上出来じゃねーか?
出来た料理を皿に盛って高杉の待つ部屋へと急ぐ。
やはりというか何というか、高杉は先に酒を飲み始めていた。
来島が雑煮をよそってくれているので、俺は高杉の隣りに座って減ったお猪口に酒を注ぐ。
……あれ。これって、立場というか役目が逆じゃね?
普通は女が酌をするよね?
俺は男だけどいいの?
なんて思いながら酌をすると、もう一つの伏せたままのお猪口に高杉が注いでくれた。
俺はあまり深く考えないようにして、注がれた酒を飲む。
高杉好みの酒らしく、辛口で俺には合わないけど。
さっぱりした飲み口なので飲めなくはない。
無言で食べ始める高杉を見て、いただきますぐらい言えよなと思いながら銀時も食べ始める。
「白夜叉様はお雑煮食べないんスか?」
「お汁粉があるし、残ったら貰おうかな。
あーと。その、白夜叉様って、やめてくんない?」
戸惑う来島に、筑前煮の筍を食べながら高杉が口をはさむ。
「銀時の好きなようにしてやれ。
……煮物はまだ味が染みてねェな」
「仕方ねぇよ、時間短かったし。ちゃんと夜までには染みるって」
砂糖控えめで作ったおススメの栗金団を差し出しすと、甘いと言いながらも少しずつだが食べてくれた。
甘くない栗金団は栗金団ではないので、俺としてはちょっと物足りないんだけどな。
高杉は味が染みてないって言いながらも煮物が気に入ったらしく、あっという間に無くなってしまった。
調理場へよそりに行こうと立ち上がると、来島が話しかけてきた。
「銀時…サマ」
「おう」
「……美味しいっス」
「そりゃどーも。 ──あ、高杉」
高杉は美味しそうに雑煮の餅を食べていた。
食べている最中で悪いとは思ったけど、銀時はそのまま話を進める。
「冷蔵庫の中の紙袋、貰っていい?」
それだけで話が解ったらしく、高杉は箸を置いて立ち上がると俺の先を歩きだす。
黙って後をついていくと、調理場で高杉に紙袋を手渡された。
中身を知っているけど有り難く受け取る。
「ありがとう」
お礼とばかりに高杉の酒でちょっと火照った頬にキスをして。
大盛りの筑前煮の皿を手渡す。
「おい」
「煮物、食べるんだろ?持っていってくれてもいーんじゃね?」
「……ちッ」
高杉は舌打ちをしながらも、筑前煮の皿を持って部屋へと戻っていった。
なんか後が怖い気もするが今は気にしない。
だって今の俺はとっても幸せだから。
貰ったケーキと小皿と包丁を持って戻ろうとして、やめた。
このケーキは高杉が俺へとくれた物だ。
高杉は食べるつもりはないだろうし、来島に分けたら怒り出してしまうだろう。
ケーキを半分に切って皿に取り分けると、残りと牛肉を冷蔵庫に仕舞い足早に部屋へと戻る。牛肉は夜にでも高杉と一緒に食べよう。
それなら文句は言われないはずだ。
しかし、牛肉は一人分にしたら結構な量がある。もしかしたら、大食らいの神楽と新八のことを考えていたのだろうか。
高杉らしくないな、と思いながらも嬉しくて笑ってしまう。
海に浮いた艦の中で。
お節料理があって。
ケーキがあって。
──高杉が隣りにいて。
お節料理にケーキは全然合わないけど、こんな正月も悪くない。
食べ終わるとすぐ、片付ける暇もなく高杉に奥の違う部屋へと連れて行かれる。
ちょっと不機嫌そうなんで、へらず口を叩かず黙って付いて行く。
「なんで料理なんかしてるンだ」
声音はやはり不機嫌そうに低い。
お前が部屋から追い出したからじゃん、なんて銀時は間違っても言わない。
不機嫌になった高杉は手に負えないから。
あまり言いたくはないが、素直に理由を答える。
「……だって、折角の正月なのに初詣も行かずにこんな狭い艦内に引き籠りだろ?
俺ができる正月らしいことって、料理以外にねぇじゃん」
「はッ。てめーは馬鹿だな、銀時」
「あんだよ!文句あるなら食うな!!」
「てめーが居れば、なんだっていいンだよ」
そのまま高杉に畳に押し倒された。
布団を敷くから待て、という制止も無視して高杉は容赦なく衣服を剥ぎ取ろうとする。
こいつには我慢とかそういう言葉がないな。
正月だから良いか、と半ば諦めて。
自分から口吻けを求めるように高杉の後頭部に右手を回して、左手で肩を掴んだ。
俺が今キスしたらケーキ味だなぁ、なんて思いながら。
顰め面の高杉を想像して唇を重ねる。
あぁ。──違った。
想像より嬉しそうに笑う高杉が目の前にいて、俺も嬉しくて舌を絡めて強請る。
この微睡みを離したくなくて。
唾液が溢れ、喘ぎ声が漏れるまでずっと唇を重ね続けた。
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