07


 最近、銀時が起きている時間に帰れていない。
 仕事がそこまで立て込んでいるわけではないのだけれど。一時期あったドラマの撮影に舞台公演、モデルの仕事に雑誌のインタビュー等々と精力的に仕事をこなし、忙殺されていた時に比べたら、家に帰れているし睡眠時間も確保できている。
 いつも通りのドラマの撮影の合間に、時々入るモデルの仕事。モデルといっても雑誌の撮影なので露出は極端に少なくなった。
 人間関係やでっち上げのスキャンダルが面倒なので、バラエティ番組の出演は断るようマネージャーに言ってある。
 変わり映えのない撮影を、淡々とこなしていくだけの毎日。
 熱気と緊張感を肌で感じたいなら、きっと舞台がいいのだろう。一発本番の、アドリブありカットはなしで演技力を試される舞台公演は、きっと俺に向いている。
 だが、舞台には当分立つつもりはなくて。
 ──いや、一緒に舞台で演り合いたい相手は、……いる。
二人っきりの舞台で演り合った高揚は何ものにも代えがたく。公演を重ねるごとに迫力が増し、鬼気迫る臨場感たっぷりの演技は、高校生にとても見えなかった。
落ち着いたら松陽先生の台本でまた演り合いたいと思っている。
 名前は、坂田銀時。
 敬愛している吉田松陽監督のところの秘蔵っ子。年下で、未成年の高校生であり、ちょっと生意気ながらも役に入るとのめり込み、他の演者を巻き込みながらも高みへと昇華していくその演技は圧巻で。才能の塊だと思っている。
 松陽先生曰く、銀時は人よりも人外を演じるのが得意らしい。
 感情というものがなく、愛も憎しみもなく、──狂気しか知らない、人ならざるモノ。愛に飢えた銀時らしいと言えばらしいが、鬼気迫る演技は胸が締め付けられるほど悲しくさせる。
 現在はなんやかんやで強引ながらも義兄弟になったし同居もしており、高杉にとってはとても身近な人物になったのだが、如何せん本人は舞台もドラマにも興味はなくて。
 高杉が出演しているドラマは見てくれているようだが、本人が一番興味あるのは高校男児としては意外過ぎる菓子、甘味といったスイーツ関係だ。ニュースの合間にやっているスイーツ特集は必ず見ているくせに、肝心のニュースは見ていないし、バラエティ番組やドラマには清々しいくらい一切興味がない。

「まァ、一緒に暮らせるだけでも幸せなんだけどな」
「何の話でござるか」
「学生だから日中は学校だし、深夜に帰ると寝入ってるけど、ちゃんと夕飯を用意してくれてる。まァなんだ、寝顔を見ると疲れが吹っ飛ぶというか」
「……惚気でござるか」
「銀時の寝顔は世界を救うって話だ。誰にも見せる気はねェけどな」

 やっと今日が終わる。
 ドラマの撮影が終わり、マネージャーの万斉と缶コーヒーを飲んで一服。
本当は煙草も吸いたいのだが、喫煙者には厳しい世の中なので、喫煙コーナーに行って吸う時間を考えると自販機の前で一服してさっさと帰りたい。
 飲み終えた空き缶を捨てる。纏めてある荷物を持って帰ろうとするも、万斉が動く気配はない。

「……万斉?」
「明日のインタビューを覚えているでござるか」
「あ? ……あァ、ドラマのやつだろ?」
「今日へ変更になったでござる」
「おい、もっと早くに言え。断るに決まってンだろ」
「明日は出番がないのでドラマの撮影はなし。インタビューは今日へ変更」
「……何が言いてェんだよ」
「つまり、この後のインタビューの仕事が終わったら、明日は丸一日、完全なオフでござる」
「…………オフ」

 ごそごそとジャケットから煙草、ではなく携帯電話を探し出す。出てきてしまったライターはカチカチ手遊び。
 ……違う、そうじゃない。
 そんなことしている場合じゃないのに。
 少し混乱しているのかもしれない。
 明日は土曜日なので、銀時も休みのはずだ。
 久しぶりになる、ふたり一緒の休日は嬉しすぎる。何か予定を入れられてしまう前に、銀時を確保しなければ。
 ライターをしまい、携帯電話のお目当ての電話番号に発信ボタンを押す。着信を待っていたのだろか、ぐらいの速さでボタンを押して間もなく通話中になった。

「──…銀時」
『高杉? え、どうしたの、』

 今日はもっと遅くなるの? 銀時の小さな声が、電話だともっと小さく、遠くに感じる。
 悲しいかな、未成年ながらも不条理を理解している銀時は、高杉の帰りが遅かろうと午前様になろうと、決して責めたりすることはない。
 受け入れて、我慢して、裏でこっそり泣かないように作り笑いで誤魔化しているのを高杉は知っている。
 寝顔に残る、すっと流れた涙の痕。
 こすったせいで赤くなってしまった目元。
 少し湿っている枕。
 泣いている姿を見たことはない。
 いつも帰ると、おかえりなさいって眠そうに目をこすって。嬉しそうに笑いながら、玄関まで銀時が出迎えてくれるので、気付くのは遅かったと思う。
 寂しい、と、誰にも言えない銀時。
 誰にも迷惑を掛けたくないと、心配させたくないと黙って我慢しているのだろう。未成年なんだし、一緒に暮らしている高杉にぐらい甘えてもいいのに。
 ──いじらしくて、ほんと可愛い。
 そんな銀時を知っているからこそ、誰よりも幸せにしたい。

「銀時」
『……なんだよ。夕ご飯の生姜焼きはもう作ってあるからね。外食してくるの?』
「美味しそうだな。じゃなくて」
『違うの?』
「この後、二時間ぐらいの仕事が終わったら帰る」
『うん。がんば』
「明日、どこ行くか決めとけよ」
『あした?』
「映画でもいい。何か見たい映画あったか」
『特にないけど……。突然どうしたの?』
「明日はオフになったから、デートするぞ」
『……』
「どこか甘いものでも食べに行くか?」
『…………』
「どうせなら両方行くか。スイーツバイキング行ってから映画でもいいな」
『………………、いい、から』

 黙っていた銀時が、ぼそぼそっと呟く。
 小さすぎて聞こえにくい。もっと音量を上げることはできないのか。
近付いて銀時の小さな声をはっきりと聞き取りたいのに、携帯電話が邪魔すぎて壊したくなる。壊すと聞こえなくなってしまうけれど。
 聞き洩らさないように、今度は高杉が黙り込む。
 急かしたりはしない。
 銀時の声は、聞いているだけで癒しの効果があるから。
 静かに、銀時の言葉だけを待つ。

『……どこにも行かなくていいからさ、今日、早く帰ってきてよ』
『ごめん、今のなし』
『高杉が仕事で忙しいの解ってる。困らせたくないけど、でもその、毎日すれ違ってばっかで、ゆっくり会いたいというか、』
「……」
『明日は俺だけの高杉でいてよ』

 ブツっと、一方的に電話が切れる。
 掛け直そうか悩むが、掛け直す時間があるなら早く仕事を終わらせて帰りたい。
 銀時はいったいどんな顔をして、さっきの言葉を必死に紡ぎ出したのだろう。
 だめだ、想像ができない。
 銀時をめいっぱい甘やかしたいし、いま銀時がどんな表情をしているのか、見た過ぎて仕事どころではない。

「電話は終わったでござるか?」
「……」
「移動するから車へ向かうでござる。──…晋助?」
「銀時が可愛いから帰る」
「それは却下させてもらう」

 高杉が鬼のような形相で睨むが、古くからの付き合いである万斉には効果がなくて。
 一刻も早く帰りたいのに、これは帰れそうにない、と諦めの境地でメッセージを銀時に送り、携帯電話をしまう。
 デートする気はなさそうなのは残念だが、明日一日休みになるのは確定事項なので。
 ふたりっきり、銀時とのんびりできるのなら良いかと思い直して。
 にやけてしまいそうな頬を引き締め、眉間に力を入れて、いつもの気障ったるくてエロいらしい(銀時談)、抱かれたい男bPの俳優、高杉晋助へ戻す。
 今日も明日も明後日も、銀時だけだから。
 ──首を洗って待ってろよ、銀時。


 携帯電話がメッセージの着信を告げる。
 友達は少ないし、新しく買い直してもらったばかりの携帯電話に連絡が来ることは滅多にない。
 きっとこれは、今さっき通話した高杉からだろう。
 メッセージにしろ電話にしろ、毎回ちゃんと連絡を寄越すとか、ほんとマメだよなぁ。
 もっと無精なイメージがあったので意外だった。
 ……電話だからって、さっきはちょっと言いすぎたかもしれない。
 ほんと最近、一緒に住んでいるのに会えてなかったんだって。寝顔はたくさん見てたけど、ちゃんと起きてて会話できる高杉はレアすぎた。ちょっとのワガママぐらい聞き流してほしい。
 覚えてなくていいんだけど、きっと高杉は覚えているだろう。
 ほんと、銀時に関することの記憶力は半端なく良いのだ。
 銀時が好きと言った食べ物は必ず覚えているし、ちょっと話した学校でのことや、話題に使ったテレビの特集なんかも覚えている。
 そんなこと覚えているぐらいなら、撮影中のドラマの、自分のセリフのひとつやふたつ覚えればいいのに。記憶力の無駄遣いだ。
 今更あれこれ銀時が考えても、仕方のないことだけれど。
 高杉が帰ってくる家はここだし、明日は一日休みらしいので、最短だと二、三時間後には会うことになってしまうので。
 絶対に寝ておこう。なんなら今すぐ寝てしまおう。
 会いにくいと思いつつ、届いたメッセージを確認する。

「──…なるべく早く帰る、かぁ」

 ばっかじゃねーの、と嬉しそうに銀時が笑う。
 今夜は高杉が帰って来ても平常心が保てそうにないので、お出迎えは諦めて寝てしまおう。明日のためだ、仕方ない。うん。
 あの高杉晋助を一日独占できるとか、ほんと贅沢だな。
 拗ねるとめんどくさいので、メモを残して寝よう。

 おかえりなさい。お疲れさま。
 冷蔵庫に生姜焼きが入っているので、味噌汁も一緒に温めて食べてね。
 じゃ、おやすみなさい。

 ……こんな感じかな? 端的で短すぎる気もするけど。
 デートのこと何も書いてなかった。……まぁ、いいか。
 楽しみにしてるのが迷惑になるかもしれないし。
 急な仕事が入って中止になったりとか、高杉ならありえそう。
 仕事入るなー、オフはオフらしくオフってろー。
 明日って晴れるっけ?
 土曜日だから、どこも混んでるかな?
 一日、家でゴロゴロしてるのもいいけど、デートならやっぱり出掛けたいよな。
 どこへ行こうか。高杉は行きたいとことかあるのかな?
 もっと話せば良かった。けど、移動中とかだったら悪いし、しゃーない。
 ……早く、明日になればいいのに。

   *

「たーかーすーぎー! おーきーろ!」
「…………ぎんとき?」
「今日はデートするんだろ? どっかで待ち合わせる?」
「デートするのか?」
「うん。するよ!」
「デートより早く帰ってきてほしいんじゃ」
「それはそれ。デートは別格なの」

 にっこり、高杉の上に圧し掛かりながら銀時が笑う。
 高杉の顔にくっついてしまうんじゃないかという近さに、携帯電話の画面を寄せられる。
 大画面過ぎて視覚がぼやけるが、どうやら銀時が行きたいケーキバイキングの紹介画面らしい。
 週末の土曜日。女性が多そうだし、何より高杉は甘いものに一切興味がない。苦行としか思えないが、銀時が行きたいのなら行くしかないだろう。
 これはデートなのだから。

「甘くないのはあるか?」
「少しはあると思うけど。ケーキバイキング付き合うの嫌だったら、どこかで待ってる?」
「デートなんだろ?」
「……あ、うん、そうだけど」
「オシャレして行かねェとなァ」
「…………ほどほどでお願いシマス」

 ひくり、と銀時が苦笑う。
 不敵に嗤う高杉とは対照的で、可愛くてもっと苛めたくなるけれど。
 今日は始まったばかりだし、これくらいにしておこう。
 機嫌を損ねて、デートしたくないと拒否られても困るし。
 今日はもっと銀時を堪能して、甘えさせて、ぐずぐずに可愛がってやろう。
 ……これぐらいの特権があってもいいだろ?



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